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第二十五話「氷清村の雪女 ②」

「だ誰だ? そこにいるのは」


 呼びかけには答えないが確かに小屋の外に人影が見えた。

 上村は、歓喜した。

 きっと助けがきたのだ、と。

 上村だけが辛うじて正気を保っているが、もう時間は残されていない。まさに間一髪で助かった。なんていいタイミングで救助がきたのだろう。


「た、助けてくれ! 皆意識を失っているんだ……」


 誰かがやってきたことを喜びながらも今の切迫した事態を告げる。一刻も早く救助が必要だ。

 猛烈な吹雪のせいで雪や風が容赦なく小屋の中に吹き込んでくる。上村の顔にも身体にも容赦なく当たる。

 だが返事はない。苛立った。


「お、おい……? 何してるんだよ、早く……助けてくれ」


それでも人影は動かない。

 様子がおかしいことに上村も気づいた。

 開け放たれたトタンの戸――。

 人のような影は、けれどもなかなか入ってこようとしない。中の様子をうかがっているようだ。


 うふふ

 あはは

 きゃははは


「……!?」


 窮地にいる自分たちを嘲笑うような不気味な笑い声が聞こえた。


「な、なんだ、何がおかしいんだよっ」


混乱しながらも不気味な笑い声に怯まず声を荒げた。

 仲間の命がかかっている。

 人影はやがてゆっくりと小屋に入ってきた。だがそれらは、あまりにも場違いで夢のように幻想的だった。


「だ、誰だ? お前ら……助けにきたんじゃないのか?」


 そんな馬鹿な。幻でも見ているのか? と上村は目を擦った。

 吹雪に閉ざされた山小屋に人がやってきた。

 だが、現れたのは救助隊や山の登山者でもない。

 女性だ。

 しかも大学生の上村たちよりもさらに若い少女たちだ。

 そして、例えようもない美しい女の子たちだ。

 揃って雪のように白い肌に透き通るような白地の着物、赤い帯を纏っていた。この吹雪の中でありえないほど薄い一枚の着物だけ。

 そして裸足のまま。

一人、また一人と小屋の中に入ってくる。


「うふふ、こんなにあっさり上手くいくとは思わんかったなあ」

「初めてなのに、ここまで簡単に人間を捕まえることができちゃったもん、ちょろいもんだわ」

「自分から吹雪の中に飛び込んできてくれるなんて、大助かり――」

「お母さんに、これでうちも一人前の雪女になったって言ってあげられるわあ、あははは」


 倒れている仲間を助けるわけでもなく、天から見下ろすかのように、ただ笑っていた。

 そのうちの一人、髪が黒く長い少女が倒れている女子大生の傍らに寄ってきて、力なく目を閉じている顔を眺めた。


「この女、さんざんパパのホテルにクレーム付けまくっとった女やわ……。シャワーのお湯がぬるいとか、部屋の暖房が効いとらんとか、好き放題いってくれて……」


恐怖に怯えた顔色のまま意識のない赤城神奈を助けるわけでもなく笑う。


「いい気味だわ。あたしが郷で暮らすために作ってくれたホテルにいちゃもんつける奴は許さんわ」

「凍子ちゃん、そんな女、ほっとこうよ」

「この小屋にほっぽっときゃ、そのうち麓の人間たちがみつけるっしょ――春ぐらいにねえ」

「あはははっ」

「ちがいないわ」


わっと小屋の中に笑いが起こる。無邪気な笑い、そこから倒れている人間に対する憐憫の気持ちは全く感じられなかった。

 他の少女たちは他の仲間をのぞき込む。


「ねえ、あたしこの人がええなー。いいでしょ」

「あ、こっちの方はうちの好みよ。きっといい精気ちからを貰えそう」


 バーゲンセールの品定めをするように、無邪気に倒れた仲間をあさる。


「何をするつもりなんだ、お前ら!」


 一人ひとり引き剥がすように、仲間が意識が無いまま捕らわれていく。

 どこかへ連れ去ろうとする気だった。


「ち、ちくしょう! 何をするきだ、やめろ!」


 たまりかねて叫んだ上村。自由がきかなくなりつつあった体を必死に動かし立ち上がろうとする。


「ねえ、この男、まだ起きとるじゃないの凍子」

「あんた、さっきからうるさいよ」


 妖しい少女たちはまったく相手にする気はないし、動じる様子もなかった。

 むしろ必死に止めようとする上村を嘲笑う。


「ああ、そいつはええのよ。それはあたしの今回のお目当ての奴だもんで、意識があるまんま、氷にしよう思うとるの」


 凍子と呼ばれた髪の長い、凍りつくように切れ長で鋭い眼をした少女が、上村の傍らに寄り添って語りかけてきた。

 

「あんた、ホテルに来たときから目をつけとったんだわ。結構かっこいいし……だから――」

「お、おい、やめろっ」


 獲物にねらわれているような錯覚に陥った。

 確実に上村を標的にしてきている。


「喜びなさい。特別に生きたまま氷にしてやるわ。永遠にわたしの氷の中に――」


 美しいけれど、まったく温かみの無い笑い。

 まさしく氷の微笑だった。


「うわあああああ」


 白く細い腕を上村の方へ伸ばす。

 その冷たい手が顔を撫でる。


「ひいっ」


 口から出される白い吹雪が体中を覆う。

 それと同時に、体が霜に覆われる。足や腕、胴に氷が纏わりついてくる。

 ビキビキと音を立てて、体中が氷に覆われていく。

 急激に体が氷のように暗い闇に閉ざされていくような感覚に襲われた。

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