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第二話「ある日の雪乃亭」

 雪国には七つの種類の雪が降ると、有名な小説家がいったらしい。


 つぶ雪。わた雪。みず雪。かた雪。こおり雪。ざらめ雪。


 形も性質もそれぞれが違った特徴を持つ。冬を彩る白い花たちだ。

 今日は朝から、その中でも最も綺麗な雪とされるこな雪が降っていた。

 細かくさらさらとした形状から別名パウダースノーともいう、冬の真っ盛りに降る雪。

 辺り一面を銀世界に変えてゆく、雪の女王だ。

 すっかり暗くなった外には、そのこな雪がしんしんと降っていた。


「あーあ、今日もお客さん、来なかったなあ」


 空をみあげ、薄暗い雲の合間から降ってくる雪を眺めていた。

 そして一つ溜め息をつく。

 暖簾を店内に下げ、立て看板もしまう。

 入口の戸にかけていた『営業中』の札を裏返して、『本日終了』の札を表に掲げる。

 そして立て付けが悪くぎいっと鳴る入口の戸を閉め、内側から鍵をかける。


「おー、お疲れさん、雪哉」


 ちりとりと箒を使って店内を掃除していたら、父さんの暢気な声が聞こえてきた。


「晩飯にするか。もう掃除もその辺で終わらせていいぞ」


 床の掃除を終えた後、客席のテーブルの上を拭く。


「うん、わかったよ」


 そのついでに、棚の上の週刊誌やら新聞紙を並べ直して整理する。

 僕は北原雪哉きたはらゆきや。地元の中学に通う中学生だ。

 そしてこの父さんは、北原修司。この「雪乃亭」の店主でもある。

 雪乃亭は、この氷清村ひょうせいむらで主に観光客相手に土産物とちょっとした食事を出す飲食店だ。

 僕たちが住んでいる氷清村はスキー場や温泉があって、雪国の観光地で知られる人口二千人ほどの小さな村だ。

 小さな村と言っても、面積は県下第一で、その大部分を手つかずの自然が残る山岳・森林地帯が占めている。

 特に氷清村には、村の名前の由来にもなっている氷清岳という標高三千メートルを越える山があり、それを主峰に険しく美しい壮大な山々が連なる風光明媚な土地だ。

 山頂付近は一年中雪が消えることがなく、その風景は絵葉書やお土産の写真にもなっている。観光の一番の売りは壮大な景色をバックにしたスキー場であるが、夏の時期も登山や山の麓の原生林などに客が訪れる避暑地として人気があり、年間を通じて、この村はにぎわいをみせている。

