第十三話「初対面?」
「さあ、試してみましょうか。脱いでごらんなさい」
迫り来る母さんの爽やかな笑顔――。
「ちょ、ちょっと待った!」
片手にブラに片手でボクを捕らえようとしている。
「ま、ま、まだ心の準備が――」
「早く試さないと、サイズが合わないなら交換した方がいいのよ」
「で、でも……ボクはまだこういうのは」
上手い言い逃れの理由を考えようとしたが上手い言い訳が思いつかない。
必死に懇願する。
母さんは父さんと目を合せる――。
「まあ、雪耶がそういうなら、仕方ないわね」
「そうだな、まだ雪ん娘になっていくらもたってないしな」
断固拒否の姿勢を示したら、あっけなく引き下がって片付け始めた。
ほっと胸を撫でおろす。
なんかその笑顔が怖く感じるのは何故だろうか。
まるで小さな駄々っ子を放っておいてもいずれは諦めるだろう的な何かを感じるぞ。
ともかく二週間ぶりの我が家。
店の準備片付けに掃除洗濯。諸々の手伝いに着手する。
父さん一人ではきついだろうし店の細かいところまで気が回らなくなるのも、客入りがイマイチな原因だ。
今だって店前に立て看板を出すのを忘れている。
「おう、ありがとう。雪耶」
「はいはい」
ボクにとっても身体動かして何かしらやってる方が気が紛れていい。
何もせずにいると余計なことが思い浮かんで考えがマイナスに行ってしまうものだ。
「なんでボクが女の子に……」
なんて部屋で鬱ぎ込むようなことはしない。
そうこうしてるうちにあっという間に夕方なった。
冬は日が落ちるのが早い。
徐々に外が暗くなり始めた頃合いに、店にお客さんが来た。入口の戸が開けられるとともに、からんからんと鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ……」
「おじゃましまーす!」
元気で透き通る声で誰かわかった。
(あ、夏美ちゃんだ!)
声の主は葉月夏美。
肩まで伸びるセミロングの髪。紺色のジャージに厚手のコートを羽織っている。その首には赤と白の模様が入ったマフラーを巻いている。
いつもぜんざいを食べに来てくれる。幼なじみでもあった。
「お邪魔します」
その隣には、やはり幼馴染の佐伯智則もいた。やはり学生服の上にコートを着ている。二人とも部活帰りのようだ。もう部活によっては始まってるところがあるようだ。
二人とも同じ氷清中学に通っている同級生。
こと夏美ちゃんは、氷清村の村長さんの娘でもある。
「わあ、可愛い! この子がおじさんが言ってた雪耶ちゃんね!」
夏美ちゃんはボクを見て目を輝かせる。
「すっげー、本当に可愛い子だ……」
智則もしばし言葉を詰まらせる。
か、可愛いか。
よく見知った顔の二人からそう言われると、恥ずかしい。
戸惑いつつも状況を察するに、二人はいない間も店に来てくれてたんだ。そして父さんから雪哉と雪耶の事情について話が行ってるようだ。
設定を思い出す。ボクは雪耶の従妹で雪哉は転校。
でもどうしよう……。ばれないかな。
「あ、ぼく……いや」
ぼく、は駄目だ。女の子の一人称をしなければならない。
「わたし、北原雪耶、よろしくね夏美ちゃん」
「よろしくね。雪耶ちゃん。でもあれ? あたしの名前を何でしってるんだろう? 」
夏美ちゃんは指を頬にあてて、首を傾げる。
しまった。早速ミスした。まだ夏美ちゃんは名乗っていない。背中に冷や汗が流れる。
「え? あ、父さ、おじさんから聞いたの」
よし、我ながらナイス返し。
「そっか。あたしも雪耶ちゃんのこと、おじさんから聞いてたんだ」
夏美ちゃんは納得したように再び笑顔に戻る。
なんとか凌いだ。ほっと胸をなで下ろす。
「知らなかったよ。雪哉に従妹がいるって」
