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第十一話「雪耶の帰還」

 朝起きたら女の子になっていて、雪女の母さんによって雪山の奥深くに連れてかれた。

 しかも着の身着のままで。


 あれから、およそ二週間後の昼下がり。

 ボクは再び我が家、雪乃亭に帰宅した。

 一緒の母さんが立て付けの悪い店の入口の戸をぎいい、と音を立てさせて開ける。

 

「ただいまー―」


 相変わらず明るく華やかな母さんの声。

 閑古鳥の鳴く店で一人、暇そうに父さんがレジのカウンター越しの椅子に座っている。お決まりの競馬新聞を呑気に読んでいた。煙草もふかしながら――。

 だが、ボクたち親子の姿をみると、すぐに煙草の火を消し、新聞をバサッと放り出した。

 そしてガタっと立ち上がる。


「雪乃に雪耶、お帰り。早かったな」

「修ちゃん、今日は雪耶ちゃんも連れてきたわー。ね、今度は早く帰ってきたでしょ?」

「おう、おかえり」

「やっぱり帰る場所があるっていいわねえ」


 そして抱擁。

 暑苦しいくらいに抱き合っている両親のその脇で、ボクはさっきから、ふて腐れて横を向いている。

(まったく、お熱いことで)


「お、おお……」

「ほら、雪耶ちゃん……お父さんに挨拶挨拶」


 ぐいと頭を手で押さえられ挨拶を促される。


「おとーさん、雪耶です。またこれからもお願いします(棒読み)」


 はあ、なんでこんなことに……。

 心の中でため息をつく。

 ボクは玄関で母親と同じような着物を着て並んで立っている。

 たった半月で、何もかもがかわってしまった。

 今のボクは、透き通るような白い肌と短めの黒髪が麗しい雪女の子供、雪ん娘だ。


「流石わたしたちの子よ、ちゃんと雪女の血に目覚めてくれたのよ。もうちょっとかかると思ったけど」

「よかったな、雪耶」

「はいはい」


 何せ地獄を体験した。そして死の縁に片足を突っ込んだ。

 見た目は綺麗で優しいが、心は意外に鬼であった雪女の我が母親による生死を彷徨うような鍛錬で、ボクは無理やり雪女に目覚めさせられたのだった。

 そして、その時のことはあまりよく覚えていない。

 




 ボクがかろうじて覚えているのは、連日山の荒れ狂う雪地獄に立たされて、体力が尽き果てていたことだ。

 その時も凄まじい吹雪の中で、訓練と称して歩かされていた。


「おっかしいわねえ。そろそろ目覚めがきてもいいんだけど」

「もう駄目……」


 ついにばったりと雪の中にぶっ倒れた。

 身体が冷えきって動かない。

 ああ、もうボク死ぬのか? 死にたくないなあ……。家に帰って炬燵に入って蜜柑食いたいなあ。

 せめて、ベッドの下のエッチな本は捨てたかった。

 とそんなことを思っていると感覚もなくなってきた。寒さも感じなくなった。

 これで一巻の終わりか……。

 そう心で呟いた瞬間。

 心と身体の表層部分が全て凍りついたと思ったその時、最後に残った深層部分からくびきが外れたようにエネルギーに近い胎動が溢れ出てきた。


「!?」


どんどん何かが溢れでてくる。

(な、何これ……)

 ボクの身体の中にこんなやばいものが眠っていたのか――。

 その見えない何かが体全体を覆う。

 頭も胸もお腹も足も。

 新しい命を吹き込まれたようにーー。

 すると、急に体が軽くなった。

疲れも寒さも何処かへ飛んで行く。


「う、ああああ」


不思議な現象に思わず呻いた。

 天国にでも来たのか? と思って目を開けたら、ボクは雪の中に立っていた。

 着物を着た少女の姿に……。


「わ、何これ……」


 まったく寒くない。薄い着物一枚で、吹雪の中に立っている。


「あ……れ……」


「ゆきやちゃん!」


母さんの声が聞こえた。


「ど、どういうこと? これ……」

「よかったわ。ようやく目覚めたのね」

「目覚め?」


 母さんが抱きついてきた。

 確かにこれまでと違う。

 これまで冷たいと感じていた母さんの体が、冷たくなかった。

 荒れ狂う吹雪もまったく凍えない。

 体から見えないエネルギーがあふれ出て外に零れ落ちていくようだ。

 よくよく目を凝らすと、白いオーラのようなものが身体を覆っている。


「な、何これ」

「まだ霊気が安定してないけど、徐々に落ち着いてくるから大丈夫よ」

「霊気?」

「そう、霊気は山の精と雪耶の中の雪女の血が共鳴して発する力なのよ」

「そ、そうなんだ……」


相変わらず母さんの説明はわからない。

 

「頑張ったわね、雪「耶」ちゃん」

「はあ……」


 ん? 今ちゃん付けで呼ばれた?

 呼び方に、妙な意図を感じて聞き返した。


「今何て……」

「だから雪耶ちゃんよ」

「!?」


 はっと思いだす。以前、父さんからボクの名前を決めた際のことを聞いたことがある。

 父さんによると、男の子だったら雪哉。女の子だったら雪耶にしていたと。母さんと話し合って決めていたのだと。「哉」と「耶」の漢字一文字違いで読みは同じ。

 

「まさか……」


 はっと気づいた。

 ボクはその時、「ゆきや」という名前は男の子でも女の子でもどちらが産まれても良いように考えていたのだと単純に考えていた。

 だが。実はこのことも既に見越して、この名前を考えていたのでは――。


「男の子が産まれても将来、女の子になっちゃってもいいように付けといてよかったわ」

「やっぱりっっ!」

「あら――雪子ちゃんとか雪美ちゃんの方が良かった?」

「このままで……いいです」


 あっけなく屈服した。


「じゃあ、続けましょうか、雪耶ちゃん」


 ……とまあ、こんな感じでボクは雪女の血とやらに目覚めさせられたというわけだ。







「お帰り、雪耶! 我が娘よ!」

「わわ!」

「母さんそっくりだぞ! 可愛いぞ!」

「父さん、ボクだよ! 気持ち悪い」

「ゆきやぁぁぁぁ!」


 いきなり抱きつかれ顔を寄せて体に頬ずりし始める。


「ぎゃあああ! 冷たい! 死ぬ」


 ボクに体を寄せた途端、そのまま床にのたうち回る。


「修ちゃん、雪耶ちゃんは今は雪ん娘モードなんだから、力一杯抱きしめちゃだめよ」


 しばらく瀕死状態になって後、ようやく体を起こす。


「あー死ぬかと思った……」

「もう、雪耶ちゃんがあんまり昔のあたしにそっくりで可愛いからって……」


 一方の母さんは平気なので遠慮なくボクを抱きかかえる――。

 地獄を見てきたが、とりあえず生きて帰ることができたので良しとしよう。

 これで修業は終わりなのだ。

 もう二度とあんな目には会いたくはない。


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