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第二十六話「到着」

 あれからボクは吹雪で荒れ狂う山を駆け回って行方不明となった大学生を探していた。

風も雪も全てを凍り尽くす悪天候の中だが雪女の力を得ているのでその点は平気だ。

 修行中に、母さんから教わった幽世の道とやらも何とか通れるようになった。がそれでも広大な山では見つけるのは容易ではなかった。

 岩場、尾根、せり立った崖、川岸。手当たり次第に探したが見つからない。


「どこにいるんだ……」


 息を切らして雪の上に膝をつく。

 流石に、手がかりも無く無意味に山の中を当てずっぽうに走り回っているだけであることに気付いた。

 思わず愚痴った。


「あー、無理だ。このだだっ広い山であの大学生たちを探すなんて……」


無理筋だ。第一、この吹雪の中で遭難したらそう長いこといられない。雪の下にでも埋まってしまったらそれこそみつからない。

当たり前のことに今気づいた。

 やっぱり駄目かもしれない。そんな思いがよぎるが、即座に頭を振る。

 駄目だ駄目だ。そんな心構えじゃ見つけられっこない。

 どうやったら見つけられるだろうか。

 しばし足を止めて考えるため雪に覆われた地面を見つめる。


「待てよ……」


逆を考えてみた。もしこの吹雪の中で、助けを求めているのなら、待っているのなら……。

どこかに逃げ込んでいるはず。あるいは、その心理状態を見越して、そこに逃げ込まざるを得なくなるような場所なら――つまりそこは雪女の立場になったら、追い込めるような場所だ。そんな場所は。

 はっと思いついて顔を上げた。


「あっ。あった」


 小さな廃墟の山小屋が氷清岳の登山、トレッキングコースの少し外れた場所にあることを思い出した。

 普段人が来ないような奥深い場所に、ひっそりと建てられたその小屋は、かつて夏の間に林業や山の管理などで作業道具を保管してたり一時雨宿りするための避難場所として使っていたという。随分前に使わなくなって今はもう使っておらず朽ちて廃墟となっているが――。

 思い出した。あそこの廃墟の小屋……ちょくちょく遭難者が力尽きた状態でみつかったり、その付近で行方不明者が消息を絶つことで、地元住民に知られていて、怪談や怖い話をする時によくネタにされている。

 まさかあそこか。

 あそこは、吹雪の中で彷徨う遭難者をおびき寄せるには絶好の場所かもしれない。

 ボクは再び走り出す。

(間に合ってくれ)

 場所の見当がついたら、迷うことは無かった。

 すぐに件の小屋への道を探す。

詳しい場所はわかっていないが大まかな場所なら知っている。

 とにかくその場所へ走る――。



 そして、しばらく探した後目的の場所に辿り着く。


「はあ……はあ、間に合ってくれ――」


全力疾走。雪ん娘になっても脚力が落ちた感じはしない。


「あっ見えた――」


 樹氷に囲まれ雪深い渓谷に囲まれた場所にその小屋はあった。

 年月が経ち無残に朽ちていて何とか骨組みなどで小屋であることがわかるぐらいボロボロだ。吹雪の中で今にも吹き飛ばされそうなーー。速度をさらに速める。


 うわあああああ


 その時、耳に男の人の叫び声が聞こえた。悲鳴は、命の危機が迫っている恐怖に満ちている。


「今の叫び声は……やっぱりあそこの小屋か!」


(まずい。もう他の雪女に捕まったのか!)

 めいいっぱい走った。 


「ハァ……ハァ……」


 廃墟小屋に飛び込んだ時は、まさにその瞬間ときだった。

 中では同じような着物の格好をした、同い年くらいの少女たちがいた。

 一人ひとり、男を抱きかかえている。

宴を始めようとしている。

 小屋に逃げこんだ大学生たちを襲っていた最中だ。

 さっきの母さんの言葉を思い浮かべた。

『雪耶ちゃんと同じくらいの年頃の雪ん娘が来ているはずよ。もし雪耶ちゃんが山で育てられたら、きっとその子たちの仲間になってた子たちよ』

 母さんの言ってたとおりだ。

 ボクの姿をみて、幼い雪女たちは、驚きの表情を浮かべた。


「誰? この子。始めてみるんけど、こおんな子、山におったっけ?」

「ううん、うちも始めて見る子ね」


一旦襲うのをやめて顔を見合わせる。

 向こうも、ボクのことは知らないようだ。なら、ちょうどいい。


「お前ら、その人たちを離せ!」


吹雪にも十分響く声で叫ぶ。


「なあに? あんたの汚い言葉。ひょっとして里に住んでる人の子? それになんとなく人間臭いわ」

「ああ、本当ねえ。里の臭いが、染み付いている。可哀想に」

「あたしたちと違って泥臭くて、みっともない子ね」


 人間の姿をしているのに……どことなくこの少女たちの雰囲気は違う。

 人間らしい温かみが無い。

 心はどこまでも凍てついていて真っ白だ。

 母さんとはえらい違う。同じ雪女のはずなのに。


「いいから、離すんだ。そこから先は通させないぞ!」


 だが、少女たちは、その言葉にどっと笑う。


「あたしたちがぁ?」

「なんで、あんたの言う通りにしないといけないのぉ」


 その中の一人が、ボクに向かって手をかざす。


「うちらは今忙しいのよ。あなたの相手をしている暇はないの、薄汚いあばずれ女――」


 手の平の先にきらきらとした粒が、次々に集まる。

 雪国といえども、そうそう見ることはない、ダイヤモンドダストのようだ。

 周囲の大気から集められた氷の粒子がみるみる大きくなり、収束して氷の結晶が形成される。

 たちまち氷でできた無数の弾丸のようになる。


「あ、やばい」


 もしあれが飛んできて直撃したらやばそう――。

 そう思った次の瞬間、結晶がボクの方に向かって放たれた。キイイン、という空気を切るような音と共に、機関銃のように――。

 ドゴっという衝撃が体を突き抜ける。


「うごっ」


 備える態勢をとっていなかったため、躱すことができずにもろに受けてしまう。

 体が衝撃で吹き飛ぶ。

 ドガっと入り口の戸ごと体をドアから氷の小屋の外へ吹き飛ばされる。

 二、三十メートルは飛ばされただろうか。

 ゴロゴロと何度か転がった後にずぼっと体が新しい雪に深く埋まる。

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