第二十四話「氷清村の雪女 ①」
「なんで止まないんだよ……」
小屋に逃げ込んだメンバー五人は、体を寄せ合って寒さを凌ぎながら、天候の回復を祈っていた。
だが吹雪はいつまで経っても収まらず、止む気配はない。それどころかますます酷くなる一方だった。
一行は山小屋に閉じ込められ進退窮まった。
「電波も届かねえ……ちくしょう」
持っている携帯電話は圏外表示のまま電池が尽きようとしている。
粗末な小屋は外で吹き付ける強風にガタガタと全体が絶え間無く揺れる。
時折、突風が叩き付けるのか、バシンっと大きく壁が鳴る。
「きゃあっ怖い――」
女性メンバーの赤城神奈は、耳を塞ぎ涙交じりで叫ぶ。
辛うじて風雪から守られているが、壁や屋根は今にも吹き飛びそうであった。
その頼りなさに、メンバーはより一層不安になる。それとともに、朝から一睡もできていない状況に、次第に疲労の色も濃くなってゆく。
「もうやだ、帰りたい。ここから出して」
日頃は強気の彼女だったが、いつ助かるかわからない不安と疲れから、すっかり怯えきっていて、普段の面影はなく塞ぎきっていた。
「うう……えぐっ……えぐっ、うう」
上村はしゃくり声をあげ泣き出した彼女の肩を抱く。
「しっかりしろ、神奈。絶対助かる」
「うう……あたしたち、助かるよね?」
「ああ、助かるさ。だから、諦めるな」
唯一頼りなのは暖炉の火だが、それも細々燃えており小さく頼りない。
(何かおかしい)
弄ばれてるような、不気味で不快な感覚を上村は覚える。
この収まらない吹雪、叩き付ける風。
小屋に身を寄せ、怯える自分たちを嘲笑い、嬲っているような意地の悪さ。
子犬をいじめる子供たちのような、そんな悪意を持った何かがいるような気がした。
そもそもこの小屋にしたって、まるで何かに追い込まれるようだった。
(もし、そうだとしたら、次にまた何か起こるのか)
だが、そのことを口にして仲間の気分を損ねるだけだ。止めよう。
そう思った時だ。
「お、おい、なんか急に寒くなってきてないか?」
グループの一人が叫んだ。
確かに寒い。
急激に小屋の中が冷え込んできた。
囲炉裏で火を焚いているにもかかわらず、だ。
吐く息が白く、小屋の中にも霜が降りてきていた。
気温計をみなくても、下がっているのがわかった。
「お、おお……さむい。あっ火が……」
「大変だ、火が小さくなってるぞ」
「寒い、もう嫌――」
全員囲炉裏に集まって身を寄せる。
そして火を止めないように薪を追加し手で扇いだり息を吹きかけたりもした。
ところが、最後の頼みの綱であるはずの炎の勢いがみるみる小さくなってゆく。
天が見放したかのように最後の糸が切れようとする。
「な、なんでだよ……」
「消えるな、消えないでくれ」
願いは空しく、徐々に囲炉裏の炎は小さくなり、遂に火が消えてしまった。
「早く火を起こせ」
「なにやってるんだよ」
再び火をつけようと試みるが、マッチもライターも何故か用を成さない。
何度もカチカチと音を立てて点火させるが、火はおきない。
「そ、それが、さっきからやってるんだが、燃料に点火しないんだ」
「おいおい、勘弁してくれよぉ」
「あたしたち、このままだと凍死しちゃう」
「な!」
ふとみると、肩にも体にも霜が降りてきている。マイナス数十度の冷凍庫並みの寒さになっているようにも感じられた
「ありえない……」
火の喪失はメンバーを絶望の淵に追いやるのに十分だった。
恐怖とパニックが起こり始める――。
「こ、ここにいたら駄目だ」
「逃げよう――」
外に出ようとするメンバーを押しとどめた。
「馬鹿、どこに行くんだ。外に出たらそれこそ真っ先に死ぬぞ」
吹雪の勢いは衰えず、外に出てもこの状態にさらされたら一時間、いや三十分も持たないと思われた。
だがこの場にいても火も消えた今それは同じだ。
つまり、生命の危機が迫っているということ―ー。
火の温もりがなくなり、急激に温度が下がった小屋の中で大学生たちは体を寄せ合った。
その間も幾度と無く暖をとろうと燃料に火をつけようとしたが駄目だった。
じわじわ弄られていくような、漠然とした不安。
「寒い……」
「もう沢山だ」
「もう何でもいいから、ここから出して、寒いのはもう嫌――」
だが――。
火が消えてしばらくすると小屋の中は外と変わらないくらいに冷え込んだ。
体を寄せ合い、もちうるだけの衣服も毛布も被ったのに、まるで効果が無い。
寒さにさらされた大学生グループのメンバーたちは、いよいよ限界に達しようとしていた。
ついに皆様子がおかしくなってゆく。
「なんだか……眠くなってきた……」
「うん、あたしも――」
「ふわあ……」
一様に、瞼が重く虚ろな目をしている。
心もここにあらずといった風に、反応が鈍くなってゆく。大きく欠伸する者までいた。
「あはは、海だ。海が見える。ここ暑いぜ。早く泳ごう」
幻覚を見る者もいた。
「おいお前ら! 起きろ!」
上村は意識を失ってゆく仲間たちの身体を必死に揺すった。
「う、うん……」
だが、その甲斐もなく、次々に眠り込んでいった。つい今まで「絶対に眠るな」と励ましあっていたのに、まるで睡眠の悪魔に引きずりこまれるかのように、眠りに落ちてゆく。
一人また一人と意識を失ってゆく。
「目を覚ませ! 眠ったら駄目だ!」
動かなくなった仲間の頬を力強く叩いた。
こんな中で眠り込んだら、二度と目覚めないのは明白だった。
「おい、神奈!」
赤いスキーウェアの女性の体を揺する。
「……」
だが、上村の必死の呼びかけにも仲間は起きなかった。
おかしい。何もかもが悪い方向に―ー。
最悪の結末があたまによぎる。
(誰か、誰か来てくれ、今すぐに)
その時だ。突然何か気配を感じた。
「!?」
顔を上げる。
すると、小屋の入り口の戸が、しっかりと閉めていたはずなのにぎいっとあく音がした。
ゆっくりと開けられた戸からは、外で荒れ狂う冷たい風がひゅううという音と共に容赦なく吹き込んできた。同時に吹雪が、ぶわっと舞い込んでくる。
「だ、誰だ?」
上村が目を凝らすと開け放たれた戸の外にぼんやり人影が見えた。
複数人の影が――。
同時に笑い声が聞こえた。
あはははは――。
複数の少女のような笑い声が聞こえた。




