第十九話「流れたニュース」
タイトルを若干修正しました。
もうすぐ閉店時間となる。
どうやら今日も無事に一日を終えることができそうだ。
「ありがとうございました」
「はーい、長居してすいませんね」
「いいえ、とんでもないです」
夏美ちゃんが帰った後にやってきた最後のお客さんとなったおばちゃんグループを最敬礼で見送る。
出している立て看板を片付けるために外に出たら、いつの間にか雪がしっかりと降っていた。
しばらく空を見上げたが厚い雲でしばらく止みそうにない。
見上げていると妙に騒々しい気配がして視線を地上に戻した。
「!?」
メインの通りからサイレンは鳴らしていないが、赤い梯子車や消防車両が通り抜けてゆく。
続いて警察車両も――。
(何だろう?)
火事ではなさそうだが。
気にも留めず入口を閉めて鍵をカッチリかける。
これで今日は閉店だ。
「ふう……」
一息ついて、掃除の準備に取り掛かる。
トイレまで覗いて誰一人店内にいなくなったのを確認し、店の入り口を閉めて、手早く清掃をする。
父さんは調理場の片付けと伝票の整理に取り掛かる。
備え付けの雑誌や新聞を整理し、テーブルを拭くなどして、片づけを終えてようやく全てを終えた。
「ああ、疲れた……」
「さすがに今日はきたなあ」
1日ずっと調理場で格闘していた父さんは、居間で早くも寝ころんでしまった。
ボクも疲れて体を横にしたが、一方で心地よい充実感に包まれている。
「二人ともお疲れさま」
母さんが運んできたのは大きなガラスの器に盛られた白い糸の束。丁寧に氷まで浮いている。
冷や麦か……この時期になんだけどいただこう……。
三人で夕食のひととき。
水入らずはいいもんだな。
箸をとって氷の器に入っている細い糸を掬っておつゆにつける。
「おいしい……」
働いて食べるごはんは最高だ。
それに母さんの作った食事――。美味しくないわけがない。
「雪耶ちゃん、そろそろ学校の準備した方がいいんじゃない?」
冷や麦をすすっていると、母さんが、早くも登校日の心配を始める。
「う、うん……」
そのことを考えていないわけではなかったが――気が進まなかった。
ちらりと居間の壁に飾られているものをみる。
そこには黒い色彩の冬用セーラー服があった。
大きな襟に水色のスカーフ。
気が進まないのは、あの制服の試着があることだ。
サイズを測られ、仕立屋に注文済みでもう壁にずっと飾られている。なんといっても女子の象徴、セーラー服だ。これを着て喜んだら変態だ。しかし、今のボクはこれから毎日着なければいけない状況であり、それに慣れないといけない。
(もう逃げられないか)
食べ終えて箸を置くと、意を決して立ち上がる。
「手伝ってあげるわ」
なんか、恥ずかしいな……。
「はあ……やっぱこれか……」
うちの中学の服。典型的なセーラー服だった。白いラインの入った大きな襟に、水色スカーフ。それに紺のプリーツスカート。
まあ股のないズボンと思えば意識せずにもいられたがこれは嫌でも女子という実感が強くでる。
女、ではなく女子、だ。
しかも、何も知らない北原雪耶という女子として転校する立場になるのだ。
「よし、後で笑顔でピースしてくれよ」
気が付くと父さんがいつの間にかデジカメを構えてシャッターチャンスを伺っている。
「やめて……本気で」
撮られないように顔を背けて手で隠す――。
ウェイトレスも女子も好きでやってるわけでじゃない。現実に合わせているだけだ。
そう言い聞かせているのだから、笑顔でピースなんてできっこない。
「あら……お母さんも見たいのに」
「母さんの……頼みでもだめ」
「お願い、雪耶ちゃん」
母さんは手を組んで懇願する表情をする。これは反則だ。
「う……」
母さんの頼みとなると弱い。これ以上二人のブーイングに抗いきれそうにないと思った時だった。
流しっぱなしにしていたテレビのニュース番組に速報が流れた。
同時にアナウンサーが台詞を慌しく読み上げる。
「続いて、今入ってきたニュースです。本日夕方、氷清岳でスキートレッキング中の大学生パーティーが下山予定時刻を過ぎても帰らず、警察・消防では遭難したと見て、捜索を行っております」
「氷清岳? うちの村のこと?」
家族全員、テレビの画面に魅入る。
画面の小さな液晶テレビに、無機質な公共放送のニュースが映っている。
アナウンサーの右上には確かに氷清岳の写真が掲げられている。そして「氷清岳 大学生遭難か」という見出しも添えられていた。
やはりこの氷清村での遭難事故のニュースのようだ。
なんだか妙な胸騒ぎを覚えた。
大学生……?
「おや、本当にうちの村じゃないか。また行方不明かあ……」
流石の父さんも地元で起きた事件にカメラをおろしてニュースに聞き入った。
アナウンサーが遭難者の名前を読み上げる。それとともに顔写真が映し出された。
「あっ」
その瞬間、ボクは画面に指を指し声をあげた。
「昨日うちの店に来た人たちだ!」
見覚えのある人たちだった。昨日うちの店に来た大学生らしいグループだ。果たして、東京にある大学のサークルメンバーということも伝えられた。
あの眼鏡の大学生は上村晴人。大学三年生で年齢は二十一歳。金髪のあの女性は、同じ大学三年の赤城神奈という名前らしい。年齢は二十歳とでている。
「関係者によると、大学生パーティー一行は、現地のホテルを今朝午前7時に出発し、夕方には氷清谷温泉に到着する予定とのことでした」
氷清谷温泉とは、ボクらのいる旅館街やスキー場のある地区と氷清岳を挟んで反対側にある小さな温泉施設だ。昨日話題になったトレッキングコースは到着場所がそこになっている。
恐らくその途中で何かの事故にあったと思われた。
地元の氷清村消防署からの中継画像に切り替わり、レポーターに切り替わる。
「こちらは現地の氷清村です。救助隊は当初遭難したと推定される現場地点に向かおうとしましたが、付近は猛烈な吹雪で、捜索は一旦中断されております。航空機も離陸を断念し、地上からも上空からも現場に近づけない状態です。またパーティーメンバーに携帯電話で呼びかけても返答がなく、通信が繋がらないとのことでした」
消防署の建物を背景にマイクを握るリポーターの後ろでは慌ただしく行き交う捜索関係者と消防関係の車両が映っている。
見るからに情報が錯綜して、捜索が難航しているのが見て取れる。
「随分手こずってるようだな。よっぽど急に雪がきたみたいだしな」
確かに事前の天気予報で告げられていた晴れ予想は外れて今は雪が降っている。
たいしたことはない。が、麓では雪がちらつく程度だが山頂では猛吹雪になることがあるのが、氷清山の天候の特徴だ。
だが……今回は山頂にいったわけでもないのにここまで酷い吹雪に見舞われるのはおかしな話だった。