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第十六話「村の言い伝え」

 注文票をエプロンのポケットにしまって席を離れようとすると、大学生たちの一人が語りかけてきた。


「君、偉いね、中学生?」

「アルバイトなの?」

「あ、いえ、この店の家族なんです」

「へえ、手伝いかあ、偉いねえ」


 これで同じことを言われるのは今日で何回目だろう。

 今まで語り掛けられることなんて滅多になかったのに……。これはまさか男子と女子の違いってやつなのだろうか?

 そんなことを思いつつも、話しかけられること自体は悪意を持たれていない証だ。

 こちらからも声をかけてみた。


「皆さんは、どちらから来たんですか?」

「俺たち、大学サークルのメンバーで、スキー合宿でここに来てるんだよ」


早朝のバスに乗ってついさっきホテルに到着したという。二泊三日の予定とのことだった。


「じゃあこれからゲレンデに行かれるのですか?」

「ああ、午後からね。それで明日はトレッキングに行くのさ」

「へえートレッキングですか」


 氷清村のスキー場には、ゲレンデ以外の観光スポットとして、スキートレッキングのコースがあった。整備されて安全なゲレンデで遊ぶだけではなく、もっと雪山や雪景色の山並みや自然に触れたい人向けのスポットだ。

 ましてや、今日のような天気の良い日なら最高の眺め。しかし、その分コースはやや難度高めだ。


「この時期はトレッキングも結構大変ですよ?」

「大丈夫、無理はしないさ。山頂にいくわけじゃないから、それに装備もちゃんとしてるよ、な?」

「ああ」


 確かに着ているスキーウェアをみると、装備もそれなりにお金かけてるっぽかった。

 ちなみに、冬の氷清岳登山は数多ある山の中でも屈指の難易度と言われている。かなり熟練した登山者でないとむずかしい上級者向けであった。

 ボクの父さんもかつては挑戦したこともある手練れだったとか聞く。今はすっかり見る影もないが。


「そうですか。でも……山は、特に氷清岳は天候が変わりやすいから気をつけてくださいね」


 まあトレッキングコースはきちんと装備すれば、そんなに危険はないはずだ。


「ありがとう」


 毎年この氷清岳を始めとする山々は人気で人が押し寄せるのだが登山者が行方不明になる事件がテレビや新聞を騒がす。

 氷清岳の山並みはとても美しいが、その実恐ろしい内面を持つと、山岳専門家や雑誌で紹介されることもあるほどだ。

 そのため山に入る観光客・登山者には簡単な注意を促して欲しい、というのは氷清村観光商工会からのお達しであった。


「天気の良い日は氷清山の山頂が一面望めて凄く景色いいんですよ。途中の氷ヶ原ってポイントが一番今は雪景色で綺麗ですけど、春は緑がいっぱい映えてまた違う味わいがあるんですよ」

「君、詳しいんだね」

「はい、地元ですから。それに何度か行ったことがありますから」


 遠足やら校外学習などで、近辺の簡単な山登りなどは経験済みである。


「そうか、君に案内してもらえないかなあ」


苦笑いしつつ、答える。


「それは、ちょっと無理ですけどわからないことがあったら聞いてください。あ、今日は夜更かしはしないでくださいよ。飲み会は明日以降にして」


 どっと笑いが起こる。見抜かれたか、という笑い。

 話が盛り上がっていた――。

 その時、背後に気配がした。


「明日は……お辞めになさった方がいいですよ」


 透き通るような声が、盛り上がりを遮った。


「お……美人」

「綺麗……こんな美人いたんだ」


 その場にいる一同、目を見張った。大人の女性の色香を妖しく漂わせているのだから大学生はひとたまりもない。

 母さんだった。


「母さん! いつの間に!?」


 母さんは今日一日は調理場で父さんのサポートをしてもらっていた。

 ついこの間まで山にいた雪女の母さんにいきなり接客を任せるという冒険はしない。しばし様子見でできることから手伝って貰おうということで父さんと話をしていた。

 その母さんが客席までなんで出張ってきてるんだろう? 


「あれ、君のお母さんなの?」

「母娘揃って美人なんだなあーー」


 大学生グループ一同、感嘆の声を漏らす――。

 だが笑顔を絶やさない朗らかな母さんが、いつになく真顔だった。


「何も知らない旅人の皆さんだからご忠告申し上げますが、明日は山の神の日……」


 旅人……じゃなくてスキーの観光客なんだけど。


「昔の麓の村の人間は、妖かしに惑わされるとして、山の奥深くには絶対に入らなかった日なのですよ。悪いことはいいません、明日は立ち入るのは避けた方が良いかと――」

「へ、へえ……」


 最初は、母さんの美しさにうわついた一同だったが、その綺麗だが鋭い眼光に気を呑まれた。


「ど、どうするよ」

「やっぱり予定変更するか?」


 そういう声が男子大学生たちの間でささやかれるーー。

だが件の金髪お姉さんだけはボクと母さんにメラメラと不満の炎を燃やしていた。


「馬鹿、そんなの信じてどうするの? もしかしてびびってんの? 予定通りいくんだからね!」

「お、おう……」

「そうだな……」


 結局、このお姉さんの一喝で、母さんの忠告も聞き流された。


「そうですか……」


母さんもそれ以上は引き止めなかった。


「ではこれだけは皆さん、必ず守ってくださいね。もし空が急に暗くなり、山から冷たい風が吹いて雪が降り始めたら、それ以上先には進まず、急いで引き返してください」


母さんの静かな語りに大学生たちは急に固まり、背筋を震わせる者もいた。


「妖かしに捕まって二度と山から出られなくなる前に――」


 話し終えると、急に静かになった若者たちを尻目に母さんは調理場に戻ってゆく。


「は、はあ……」

「一体どういうことなんだろ……」


 若者たちはお互い顔を見合わせる。


「ごめん、随分引き留めちゃって。お仕事中なのに」


 眼鏡の男の人に声をかけられて、はっとなった。

 ボクも呆気に取られていて立ち尽くしてしまった。


「あ、はい、では失礼します」


 おっとっと、自分も他のお客さんがおろそかにならないように……。


「ったく、あんたたち、気が小さいわね。それでも男?」と後ろで声がした。


 その間に大学生グループの注文を調理場にいる父さんに伝える。

 そして他のテーブルのオーダーを取ったり食事を運んだりする。

 店内は賑わっていて、今日は大忙しだ。

 店内のお客さんの注文を一通り受け、食事を運ぶのも一段落したところで、ちょっと手が空いた。

 さっきの大学生グループにそれとなく営業をかけてみる。

 ちなみに、ああいう会話も決して無駄話目的でしているわけではない。

 フレンドリーにして、警戒心を解いておくのだ。

母さんの言葉に凍りついていたが、流石活気ある大学生。すぐに元の通りに盛り上がっている。

「よろしければ、あちらにお土産も売ってますよ? せっかくですのでご覧になってみたらいかがですか?」


 レジカウンター脇に設置している土産物コーナーを指さしてみた。


「そうかあ、じゃあちょっとみてみようかな」


期待通り良い反応を得られた。

でもやっぱりくだんに金髪お姉さんがーー。


「ホテルの方がよっぽどいい品ぞろいしてるわ」


 あ、そろそろこめかみの辺りがぴくぴくしてきた。


「どれがおすすめかな?」

「あ、このラスクなんかどうでしょう?」


 気を取り直してスマイルスマイル――。

 次の更新は19日(水)の予定です。


 

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