第百三話「溶けない永遠」
氷の中に閉ざされたのはどれも男ばかり。
年配の人もいれば若い、まだ10代のいでたちの人もいる。
固く冷たい中に動くこともなくただそこにいる。
氷の墓地。
そんな言葉も脳裏に浮かんだ。
「ど、どうしてこんなことをしたの?」
「そうね……最初にみたらそう感じちゃうわね」
思わず問いつめる口調になってしまったけれど母さんはそれでも表情は変えなず冷静なままだった。
母さんは氷清村の雪女の秘密をいずれ話す、と常々いっていた。
まさに今それを実行している。
動かしがたい真実を包み隠さず語っていることが伺えた。
慎重に言葉を選びながら、ボクに明かしている。
「この人たちが、山の聖域とかいうのを犯したから?」
すぐに思い浮かんだのは、母さんの口からたびたび出てくる山の掟。
山には犯してはいけない掟があることを 雪ん娘修行をして嫌と言うほど聞かされた。
「確かにこの人たちの中には、山の神聖を侵したために罰を受けた人もいるし、雪ん娘を捕まえて売り飛ばそうとしたものもいるわ……」
「やっぱり……!?」
まだボクが聴かされているのはほんの一部。雪女も縛られるそれを破ったら他の人間はどうなるかは、まだまだ知らないでいる。
なら、きっとその罰にこれも……。
「でも、それはほんのごく一部よ」
「え? 違うっていうの」
「もっとよく見てみると良いわ」
「うう……」
本当は見るのも怖い。
でも意を決して目を開いて、氷に閉ざされた男たちをじっとみつめた。
一体何時代だろう。中には明らかにこの時代の人ではない人たちも少なからずいる。
髪型、洋服ではないいでたち。
この氷に閉ざされてからどれぐらいの時を過ごしたのか。
この氷漬けになった人たちの一部には、聖域を犯し、怒りに触れて氷り漬けにされたりした人もいるはずだが、そうではない。
「……どういうことだろう?」
眺めているうちに違和感に気付いた。
どれも、眠るようにしている者もいる。
恐怖の表情を浮かべている人はそういえばみない。
「あ、これ……」
まだ比較的新しい氷の表層の部分にいる一体の男に驚いた。
今の時代と変わらないいでたちで、立派な登山用具も持っている。
ボクは思い出した。有名な世界的なアルピニストが、二十年以上前にこの氷清岳で消息を絶った。生涯独身で山に登り続け人生を捧げた孤高の登山家という見出しの記事が頭によぎった。
やはり眠るように氷に閉ざされている。
「大半は、望んでそうなったの。少なくとも、この人たちはね……」
気付いた違和感の正体を母さんは答えた。
「自分から!? まさか……でもそういえば……」
氷に閉ざされているとはいえ、この氷の人々は生きているように顔も生気があった。
呼べばすぐに目を覚ましそうな錯覚さえ覚える。
「命を奪ったわけではなくて、時間を止めているの。やろうと思えば再び動き出すこともできるわよ。とはいえ、その必要はもうないけど」
「こうする道を選んだ。長い時間を雪と氷の中で過ごす雪女と人間が、末永く一緒に……」
母さんの言葉がいまいちボクにはすぐにピンとこなかった。
じゃあ、ボクと父さんは……。
だが、混乱するボクの思考を空気まで凍らせそうな冷たい声が突き破る。
「雪乃。なにをしているの」
女性の声。その声色は、落ち着いた大人の女のものだ。
その言葉が母さんを呼びとめる声だと気づくのに時間がかかった。
雪女が一人いた。
白い着物姿で髪の長い、前髪ぱっつん。
明るく朗らかな雰囲気の母さんと違って、厳かな厳しい雰囲気を醸し出している。
よく似ている奴をしっている。
そうだ、凍子だ。
「あら。冷子」
「また何かやろうとしてるわね、雪乃。また」
「さあ、なんのことかしら」
そして母さんもこの威厳のある雪女の登場して雰囲気ががらっと変わった。
感じる。
母さんからも、この突如現れた雪女の身体から見えない力が発せられている。
一気に辺りの空間が一気に凍えた。
ボクたちまだ未熟な雪ん娘のものとは比べものにならない。
すごい迫力……。
相手も母さんも本気だ。
これが本物の雪女。
瞬時に空気も凍らせているのかきらきらと周囲が輝いている。
真ん中に白い煙が冷気がぶつかり合っている。
「また山の仕置きを受けたいの? 今度はあなただけでは済まなくなるわ」
相手が言い終わらないうちに母さんは、ボクの前に盾のように、立ちふさがった。
「うちの子には手出しさせないから」
そしてちらっとボクの方を振り返った。
「ここは母さんに任せて先に行きなさい」
「う、うん」
気にはなるけど、ボクにはどうせ何の力にもならなそう。
ならできることをやるしかない。
走り出して、湖にたどり着いたのはそれからほどなくして――。