 村の住民も大半は観光関係の仕事をしていて、登山客や観光客相手の商売をする旅館や飲食店が村に多数ある。

ざっとこれが僕たちの住む氷清村の概要。

 元来東京出身だった北原修司こと父さんがこの地に店を構えたのは今から十四年前。

 つまりちょうど僕が生まれたころの話だ。

 理由はよくわからないが都会育ちの父さんは、ここで店を作り、細々と営業しつつ男手一つで僕を育ててきたのだ。

その店というのがこの雪乃亭だ。自宅と併設されていて、一階は主に客席と調理場の設備を備えた店舗スペースとなっている。

 他に小さな自宅向けのキッチンと居間と風呂などの居住スペースがあって寝室が二階となっている。

 家族経営のほんとうに小さなお店だ。従業員など雇う余裕もないので、僕も店をよく手伝う。

 今日も冬休みにもかかわらず朝からオーダー係を務め、閉店時間の十九時が過ぎ、店を閉めたところだ。

 そして、お店を片づけた後、僕と父さんの二人で居間のテーブルで夕食を取るのもいつもの習慣であった。


「いただきまーす」

「いただきます」


 丸いテーブルの上に夕食の皿を並べ終えて手を合わせる。

 さっそく父さんはおかずの唐揚げに箸を伸ばす。


「お、この唐揚げうまいなあ。かりっとしてて味もよくついてる。雪哉、おまえ料理の腕あげたなあ」


 お皿に盛った唐揚げを一つ口に入れて父さんはベタほめする。


「ちゃんとよく揚げたからね。鶏肉は中までよく火が通ってないと、お腹壊すからね」


 学校の食育の授業で、鶏肉は食中毒を起こしやすいことを学んだだけの話だ。


「いやー流石息子。難しいことを知ってるなあ」

「どういたしまして。うちは飲食店やってるから当然だよ」


 続いて、コップに注いだ瓶ビールを呑んで、豪快にぷはっとやる。


「かー、仕事の後の一杯はたまんねえなあ!」


 その能天気な様子を見て、僕はハアッとため息を1つついた。なんか今日はため息つきっぱなしだ。


「あのさ……」


 父さんは、キャベツにドレッシングをかけている。


「なんでそんなに明るくできるの?」

「そりゃ幸せは明るい笑顔からっていうからな」


 なんか聞いたような言い回しだな、と考え込んだ後に、村の駐在所の脇にある看板に貼られたポスターの標語であることを思い出した。

 本題に戻ることにする。


「今日お店に何人来たと思ってるの!?」

「五人かな?」

「それ、回覧板置きにきた近所のおばちゃん入ってるでしょ! お客さんのこと!」


 ついでに父さんは小一時間だべっていたと思う。


「えーと確か……」

「二人! ぜんざい食べに来た僕のクラスメイトの夏美と智則だけだよ!」

「おお、そうだったな」

「流石に、この状態、やばいと思わないの!?」


 学校は長い冬休みに入り、しかも今日は日曜日。スキーシーズンのかきいれ時にこの有様だ。


「なんとか考えないと……じり貧だよ。二人だよ、二人」


 箸を置いて、頭を抱えた。気合い入れたせいで落胆も大きいのだ。


「お、でも雪哉がお使いにいってる間に向かいのおばさんが来たからーーうちに来たのは6人だな」

「え? 来たの?」

「おお、実家から送ってきた四国の蜜柑をどうぞってきたぞ」

「本当? 向かいのおばさんが毎年お裾分けしてくれる、あの蜜柑、いつもおいしいんだよね」

「ああ、あとでデザートに食べよう」


 はっと気づき、頭を振る。 

 だめだ、話を逸らされないようにするーー。


「ともかく、ボクはホームレス中学生なんて嫌だからね」

「そう悲観的になるなって」

「父さんは楽天的過ぎるよ」


 原因は、このお気楽で危機感の足りない父のせいばかりではない。もっと深刻なことがあった。

 それもこれも、半年前にこの小さな村にできた大きなホテルのせいだ。

 ゲレンデや温泉地にもすごく近い一等地に、でーんと二十階建ての高層建築物が立ち、宿泊以外に土産物店も飲食店も、はては冬も入れる温水プールや、温泉スパ、披露宴会場まで併設されている。

 そちらに観光客がごっそり奪われてしまっているのだ。

 この村にある旅館や飲食店等はどこも打撃を受けているのだが、特にうちのような中途半端な店は危機的な状況にあった。

 店はメイン通りに面していない裏通りにあるし、何か売りになるものもない。お土産と軽食のみのごく平凡なお店――。昨今の目も舌も肥えたスキー客、観光客には、心に響きにくいことこのうえない。


「ま、なんとかなるさ」


 そしてコップにビールを手酌で注ぐ。

 またぷはっとやる。


「またいつもの決まり文句、もう……」


 追求しても何か解決策があるわけでもなく、重苦しくなるだけだからこの話題を自分から打ち切った。



 食事を片付けて、風呂を済ませた後に宿題に手をつける。

 学生の本分も忘れない。


 そしてやることを一通り終えて1日が終わろうとしている。

 僕は自室で布団に入って寝る前に一枚の古びた写真を手に取って呟いた。


「母さん、僕、明日で十四になるよ」


 その写真には赤ん坊の僕と冬の防寒スーツを来ている父さんと、白くて薄めな和服を着た若い綺麗な女性が優しい笑顔で写っている。

 この人は物心ついたときには、すでにいなかった僕の母さんだ。

 母さんは、写真に写ることをことのほか嫌ったというので、唯一これしか残っていない。ましてや動画などというものも残っていない。

 唯一僕と母さんを繋げる宝物であった。

 この端がぼろぼろになっている写真がーー大切な絆。

 何か辛いときや寂しさを感じるときは、いつもこの写真に語りかける。

 ふきつける風のせいで時折窓がガタガタと小さく鳴る。

(明日は早めに起きて雪かきしないと駄目だな……)

そんなことを思いつつ写真をしまう。

 今夜も外は吹雪いているようだ。


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