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第十二話「雪ん娘で女子中学生で」

「今日はこんなアホなことをやるためにわざわざ家に帰ってきたわけじゃないからね?」


父さんの自爆にボクは呆れ顔に言った。

 ボクとしては、雪山にいる間、とんでもなく酷い目に遭いながらも店のことが気になってはいた。だから、ようやく帰ることができて良かった。案の定、店は相も変わらずやばい状態のようだからだ。


「まったく……」


 一応、まだお客さんのかきいれタイムの昼時なのに、誰もいない店内を見回す。

 どうせてれてれして、過ごしてたんだろう。

これはテコ入れをしないとダメそうだ、と心で呟く。


「あら、雪耶ちゃん、何か機嫌悪いの?」

「そうじゃないけど……」


 店の現状はわかった。あと何か大事なことを忘れているような。この二週間近く家を留守にしててーー。


「そ、そうだ……雪耶、せっかく今日いいタイミングで帰ってきたんだ。すっかり忘れてるみたいだが、もうじき冬休みが終わって学校が再開する」


 ようやく悶絶から息を吹き返した父さんが立ち上がる。


「え?」

「三日後には始業式のようだな」


 それで思い出した。あ。学校――。

思わず店内のカレンダーを見る。

 雪ん娘になってしまった騒動ですっかり忘れていたが、長い冬休みも、もうすぐ終わりだ。正月もクリスマスなんてイベントも全部すっ飛ばしてしまった。もともとそういうのとは無縁で我が家はきたけれども。


「ちょ、ちょっと、いくらなんでも……こんな姿じゃ」


 いきなり現実に引き戻された。考えてみれば、ボクはまだ中学生だったんだぞ。

 ソフトテニス部の部活にも練習に一度もでなかった。……てかこの女の子の姿じゃそもそも学校行けない。


「とりあえず義務教育なんだから、しっかり学校には通わないとなあ」

「こんな時だけ、何いきなり正論を言ってるんだ」


国民の三大義務の一つ。習ったばかりの知識だが、その義務とやらをボクも果たさなければ。しかし、今はーー女の子の姿になっている。


「もう手続きは済ませたからな」

「は? なんの?」

「だから、雪耶として転校するための手続きさ」

「え、いつの間に?」

「今後は学校と雪女修行を併せて進められるようにな。だから安心して始業式は学校に行け」

「ちょっと待って……。あれで修行は終わりじゃないの?」


母さんがコホン、と咳を一つ。


「まさか。まだ最初の関門をクリアしたところよ。氷清岳に例えると、だいたい蛇の目が池の辺りね」


蛇の目が池とは氷清岳登山で一番最初に通過する序盤のルートの目印だ。本当に入口の入口。


「嘘だっ」


 あの地獄の特訓がまたやってくるのか――?


「雪耶、また頑張ろうね。大丈夫、雪耶ならやれるわ」


客席の床に崩れ落ちて手をつく。


「ま、そう気落ちするな。雪耶。こっちは準備万端だからな」


父さんが指し示した居間に何かぶら下がってる。

 って、もう居間には可愛らしい制服が用意されてた。学校指定のセーラー服が……。

 冬服の黒をベースに、特徴的な襟に胸元の青いスカーフ。


「準備良すぎるよ!」

「あら、可愛い服ーー良かったわね、雪耶ちゃん」


いつの間に、と思ったらそういえば山の修行の最中に身体測定と称して測られたような。サイズに合う服を用意するとか言って。あれか……。


「実は楽しんでるだろ! ボクが偉い目にあってたのに……」

 

 父さんはそんなことないさ、と笑う。


「うらやましいわ~母さん、雪耶ちゃんと同じくらいのとき、里の娘たちが一緒に『寺子屋』ってとこに通うの羨ましかったのよ~」


 ん? なんか今凄い言葉がさらりとでたようだけど、まあいいや。母さんに年齢聞くなんて失礼だよね。



 結局渋々認めざるを得なかった。学校に行きたいのは、正直なところだ。

 ボクは親戚の従妹の雪耶として中学にまた通うらしい。

 雪哉は自身は東京で進学の準備をするために都会の中学にいったということで。


「準備よすぎる…… 大体手続きとかはどうやってしたのさ」


 戸籍とか転校手続きには必要だろうに。


「ま、雪耶は気にするな。父さんだってこの十四年を無駄に過ごしてないからな、この日のために準備してきてるんだ。色々裏技は修得してるのさ」


 そんな強引な。

 学校は明々後日から。なんとかバレずに済むのだろうか? ボクだって一応それなりに友達はいたんだし。

 それにあの女子に混じるのは……。


 ちなみに――。

 雪哉の入れ替わりで転校してくる従妹の雪耶は、呼吸器が弱くて空気の良い田舎に引っ越してきたということにするようだ。

(少しべたのような……)

 この設定、守れるのだろうか――。

 雪女と女子としての学校生活……二方面作戦に頭が痛い。


「わあ、可愛いわねえ、この服、ゆきちゃんにぴったり」

「おう、鞄も靴も用意したんだ」


 二人ともすっかりはしゃいでいた。

 ああ、なんでこんなことになっちまったんだ。母親が雪女だったばかりに…と心の中で嘆く。

 だがそれを言うと両親がいなければボクは産まれていないわけだし恨むこともできない。

 しかし……このセーラー服に……スカート。一生縁がないと思ってたんだけど。

 手にとって眺めていた。


 えい、この際だから割り切ろう。


 その時、パサリと何かが落ちた。

 細長い帯紐や丸いカップが組み合わさっている。

 げ、これって……。

 ……

 ……

 ……

 ブラ


「さ、着てみましょうか」


 にこやかに笑う母さん。

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