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第二十二話「雪耶、山へ」

「はあ……はあ……」


 山頂付近の天気の影響か、吹雪ではないが雪は相変わらずやむ気配がない。だが、構わず走った。

 人は見かけず夜の街は静まり返っている。時折行き交うトラックやタクシーが幹線道路に見かける。

 少し離れたところにあるゲレンデがここから見えるのだが、人がいる様子はない。ナイタースキーなんてことも、天候の良い日には行われており、照明でライトアップされて滑る人たちも結構いるのだが、今日は振り続ける急な雪のために中止のようだ。リフトも止まっている。

 やがて村の外れにある山の登山口にまできた。ここには普段は入山届などを出す簡易詰所がある。

 その詰所は夜も明かりが煌々と点灯し、アイドリングしている車両が何台か止まっている。

 また、その傍らに見張りの大人が数名いた。恐らく村の関係者だろうか。誘導灯を手にしている。


「おっとっと……」


 慌てて身を潜める。見つかったらまずい。

 遭難ニュースを聞いて、マスコミや野次馬が勝手に山に入らないための検問だ。

 入口はロープで規制線の黄色いテープが貼られ、赤く丸いマークに白い線が目印の立ち入り禁止の看板も立っている。

 のこのこ歩いて行ったら当然止められる。

 というか、夜に中学生が保護者もなく出歩いていたら条例違反である。ぶっちゃけ補導だ。

(これで捕まったら馬鹿だよなぁ。なんて言い訳したらいいだろう?)

 ボクは雪ん娘ですっ雪山に夜に入っても大丈夫ですって言っても通じないだろうし。

 そろりそろりと登山口の詰所に近づき、聞き耳をたてると中にいる若い人と年配の男の人の会話が聞こえてきた。

 ストーブにあたりながら、差し入れのコーヒー缶に口を付けている。


「おめー、知っとるか? この山で冬に起こる遭難事故に特徴があるってよ」

「はあ、そんなのがあるんですか?」

「おめーは、若いから知らんだろうが、決まって女は凍え死んで見つかるけど、男はまず見つからんって」

「へえ、知りませんでした。で、なんで見つからないんですか?」

「昔はこういっとった。男は雪女に捕まって、永遠に寒くて凍える氷の中で生きもせず死にもせずに苦しみ続ける……と。今回もきっとそうだ」

「そんなの、昔は信じてたんですね」

「おめーも気をつけろ。雪女に気に入られたら……いや、お前はぶ男だから大丈夫か。わっはっは」

「まったくもう……」


 そこに別の関係者がやってきて、一旦山に入った救助隊が悪天候で引き返してきて、捜索再開は早朝からと告げられる。それも吹雪がある程度落ち着いてから、と。恐らく父さんもそれに加わるはずだ。

(やっぱりまだ見つかってないか……)

 ついでに入山も当面規制されるとの話を聞いた。

(この道は通れなさそうだ)

ここは避けて別の道にすることにした。

 少し道を引き返した後、周りに誰もいないことを確認する。

 まったく道のないところから山の奥深くに入っていく。

 この一ヶ月の修行で、ボクにとって、雪山は決して怖い場所ではなくなっていた。体はこんなになってしまったけれども雪の世界の住人の端くれであった。

 たとえ夜であっても――。


「えーっと」


 道から外れて遠く人目がつかないところまできたことを確かめた後、一旦立ち止まる。

 無論、闇雲に山に分け入ったわけではない。

 母さんから雪山の修行で教えられたことを思い出す。


「道の通り方……」


目を閉じて意識を集中させる。

『山の気の流れを見極めて――そうすれば道が見える……』

 言葉を思い出す。

母さんに教わった幽世の道というものだ。

 ここを通れば、吹雪に閉ざされて救助隊が近づけない吹雪の中でも探し出せるはずだ。

 いわば雪女版の「旅の扉」。

 こんなことで修行の成果が試されるとは思ってもみなかった。

 

「こっち……かな?」


 もっと真面目に修行を受けてればと後悔する。

 ボクは歩みを進めた。雪に閉ざされた山の奥深くへ。




 そして散々に失敗し、試行錯誤の末に。と言ってもあれから三十分も経っていない。

氷清岳の山頂近くにボクは立っていた。


「流石にここにはいないよな……」

 

 麓では天気が落ち着いていたが、ここでは雪が荒れ狂っている。雪国育ちの自分でも、今まで体験したことのない酷い吹雪だった。

 大地に叩きつけられ、風が樹木にぶつかる。

 その樹木もすっかり雪に覆われて樹氷のようになっている。

 南極のブリザードというやつもこうなのだろうか――。

 そんな中、ボクは薄い着物一枚。だが雪女モードの今なら平気だ。今なら全く凍えるようなことは無い。

 雪女の力を使っている。

 もしこんなとこに生身でいたら、明日の朝までどころか三十分ももたない。もし誰かがボクをみても、人間とは思わないだろう。


「どこだ……」


 生命の存在を許さないという意志さえ感じる、この吹雪の中にあの大学生たちはいる。

 間に合うだろうか。

 ボクはまた足を踏み出した。 

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