第百二十話「春と共にきた風」
朝のチャイムが高らかに鳴り響くと、三年一組の教室にいる生徒たちは慌てて席に戻り始めた。すでにクラスの空気はにぎやかで、旧知の友人たち同士が再会の喜びを語り合っている。夏美ちゃんと智則も並んで座り、静かに周囲の様子を見ていた。
遠くから先生の足音が聞こえてきた。
そして――明らかにその足音とは別の足音も聞こえた。
きっと転校生だ。
朝から噂になっていた転校生の噂は本当だったようだ。
「緊張しなくて大丈夫だぞ」「この学校の生徒はみんな良い子だから、暖かく迎えてくれるだろう」
「はい、ありがとうございます」
そんなやりとりが聞こえてくる。
女子たちは早くも「きてるよ」「転校生だ」とささやきあっている。
そして――。
ガラッ
引き戸が開いて、一人の男性教師が姿を現す。
「それじゃあ、みんな席につけー」
若く、しかし落ち着いた声。その人物は、明るいベージュのジャケットにシャツを合わせた、ラフながら清潔感ある雰囲気の男性教師だった。
「既に知ってるやつがほとんどだと思うが、改めて自己紹介しておく。今日からこの三年一組を受け持つ、**川澄 明**だ。担当は数学。ま、よろしくな」
「かわすみせんせー!」
「今年もよろしくお願いしまーす!」
「先生、奥さん元気?」
「新居どうですかー? 赤ちゃん産まれるんでしょー?」
教室のあちこちから私語混じりの声が上がる。川澄先生は学校だけでなく村の“話題の人物”である。
少し前に氷清中学に新しく赴任してきた若い教師、そして新婚ホヤホヤ。
「……余計なこと言うな。ったく……。村は噂が回るのが早いんだよ」
ぼやきながらも、どこか照れくさそうに髪をかく川澄先生。噂によれば、奥さんは村の隣町出身で、今は妊娠中とのこと。産婦人科で奥さんを見かけた。仲良く二人で赤ちゃん用品や妊娠中のためのものを買い物しているところを見かけた人が多数。噂は既に雪乃亭に出入りする常連客や、出入りする業者さんからボクのところにも届いている。
「さて、早速だが……転校生が来てる」
「えっ、マジで?」
初めて知る生徒は驚きの反応。
「先生、男子ですか? 女子ですか?」
「どんな子だろう……?」
興味津々な空気が一瞬で教室に満ちた。
「女子だ」
男子たちは小さくガッツポーズ、女子たちも色めき立つ。「東京から?」「かわいい子かな?」とざわつく中、川澄先生が軽く手を振る。
「おい、入ってこい」
ガラリ
引き戸が再び開く。静寂が教室を支配する。そこに現れたのは、この氷清中の制服であるセーラー服を着た黒髪の少女。肩にかかる長さの清楚な髪、澄んだ瞳、控えめな笑顔を浮かべて、教壇の前に立った。
「……えっと。東京の桜坂第七中学校から来ました。**春風 桃花**です。よろしくお願いします」
そしてペコリと一礼。
氷清中の生徒たちとはどこか違う、都会の空気をまとった少女。華やかというよりは、どこか儚げで落ち着いた雰囲気が教室の空気を変えていた。
「……かわいい」
「おしとやかって感じ」
「雪耶ちゃんや凍子ちゃんとも、また違ったタイプだね」
彼女の雰囲気には、どこか引き込まれるような、不思議な静けさがあった。
一方で凍子がその名前を聞いた途端、はっと顔色を変えたのを見逃さなかった。
そして何とも言えない表情でその子を見つめていた。




