第百十九話「新しい春の予感」
夏美ちゃんと智則の三人で、廊下のざわめきを抜けて新しい教室へと足を踏み入れた。
氷清中――小さな村の中学校――全校生徒も少なく、ほとんどの顔は見知っている。
新しい教室といっても、見慣れた風景が広がっている。
「変わんないなあ、この教室の匂い」
智則がぼそっと呟くと、夏美ちゃんも笑った。
「雪に湿気、古い木の匂い。うちらの学校だね」
笑いながら席に向かう途中、ふと視線を前方に向けた瞬間にボクの表情がこわばってしまった。
いた。
旧二組の女子たちが机を囲んでにぎやかに談笑している。
その輪の中心にいるのは――氷倉凍子。
村でも今やすっかり名の知れた、氷倉グループのご令嬢。
豪奢で気品ある所作と、妙に浮世離れした美貌。
人間としての姿で学校に溶け込んでいるが、このボクにとっては何より厄介な「同族」であり、ライバルだ。
「……随分、馴染んでやがるな」
小声でつぶやく。
旧二組のグループは、凍子の話に大きく頷きながら盛り上がっている。
すっかり手懐けられてる。
「この間、父から、このハンカチを貰ったの」
凍子は白地に淡い氷の結晶が刺繍された、明らかに高級ブランドのロゴが入ったハンカチを見せびらかしている。
「すてき~!」
「これ、東京にあるブランドの限定品じゃない?」
取り巻きたちが目を輝かせる中、凍子は涼しげに首をかしげた。
「他にもあるんだけど……学校に持ってこれないのが残念ね」
そんなものまで持ち出すなよ……
あきれつつも、目をそらした。
――と、思ったその時だった。
凍子が、チラリとこちらへ視線を送ってきた。
目が合う。
その瞬間、ごく僅かに、唇の端を吊り上げた。
余裕と、優越感。
そして、挑発――。
「……あいつ」
思わず、奥歯を噛んだ。
席に着くとやはり同じクラスの岡本さんが無邪気に話しかけてきた。
「ゆっきー! スノーガールズのツアー始まったらしいよ」
今やクラスきってのスノーガールズファンだ。
「え、ああ……うん」
スノーガールズ。
彼女たちは今や地方の知る人ぞ知るグループから全国的なアイドルとして活動している。
――雪耶がかつて雪ん娘として救った、あの少女たち。
もちろんそれは誰にも話せない秘密だ。
それでも、彼女たちが活躍している姿はどこか誇らしい。
「岡本さん……スマホは取り上げられるよ? 持ち込み禁止だし」
「しっ絶対秘密だよ」
岡本さんは口元に指を立ててキョロキョロする。
生徒たちの間で、話題があちこち飛び交う中、夏美ちゃんがそっと耳打ちしてきた。
「……ねえ、雪耶ちゃん。ビッグニュースだよ」
「え? なに?」
意味ありげな言い方でボクも気になって身を乗り出した。
「ねえ?」
夏美ちゃんは背後の女子を振りかえる。
その女子は頷いた。
「うん、このクラスに転校生が来るらしいよ」
「え? この三年の時期に?」
受験も控えているこの時期に、わざわざ来るなんて、よほど何か事情があったのだろうか
「まあ、雪耶ちゃんと氷倉さんも転校組だし、もう一人増えても驚かないよね~」
「……それもそうだけど……」
少し驚いて、目を細める。
この時期に転校?
三年生の春に、わざわざ村にやってくるなんて――。
何故か胸がざわつく。またひと波乱の予感がするような。
今年の氷清村は違う。雪の季節が終わらない村。
新学期の幕開けとともに、教室に吹き込んだのは――まだ知らぬ風の気配。そんな気がした。
更新が遅くなりました。
AIで遊んでいたらいつの間にか時間が過ぎてました。




