第百十話「雪と星空」
「結構……情け深いところがあるね」
凍子たちが雪の向こうの闇に消えていったのを見届けて母さんはようやくいつもの明るい口調に戻った。一瞬だけ凍子の表情に影があったように感じたけど……。
「さあ、帰りましょう、雪耶、皆さん」
「そうだね」
振り返ると、三人とも危機が去ったことがわかったようで、笑顔を取り戻していた。
「ありがとう雪っち」
「何かよくわからなかったけど、凄かったよ!」
ようやく終わったのを実感した。
これで一件落着。
「うわ、綺麗だよ! 見てみて」
歩き出して、少ししてむつみさんが叫んだ。
そして遠くを指出す。
荒れに荒れていた吹雪が今は止んで夜の空に晴れ渡った星空が広がっていた。
雲も1つ無い銀世界だった。
そのおかげで夜なのによく景色が見わたせた。
「本当だ!」
今いる場所は氷清山の一番高い頂の部分。
この山頂部が晴れるのは一年中雪と氷に閉ざされると言われる氷清山では年に数えるほどだ。
さらに地上に目を落とすと星明かりの暗い山々の影と遠くに氷清村の明かりも点々とみえた。
「凄いな、こんなの初めてだ」
上も下も白銀と星の世界だ。
もちろん三人もはしゃいでいる。
「すごい、綺麗!」
「本当だ」
「スマホ、電池切れちゃってる……」
すごい。
切り替えが早いな……。
「案内するからーー」
と思ったら3人がすごい勢いで囲んできた
まだそんなパワーがあったのか……と驚くほど。
「ゆきっち!」
リーダーのむつみさんがボクの手を取った。
色々あってショックを受けているかと思いきや、それに立ち直りが早い。
「ど、どうしたの?」
「ゆきっち、スノーガールズに入ってよ」
「え……」
むつみさんが二人を振り返って同意を求めた。
「うん、可愛いし強いしかっこいいし人気ナンバーワンになれるよ」
「あたしたちが全力で支えるからさ。歌も踊りもあたしたちがカバーするよ!」
食い入るようにボクの方をじっと見つめてこれを真剣なお願いの顔だ。
「ごめんなさい、やっぱり無理かな」
歌って踊るのは無理。
それに……大事な店番もある。
そもそもボクは……男子だった……なんてのはいえないな。
「じゃあ、あたしたちの中の準メンバーってことにしよう!」
「ね、別に一緒に歌って踊らなくてもいいから」
「あたしたちの中でだけ……それならいいでしょ?」
きっと断られるのも想定していたのだろう。
「はは……まあそれなら」
「じゃあ早速やろう、入隊式」
すぐに手を掴まれ他の二人もよってきた。
「わたしたちはゆきっちをメンバーに加え」
「ずっといつも一緒」
「最後まで一助け合います」
手を握りあって輪を作ってメンバーの誓いを立てる。
昔もこうしてどこかの夜空で星に願いをかけたのかもしれない。
思えば三人はいつも一緒に助け合っていた。
店での息抜きも、歌の舞台でも、そして氷の穴から逃げるときも……。
誰かを置いていくということは無かった。
三人の絆の深さに少し感動した。
でもいいのかな。加わっちゃって。
ボクは本当は……まあいいか。
「ねえ、母さん」
「なあに、雪耶」
「なんだか、今の自分で良かったって思っちゃったよ」
なんでボクが雪ん娘なんかに……と思ったけど、これで助かった人がいたのなら悪くない。
「そう……雪耶がそう思ってくれるなら安心したわ」
母さんは一言それだけ言った。
「あ、別に以前の雪哉を捨てたわけでもないけど」
厳しい修行もいやだし、なんで男子の自分が雪ん娘やってるんだ、とは思ってる。
時々雪哉の頃が懐かしくなることもあった。
でも今すぐ雪耶を捨てて雪哉に戻れと言われたら躊躇してしまうかもしれない。
一体自分はどっちなのだろうか……。