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第二十話「雪女の掟」

 父さんと母さんとボク、家族三人テレビが流すニュースを食い入るように見ている最中、リリリリンと、家に置いてある固定の電話が鳴った。


「お、なんだろう、こんな時間に……」


 電話は店のものと兼用のため、店舗スペースの方に置いてある。

 父さんが立ち上がって部屋を去り、店舗の方へ出ていき受話器を取った。


「はい、もしもし、北原です、あ、畑野さん? はい、そうです」


 廊下のさらに向こうから父さんの声がする。大事な連絡は固定電話だからボクも気になる。

 母さんと居間で二人きりとなる。

 ニュースは五分ほどで終わって、芸能人同士の結婚の話題に移っていた。

 世間的には、いつものありがちな海や山の事故だ。

 だが、ボクにはこの遭難ニュースは気が気でなかった。見知っている人、しかもつい昨日何事もなく元気だった人たちが危機的な状況に陥っているのだ。


「あのお兄さんたち……大丈夫かな」


 登山やスキーが盛んなこの村では毎年のようにこんなニュースや事件が報じられる。決して珍しい話ではなく過去に何度も似たような事件事故が起きている。登山中の滑落、冬山遭難、樹海に迷い込んで行方不明。

 しかし、なんか妙な感じがするのは何故だろう……。

 急激な天気の変化、吹雪に閉ざされて出られない。

 

「はっ」


 昨日母さんがあの大学生に言っていた言葉を思い出した。

 まるでこのことを予期していたかのように。


「母さん!?」

「雪耶ちゃん、こっちにきて」


 ボクの抱いた疑問を見抜いたようで突然、母さんがボクの手を引っ張って部屋の外に連れ出した。


「ど、どうしたの?」

「どうやら気付いちゃったみたいね」


 やっぱり母さんは何かを知っている。


「……どういうことなの? あの遭難した大学生たちのこと……何か母さんは知ってるの?」


やや言いにくそうではあるが、ボクの問いかけにはっきりと口を開いた。


「あれは恐らくは他の雪女……いえ雪ん娘たちの仕業ね」


 今までは終始明るく朗らかだった母さんの顔がいつになく真面目で引き締まっている。


「他の雪女? 母さんとボク以外にもいるっていうの?」

「少しずつ教えるつもりだったの。隠したわけじゃないの」


 驚きはしなかった。母さんがいるというのなら、他にもいる可能性はあることは考えていたからだ。


「い、いいよ……そんなの。それより、仕業って何のことなの?」

「あら、昔話に聞いたこと無い? 男の人が深い山の中で吹雪で閉じ込められて、身動きがとれなくなって雪女に氷漬けにされるお話。確かわたしたちのことが人の世界にも言い伝えが残ってるのよね? 」

「そりゃ、聞いたことぐらいはあるけど、じゃああの大学生たちが消えたのもそうだっていうの?」 

「残念だけど、恐らくは……。あの旅人の方たちも――捕まったようね」

「捕まえるってどういうことなの? なんでそんな酷いことをするの⁉︎」

「山の神の日に立ち入ってしまった人は……そうなる運命にあるの。今日この日は雪女が捕まえて自分のものにしてもいいのよ。だからこの日は麓の人は禁忌としてきたの。あの旅の人たちは禁を犯した」

「どうにかならないの? 母さんなら助けられるでしょ」


 母さんは首を振った。


「母さんは何もしてやれないの」

「どうして?」


 いつも明るい母さんが初めて悲しそうに俯いた。


「母さんは……あくまでも雪耶の面倒を見るために山の神さまの許しをもらって、麓におりてきている身。それも十四年の間待ってようやく許してもらって……今、このことに介入して勘気を被ったら二度と父さんにも雪耶にも会えなくなるから、それだけは避けたいの」


 つまり頭のてっぺんからつま先まで、雪女の掟に母さんは縛られている。

 本来山に住む母さんはどうすることもできないのだ。

 だからせめてもの、あの忠告だったのだ。


「ごめんね、雪耶ちゃん。お母さんのワガママで」


 ボクは唇を噛んだ。

 たった1日の縁かもしれないけれど。場末で古びたお店で、一見ガタがきている店だったけれど……あの店がボクは好きだった。

 父さんと母さんが、始めた店だということもある。

 お店を利用したお客さんが笑顔を見せてくれた時は、とても嬉しかった。

 もちろんあの騒がしかった大学生たちもーー。


「母さん 捕まったあの人たちはどうなっちゃうの?」

「恐らくはーー。吹雪の中で少しずつ寒さで弱らせられて、動くことも考えることも出来なくなって遂には、寒いとか怖いって感覚すらなくなって最後は眠るように何もかもが闇に閉ざされていくーー。そうなったところで、みんなで一人ずつ精気を頂いてお楽しみするのよ」

「そんな……、遊び相手って」

「双葉岳の雪女たちは、特に人間を力を得る糧にしかみてない子もいるわ」

「そんなのヒドい!」


 思わず叫んだ。


「雪耶ちゃんも、本当はその年齢なら一応一人前の雪女なのよ。氷漬けにするのも、人間のように情を交わすのも自由にできるお年頃よ」


 あ、ボクも今は雪女だったんだ。確かに吹雪の中で平気で突っ立っていることもできるけれど。

 こんな白くて細い体だけど。

 でも、ボクは怪物でも化け物なんかでもない。


「雪耶ちゃん、氷漬けにされるというのは人間から見た話。心寂しい雪女にとっては孤独を癒す絶好の機会なの」


 雪女の伝説ぐらいは知っている。だが確かに、あれは人間の側から見た話だ。

 雪女の側から見た物語は……違うのだろうか。


「母さんだって一人雪山で凍てつく川や雪に埋もれた草木を毎日眺めて過ごすと、人間の心に惹かれそうになるのよ」


 母さんは真実を語っている。

 まだほんの一か月足らずの間過ごしただけだけど、この真剣な眼差し――。

 ボクは悟った。これ以上母さんにすがっても母さんを困らせるだけだ。何もできない。

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