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第百二十一話「転校生の儀式」

「みんな、春風のこと色々聞きたいだろうが――この後すぐホームルーム、それから始業式だ。話はその後、じっくり聞いてやってくれ。春風も、みんなと仲良くしてくれると嬉しいな」


 川澄先生の言葉に、クラスの空気がほっと一息ついた。


「席は、ちょうど北原の後ろに席があるから、そこに座ってくれ」

「はい」


 先生はボクのすぐ後ろの席を指示する。

 机の脇を抜けるたびにみんなから、目線や手を振られて、ドギマギしている。


「し、失礼します……」


 ボクのところに来ると恐縮したように挨拶してきた。


「気にしないでいいよ、わたしは北原雪耶。よろしくね。席はそこだよ」


 席を右手で指し示すと彼女は小さく頷き、椅子を引いて座った。


「さて……一年間の予定だが」


 先生は黒板に手をかけ、軽く書きながら言葉を続ける。


「まずは中間・期末。1学期と2学期にテストをふたつずつ。冬休み前には面談をして進路を決め、年が明けたら受験だ……大事な1年となるぞ」



 みんな顔が引き締まる。今まではなんとなく同じ面々で学年もあがってきていたが、それぞれの道を行くことになる。


「もちろん楽しいこともある。運動会、文化祭、そして――三年生最大のイベント」


 クラスがざわめく。



「修学旅行。六月初め、行き先は――東京だ」

「おおーー!」


 どっと歓声があがる。「スカイツリー行くぞ」「芸能人に会えるかな?」


「桃花ちゃんは東京から来たばかりで、あんまり面白くないかもしれないかなあ」


 女子の一人が桃花さんにささやいた。


「みんな、修学旅行、東京にいくってなるとテンション上がるんだけどね」

「そ、そんなことありません、住んでると行かないので、むしろ楽しみです」


 桃花さんは柔らかく微笑む。その笑顔が、雪耶の胸にわずかな違和感を残した。


(……人形みたいに整ってる……)


 どこか現実離れしたような、静けさをたたえた瞳。表情は優しいのに、奥に深い湖のような、何かを隠しているような雰囲気を感じた。


(……まさか、この子も雪ん娘?)


 しかし、それらしい気配はない。氷の気も、霜のような冷気も。ただの人間――のはず。でも、何かが引っかかる。

 ホームルームが終わり、川澄先生は一旦教室を出ていった。


「5分後に体育館に集合な。ダラダラすんなよー」


 その声が廊下に消えると同時に、短い休み時間と移動時間の突入。教室の空気が一変する。早速転校生の儀式だ。

 ついこの間、ボクもああだった……。

 気を使うし大変だよなあ、とボクは他人事のように見ていた。

 ボクの場合は男子の雪哉から女子の雪耶として転校してくるという難易度最強クラスのシチュエーションだったけど。


「ねえねえ、桃花ちゃん!」


 一番に駆け寄ったのは、やはり夏美ちゃんだった。


「わたし、葉月夏美! よろしくねっ!」

「はい……こちらこそ、よろしくお願いします」


 集った男子の一人が野次をとばす。


「彼女のお父さん、この村の村長なんだぜ!」

「そ、そうなんですか……。よ、よろしくお願いします……」


 桃花さんはぴしっと背筋を伸ばしてお辞儀する。


「あはは、そんな畏まらなくていいよ~。私じゃなくて、うちの父なんだからっ!」


 周囲で笑いが起きる。


「でも、わからないことがあったら、なんでも聞いてね?」

「……あ、ありがとう。助かります」


 会話は穏やかに続く。


「今はどこに住んでるの?」

「新北町の一角です。新しい家ばかりで、ほかにも引っ越してくる方も多いって……」


 ボクもその地域を知っていた。山の裾野に広がる、移住促進区域。最近は都会からの移住者が増えており、桃花さんの家族のような世帯も珍しくなかった。


「いいところに引っ越してきたねー。あそこは遮るものがなくて、天気がいい日は遠くまで見えて夜は星がいっぱい見えるし」


 夏美ちゃんは嬉しそうだ。これも夏美ちゃんのお父さんが手掛けている村の事業の1つだ。

 しかし――。


「…………」


 教室の片隅。氷倉凍子が、じっと桃花を睨みつけていた。目に宿るのは、敵意、警戒、そして――苛立ち。


(……なんで、あんな目で?)


 桃花さんは凍子の視線に気づいていない。いや、気づいていないふりをしているのかもしれない。

 そして夏美ちゃんがふと口にする。


「そうだ! 桃花ちゃん、集会の後、今日はもう終わりだから学校案内しようか?」

「え? あ、うん……」


 流石夏美ちゃん。タイミングを逃さない。

 新しい環境に慣れず不安な転校生に積極的にあかるく話しかけて、さらに学校を案内することで距離を詰める。

 うーん、これは親譲りか。

 桃花さんも断る理由もない。


「お願いします。でも……」


 予想しない反応がきた。


「ん? 何かあるの?」

「もしできれば……北原さんにも一緒に行きたいです」


 え? とボクが驚く前にもう夏美ちゃんは決めていた。


「あ、そうか。席の近くだもんね」


 言われて夏美ちゃんもポン、と手を打った。


「ねえ、雪耶ちゃん。せっかくだから、桃花ちゃんに学校、案内してあげなよ。今日は午前中で終わりだし」

「えっ、あ、うん……」

「席もすぐ後ろだし、ちょうどいいじゃん。雪耶ちゃんが転校してきたときも、あたしが案内したし。順番だね」


 学級委員長(予定)らしくにこやかに言う夏美に、ボクは小さく頷いた。


「……うん。じゃあ、よろしく。春風さん」

「桃花でいいよ。……よろしくね、雪耶さん」

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