第十八話「ちらつく雪」
翌日もお客さんが、大勢来店して大忙しだった。
「はい、味噌ラーメンと、とんかつ定食ですね」
朝十一時の開店直後からお客さんが入ってきて絶えない。
不思議なものだがお客さんがいるとまたお客さんを呼び込むという不思議なサイクルが生まれる。
一人でも来るとそのまた次もやって来るものだ。
「こっちもお願いします」
「はーい、今行きます」
忙しいが、店内を包むお客さんのざわめきが心地よい。
「あ、あのデザートのアイスクリーム追加でお願いします」
その女性は壁を指差す。
女性客はやっぱり甘味が好きだ。
壁にデザートアイスクリームありますの張り紙を貼っているのは、ボクの発想である。
「ありがとうございまーす」
「もうちょっとゆっくりしていこう」
店が儲かればいいというだけでなく、寛いで貰えているという満足感も大事。
この日のランチタイムは、満席でお断りしないといけないぐらいに、てんやわんやだった。
「申し訳ございません、ただいま満席で」
やってきた若い夫婦にぺこり、頭を下げて謝罪する。
「そっか、しょうがない、他を探そうか」
まだ新婚そうな雰囲気の夫婦が顔を見合わせる。
残念そうにそのまま出ていく背中を見送ったのは、断腸の思いだった。
しかし、この分ならこれまでの閑古鳥の穴を埋められそうか……。かすかな期待が出てきた。
昼時はあっという間に過ぎる。
「ありがとうございました。またお越しください」
レジ打ち後にお釣りを渡し一礼をしてお客さんを見送る。
壁の時計を見ると午後三時だ。そしてちょうどお客の入りも一旦収まってきた。
「ふう……」
ふと窓の外を眺めた。
暖かい中と寒い外の気温差で、結露しているガラス越しに、外にちらちらと舞うものがあった。
「あ、……雪?」
激しく降っているとはいえないものの、雪がちらついていた。
「おかしいなあ……」
首を傾げる。もちろん雪国だから雪は珍しいことではないのだが、ここしばらくは天気予報は晴れのはずだった。
外れたといえばそれまでだが……。
(そういえば、昨日のあの大学生たち……今日山に行くといってたっけ……)
ふいに、昨日の大学生のことが気になった。
山の麓で雪がちらついていても山の奥深くはどうなるかわからない。すぐに収まってくれればいいのだけれど。
なんか胸騒ぎがする。
「すいませーん。注文お願いしまーす」
考え込んでいると、オーダーを告げる声がまた客席からした。
「あ、っはい」
慌てて、席に向かう。気にはなったが、今は店番のために構ってる余裕はなかった。
夕方の閉店が迫ってくる時間帯に、店の扉が開けられカランカランと鈴が鳴る。
「雪耶ちゃん! おじさん、こんにちは」
夏美ちゃんがまた来た。
今日は一人だった。ソフテニの部活帰りなのか、ジャージ姿だ。
「何にする?」
「じゃあ、いつものぜんざいで!」
そう言いながら、定位置のレジカウンターに近い席に座る。
夏美ちゃんが注文するのは定番のぜんざいだ。
地元産の小豆で作られたつぶ餡をたっぷり使い、大きな御餅と栗の甘露煮を入れた、ぜんざいは密かなうちのおススメメニューである。値段の割に美味しくボリュームもあるとと、好評だった。
もちろん夏美ちゃんのお気に入りメニューである。
他のお客さんが全ていなくなり、客席にボクと二人きりになると話しかけてきた。
「雪耶ちゃん、今度の始業式楽しみだね」
「うん、よ、よろしくね」
ボクの不安そうな心を雰囲気から感じ取ったようだ。
「大丈夫、うちのクラスはいじめとかはないから、心配しなくても大丈夫だよ」
まったく疑いのない笑顔が胸に染みた。ボクは雪哉なんだけど……。
「制服はもう用意したの?」
「うん、父さんと母さんが準備してくれたんだ」
「そっかあ……田舎っぽくてダサいでしょ? 今時変哲のないセーラー服なんて」
「そ、そんなことないよ」
首を振った。実際はセーラー服はかわいらしくて好きだった。もちろん着たいという意味ではないし、まさか自分が着ることになるとは思わなかったけれども。
「やっぱり不安かな? 知らない学校に転校してくるのって」
「う、うんそうだね……」
本当は知ってる学校に転校で不安は別のところにあるのだけれどもーー。
女子として通学しなければいけないという。まさか言うわけにもいかない。
「あたしは転校したことがないけど、誰も何も知らないところに行くって、凄く不安になるもん」
気遣いに心が打たれる。そしてごめん、と心で謝る。
「あたしが案内してあげるから、心配しなくて大丈夫よ」
「ありがとう、夏美ちゃん」
やがて、できあがったぜんざいを席に運ぶ。
「いただきまーす」
ぱりん、と割り箸を割って食べ始める。
「んー、やっぱりここのぜんざいは最高においしいよぉ」
舌鼓をうつと、笑顔に変わる。
その顔を見て、ボクの心も和む。こういうのを見ると、店の手伝いをやってて良かったと感じる。
食べてる最中にふと箸を止めて、ボクの手を指さした。
「あ、同じだ! 雪耶ちゃんも――」
「?」
なんのことかわからず、ボクは首を傾げる。
「あ、それそれ。その癖、同じなんだね。雪哉も、立ってお客さんを待っている間、よく手を組んでるんだけど、少し小指が立ってるんだ」
はっとなって自分の姿勢をみた。確かにそうなっている。まさか、そんなところまで夏美ちゃんは、ボクというか雪哉を観察してたのか!?
自分でも気づいてなかったぞ!?
夏美ちゃんは、じっとボクのことを見つめる。何か感づかれたか気が気でない。
「いとこ同士なんだねえ、やっぱり」
夏美ちゃんは屈託なく笑っていたが、ボクは冷や汗をかいた。
「そ、そうなんだ。わたしと雪哉、よく似てるって言われるんだ」
「そうでしょ? あたしも凄くそっくりだと思うんだ」
やっぱり勘がいい。
美味しそうに食べ終わって、しばらくしたら席を立った。
「じゃあ、そろそろ行こうかな、あ、これでお願い」
手には千円札が握られていた。
それを受け取り、レジから出したお釣りを渡す。
そしたら、その時に、また握手された。
「初登校の日は迎えに来るからね! それから雪哉にもよろしく言っといてね!」
好意がびんびんに伝わってくる。
「うん、伝えておくよ」
夏美ちゃん、男子には結構口が悪くて厳しいイメージだけど、女子にはすごく親切だ。
女子から見ると実はすごく頼りになるんじゃ……。その分、勘の良さは脅威でもある。
彼女に嘘をつき続けられるのか――。
夏美ちゃんの背中を見送りつつ、思いが巡る。
初登校日は否応なしにやってくるのだ。
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