うん、ボクも知らなかったよ。
「お、俺智則、佐伯智則。よろしくな、雪耶ちゃん」
「よ、よろしく。佐伯君」
智則のやつは、顔を赤くして、元気になってる。
それなりに顔は良いので、女子にはそこそこ人気はある。
だが、幼馴染の男子同士としてボクは知っている。智則の奴はむっつりすけべなのだ。
男子だけの場所では、随分と馬鹿話もエロトークもしたものだ。そして智則の部屋の本棚の奥やベッドの下に隠されたお宝も知っている。
「よろしくね! 始業式は明明後日からだし一緒に学校に行こう!」
うわ、夏美ちゃんに手をぎゅっと握られた。
手の温かみを感じる。
幼なじみとはいえ、ここまで体にふれるのは女子のスキンシップ特有のものなのか……。
二人はいつもの出入り口に近い場所のテーブル席に座る。
「でも雪哉の奴、何もいわずにいっちゃうなんて……一言ぐらい言ってくれればいいのに」
な、夏美ちゃん……。なんて悲しそうな顔。
こういう一言にホロっときてしまう。それにバタバタで何も言わずにいなくなったことになってることには罪悪感がわく。
「た、多分本人も急だったから言い出せなかったんじゃないかな? きっと気にしてると思うよ」
「そうかな?」
「雪哉君、落ち着いたら連絡するって言ってたしね。今は忙しいみたいだけど」
嘘にはならないように注意する。後でパソコンから夏美ちゃんのスマホにメッセージを送っとくか。
「本当? 雪耶ちゃん、連絡待ってるからって伝えといてよ」
凄い勢いで喰いついてきた。
「う、うん」
そんな会話をしているうちに、ぜんざいができたので二人分をテーブルに運ぶ。
「でも雪耶ちゃんもお店の手伝いをするんだね」
「え? ああ、もちろん、この家に住むんだから」
「偉いよねえ。あたしも見習わないと」
夏美ちゃんは夏美ちゃんで村長の娘という苦労はあるみたいだが。
氷清中学のジャージを着てラケットを抱えているところを見ると所属するソフトテニス部の練習の帰りのようだった。
二人は席に備え付けの箸を手に取り注文したぜんざいを食べる。
「雪哉君がいなくて寂しい?」
ぜんざいを食べてる途中に二人に尋ねてみた。
考えてみれば、ボクはもういないことになってるんだよな……。それはそれで悲しいものがある。
「うん……そうだね。小さい頃から一緒だったし」
「いやー、夏美なんか、雪哉がいなくなったの知って泣きそうになったんだぜ。ひょっとして、すき……」
ガンッ。
その瞬間、夏美ちゃんが智則の脛に蹴りを入れた。
「いてて! 何しやがるっ」
「あら、体がよろけちゃった。ほほほ」
座ってるのに身体がよろける?
「大丈夫? 智則君」
かなり夏美ちゃんの蹴りが弁慶の泣き所に決まってたぞ。
「いやいやいいのさ、雪耶ちゃん」
明らかに痛そうなのに……やせ我慢をする智則。最後が聞き取れなかったが……。
「智則君は、寂しい?」
「凄い残念だよ……ずっと一緒だったしな……」
男の友情っていいな。
でも、きっと女子の雪耶が代わりにきたことに喜んでるんだろうな。
「あ、雪耶ちゃんが嫌だって訳じゃないよ? 大歓迎さ」
ほらきた。わかってるんだぞ。このむっつりめ。
ぜんざいを食べ終えて、会計を済ませた帰り際、もう一度夏美ちゃんがボクに声をかけてくれた。
「じゃあ、よろしくね! あ、始業式の日、あたしここに来るから一緒に学校行こう!」
「う、うん! 待ってるよ……」
入口の扉を開けて外に出ていく夏美ちゃんと智則に手を振った。
二人とも一度振り返り手を振った。
大丈夫かな? 結構夏美ちゃん勘がいいんだよなあ。
雪哉と雪耶の秘密を悟られまいかーー。
でも一方で心強いところもあるから……。
あと数日で始まる学校生活がまた頭痛の種だ。




