第百九話「雪ん娘は意地っ張り」
「そうだろう。なら、あの子たちを解放しろ」
「でもわたしたちは掟を守らないと……」
頑固な凍子は険しい表情のままだ。
まだ引かないようだ。
「もういいよ、凍ちゃん。無理はしないで」「姉さん、後はわたしたちに……」
寒奈と氷見子の二人が凍子を支えるように両肩を支えている。
とはいえ戦意はなさそう。
「まだ……やるか」
あと一息。
これで決着をつけるか。
立ち上がって格闘技はやったことはないけれどファイティングポーズ……をしようとしたが、そのまままたこてん、と倒れた。
「ゆきっち、もういいって」
またみなさんの膝に戻る。
頭がまだくらくらする……。
でもボクが頑張らないと終われない。
だがその最後の一押しは全く別の登場人物にかっさらわれた。
「んー、もうあなたは十分やったんだから、そこまででいいんじゃない? 凍子ちゃん」
明るく元気な声がボクの前に割って入った。
「あ……母さん」
白い着物姿の雪女バージョンの母さんの登場だった。
吹雪が体にまとわりついているのは力を最大限に高めているためだ。
あっちはこっちとは比べものにならないガチンコの雪女同士の戦いだったようだ。
母さんの着物も少し崩れて、髪も乱れている。かなりやりあったっぽいが特に大きなダメージを受けたわけでもなさそう。
どうやって相手を引き下がらせたのだろうか。
あっちは引き分けっぽい。
「雪乃さん!?」
凍子は一目見るなりすぐに母さんの名を口にした。
知っているのか……。
そういえば母さんはずっと遙かに長い間山にいたからむしろボクよりも知っているかもしれない。
「子供の喧嘩に親がでるのは本来はよくないとは思うけど、ここまでうちの子が必死だと、何もせずにはいられなくなっちゃうわ」
母さんはボクと凍子の間に割って入る。
「いいよ母さん、ボクが……」
「雪耶、もう動けないんでしょ? 自分の力を超えて無理は駄目よ」
ちょっと情けないけど母さんに頼るしかない。
「あなたは雪耶さん……いえ、あなたの子が何をしているかわかっているのですか?」
凍子の表情はさらに険しくなった。
「ええ、もちろんよ」
「雪乃さん、あなただって……ただでは……」
母さんにも凍子はひるまない。
「でも……それで止めるぐらいなら……わたしはあの人を好きにならなかったし、雪耶もこんなふうに育てたりしなかったからね」
母さんの言葉に凍子は急に黙った。
――その沈黙の意味は知らなかった。凍子はボクと同じであること、ただボクは街で人の世界で過ごし、凍子は山で過ごしただけの違い。鏡のように対であることをよくわかっていた――
「聖域に踏み入れて「あれ」を見てしまったこと、雪乃さん、どうしますか?」
「わたしがあの三人にはよく言い含めておく……ってことでどうかしら?」
「まさか……あなたが全部を背負って……」
母さんの静かな勢いに押されたようだ。
大きく息を一つ。ため息とも、呆れたともとれる感じで吐いた。
「そこまでいうなら……わたしたちはもうこれ以上は何もしません」
凍子が体に高めていた雪ん娘の力を解いていくのがわかった。
「ああ、やった……」
思わず息をついた。
ボクはその意味を良くわかっていなかった。
とにかく無事に乗り切ったんのだと思った。
いつもは元気に母さんは笑っているだけだったから今度も平気だと思った。
「あなたたち……今日はおとなしく引き下がりましょう。今回のことは雪乃さん、あなたに任せます」
驚く氷見子と寒奈。
二人も何か意味深な顔をした。
「それにこの三人にはあの湯から助け出してもらった……恩もありますし、わたしが直接手を出すことはやめましょう」
ゆっくりと立ち上がったが、まだのぼせているのかよろめいた。
「だ、大丈夫? 姉さん」
「凍子姉さん!」
氷見子と寒奈に肩を支えられて、凍子は白い夜の中に消えていった。
最近、雪のニュースが騒がしいですね。




