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第十四話「看板娘、始動」

 天気予報では今日も明日も氷清村の天気は晴れ。その予報とおり朝から晴れ渡っている。雲も風もなく天候は安定していて、絶好の行楽日和、スキー日和だった。


「さあ、今日もがんばるぞ」


 朝の店内の清掃を終えて、店の入り口に「雪乃亭」とかかれた暖簾を掲げる。立て看板も置いてついでにマジックでランチ営業中と書き加える。

 その後店の周りを雪かきし、簡単に掃除する。

 遠くをみると綺麗な青空とともに白くそびえる氷清岳の山々も遠く望めた。

 今日の氷清村は、朝から晴れで絶好のレジャー日和。天気予報ではしばらく好天らしい。

 店や旅館が立ち並ぶメイン通りには、朝からゲレンデや登山、トレッキングに向かう人々をそこかしこに見かける。

 街全体が賑やかで活気に満ちている。

 経験上、こういう日はお客さんも多くやってくる。

 まさに冬シーズンの決戦日だ。

 俄然、やる気もでてくる。

 雪乃亭はいつもどおり午前の十一時に営業開始。

 ちらりと時計を見る。

 あと十分ほどで開店だ。

いつもこの時間の緊張がたまらない。胸が期待と少しの不安でそわそわする。

ボクは今日も店に立つ。

このところドタバタ続きではあった。

 すっかりこの店の子供であることは身についていたので、始めるものは始めないと……というのが習慣だ。

 身に染み着いているのだ。どんなことがあっても五体満足ならば、時間通り店を営業しなければ、おまんまくいあげ――。

 明日のご飯が食べられない。

 勤め人の家の子と違い、店舗を営む家に生まれた子の宿命だ。

 たとえこの身が女体化、雪女化しても、不貞寝などしてはいられない。不貞寝する場所が無くなってしまうのだから。



 まあ、何もなかったわけではない。

 とりあえず、今日はウェイターならぬウェイトレスをすることになる。

 納得できない部分もあるけど、男物の服を着て違和感を覚えさせるわけにも行かない。

 お客さんに不自然さを抱かせてはいけないので、オーダー係としてはふさわしい格好をしなければいけない。


「ほら、襟が出てるわよ」


 母さんに注意される。


「まったく……こういう準備だけはいいんだから」


 ぶつぶつ文句を言いつつ襟を直す。

 上は白いブラウスに下は黒いスラックス。

 いずれも女性用であった。

 これらは母さんが選び身繕いしてくれた。

 あんまり凝った衣装は、疲れるだろうからと見栄えはそれなりで、過ごしやすい動くのに苦にならない程度の服装にしてくれた。

 内心恐れていたメイドさん風のヒラヒラしたスカートを始めとしたゴスロリチックな衣装をすることは、なんとか避けられたようだ。

 それでもスラックスが腰の辺りがなんかきつい……お尻がぱっつんぱっつんになっている。

 それに――。


「うう、やっぱり変だな……」


 何度も背中に手をやったり肩紐に手をやる。

 初めてブラを着けた。

 こちらも、慣れないものを胸につけてると、気になって仕方ない。

 こっちの方も、二人からの着ろの大合唱に、結局負けてしまった。

 見苦しく揺れないようにしっかり留めるべきだとの、理屈にも抗えなかった。

(今の現実に合わせてるだけだ)

 母さんに手伝って貰いながら胸に装着する時も、そう自分に言い聞かせた。

 胸の膨らみにあてて、後ろでホックが留められた時も、自分の中の大切な何かが崩れ落ちそうになったが、頭を振って切り替えることにした。

(家の手伝い、手伝い)

 こういう場合、「ボクは男だぁ」と断固主張するのがセオリーかもしれないが、店の開店時間は否応なしに近づいてくるので、無駄に時間を浪費するわけにもいかない。


 とにかく、今日は客席で注文担当だ。

 まあ女子風のファッション云々といっても、さらにその上に父さんの用意した白いエプロンをすっぽりかぶってしまっている。

 着ているものを見せつけるわけではないから、少しは気が楽だ。

 などといろいろと思うところはあるものの着々と開店の準備を始める。

 スピーカーに電源を入れて、店内に流行の音楽をかける。(J○SRACへの使用料月々三千円)

 この時期の客層のメインは、この村にあるゲレンデに押し寄せる若者やファミリー層の年代の若いスキー客たちだ。

 この氷清村が一番のにぎわいを見せる時期でもある。

 年間の店の売り上げと収入はこの時期にかかっているといっても過言ではない。生命線。決戦の時期だ。

 いつもは閑古鳥の雪乃亭も早速開店後十一時を回った数分後に、入口の戸が開けられカランコロンと鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 早くも四人の家族連れ、それに続けてカップルが来店した。


「こちらへどうぞ」


 これから早めの昼食を簡単に済ませて、ゲレンデに滑りに行くのだろう。だいたい時間と格好や雰囲気で、どんなお客なのかは察しがつく。


「ラーメン二つとカレー二つ」


 まずは四人家族のお客のオーダーを通した。


「あいよー」


 調理場から父さんの声が返ってくる。

 これから氷清村のゲレンデでスキーをするという家族はお揃いの赤いスキーウエアを着ていた。夫婦と小学生ぐらいの男の子に小さな女の子まで揃って同じくしていた。


「あら、あなた中学生なの? 若いと思ったけどやっぱり……でも偉いわねえ。幸太、あなたと変わらないぐらいの子がこうやって家のお手伝いをやってるのよ? あなたもゲームばっかりやってないで少しは家事の手伝いをしなさい」


 携帯ゲームを手に抱えて興じていた小学五、六年生くらいのその男の子は母から怒られ、肩をすくめてばつの悪そうな顔をしていた。

 温泉に来たという老夫婦からも話しかけられた。


「はい、ありがとう、お嬢ちゃん」

「うちの孫娘と同い年ぐらいじゃなあーーここんところ会ってないがのう」


 運んだお茶をテーブルに置くと、しみじみ見つめられる。

 孫と重なるのか、嬉しそうな顔をされた。

(今日はやたらと話しかけられるな……)

 それに……普段は店内の様子を伺ったお客さんがそのまま立ち去ってしまうことがよくあるのだが、それも今日は少ない。

 今日は原因はわからないが好調のように感じた。


「すいませーん、注文お願いします」

「はい、今伺います」


 食後のお皿とコップをお盆に片付けながら返事をする。

 まだ本番はこれからだ。

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