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第百三話「救出へ」

 寒奈は上機嫌で氷の湖で泳いでいた。

 なにせ久しぶりに出会ったよその雪ん娘たちと遊べるのだ。

 これから楽しいことができることを思い浮かべて、笑みがこぼれた。

 だが……例の三人はいつまでたっても来ない。

 何をしてるんだろう。 


「おっそいなあ……」


 潜水から昇ってきて水面からざばっと顔を出した寒奈が目にしたのは、出て行こうと出口から出て行く三人の姿だった。


「あー、こらこら。あんたら、どこへ行くん?」


 叫んだが三人にはもう届いていない。

 寒奈もざばっと湖から上がり、慌てて、追いかける。


「まだ修行ははじまったばかりだって。もう仕方ないなぁ」


 慌てて着物を着こんで、しかし帯をしめる余裕はなくほとんど裸で追いかけた。





 これより少し前のこと。





 夏美ちゃんからの報せで消えた三人のために母さんとボクは山に向かおうとしていた。

 その矢先のことだった。

 店の電話がけたたましくなった。

 近くにいた父さんが電話をとった。


「はい、北原です」


 あの大学生の時と同じ、またもや氷清村商工会の人からの通報だ。

 氷清村に来ていたアイドルが収録中に行方不明になったということで、再び大騒ぎ。

 また遭難騒動を起こすと村全体の評判にも影響しかねないとして、父さんが準備に取り掛かる。


「おーい雪耶、手袋どこにやってたかなあ?」

「玄関の靴箱の上にあったような気がするよ」


 いそいそ身支度する父さんに一旦母さんとボクは足を止めた。

 父さんの話では積もった雪で足跡も消えていて、どこへ行ったのかわからないらしい。

 以前の大学生の時と同じ状況だった。

 とはいえ、今回は街の近くで消えたことに首を傾げていた。

 


 父さんの準備が一通り終わると、母さんがボクに目くばせをした。

 言葉には出さないが、こっちはお父さんに任せて、わたしたちはわたしたちで行きましょう、といっているのだ。

 ボクは首を大きく縦に振った。


「母さんも来るの?」

「雪耶は初めて行く場所だから……ね。これから見るのは少し刺激が強いから」

「大丈夫だよ」


 少し迷いがあったようだが、母さんも小さく頷いた。




「やっぱり……」


 山に入ってすぐに母さんは呟いた。

 三人の行方についてあらかたの見当がついたようだ。流石、ボクなんかよりずっと山のいろはに詳しい。

 わずかに残る足跡、気配から、雪ん娘の修行する場所へ連れて行かれたのだと推測した。

 迷わず進む母さんの後をついてゆく。

 雪が降る音以外は二人だけの静かな世界。

 歩いている最中に前からちょっと聞いてみたかったことを尋ねてみた。


「やっぱりボクたちって、夏とかには溶けてなくなっちゃうの?」


 そろそろ氷清村の長い冬も終わりが近づいている。

 北極南極というわけではないから、ここもいずれ暖かな緑の春と暑い夏がやってくる。

 夏は避暑地となるから、そこまで猛暑に襲われるわけではないけれど……それでも暑い。

 以前は春が待ち遠しかったけど……なんだか終わるのが妙に不安になってきた。

 雪女にまつわる話に、溶けて消える話が結構あるし。


「消えてなくなるわけではないけど、過ごし難いのは確かね」

「なんだ、大丈夫なんだ……」


 少しほっとした。


「そんなに心配するほどのことでもないわよ。また夏がくるころには対処の仕方を教えてあげるから」


 著しく弱いのは確かなようだ。






「ここよ。さあ、行くわよ」


 ほどなくして、母さんが足を止める。

 雪女が使う特別の道を使ったから、家を出てからそれほど時間は経ってない。

 氷清の山々でも最も険しい峡谷の奥深いところだった。

 切り立った場所にあり登山者でもほとんどこない場所だ。


「うわっ何ここ」


 目の前にぽっかりと開いているのは洞穴だった。

 長年の氷柱と氷がオブジェのように幾重にも垂れ下がり、氷の花のようだ。

 そして奥深く続いているようだ。

 いい観光地になりそうだけど、よく今まで見つからなかったな。


「雪耶も感じない? ここは山でももっとも聖域となる場所なの」

「そういえば……」


 人は連れてこられない限り見つけることも近寄ることもできないという。

 吹雪と寒さも相まって結界になっている。


「この奥にあの麻衣さんたち三人が連れてこられたのか…………」


 足下には微かに足跡がいくつかある。ここにやってきた形跡があるから、確かにこの奥にいるようだ。

 ふつうの人だと、ここにくるまでに途中で力尽きてしまうかもしれない。


「早く行って見つけてあげないと。この奥にいるはずだから」


 そのまま母さんが入ってゆくのでボクも続く。

 中は銀世界というが、ここはガラスの世界だ。

 透き通る透明な氷で閉ざされている。


 母さんがいうにはこの洞穴は、夏の間も氷に閉ざされているのだという。

「へえ……こういうところがあれば、冬でなくたって、平気だね」


 ここなら一年中暑さをしのげるし、快適そうだ、


「なるほど、だから一年を越せるんだ」


 山頂に残る雪、麓にこういう洞穴が氷清山にはいっぱいあるんだとか。

 ゆっくり休めて力を蓄える。

 そうか、熊とか蛇とかの逆だな。


「冬眠するんだ」

「ずっと寝ているわけではないけどね。時々外に出たりするわ。でもあまり力は発揮できないし」


 母さんはボクの勝手な妄想に笑った。

 自分を氷の中に閉ざす。

 しかし、母さんはそういうことせずに走り回っていたんだとか。

 上手にやれば、なんとか夏は乗り切れる? 

 そんな希望が出てきた。


「そして普通の人間には洞穴には結界で近づけないようにはなってるわ」

「ん?」


 行く手の氷の中に何か浮かんでいるものに気づいた。

 人の形……。


「うわっ」


 本物だ。氷の中に人がいる。それもおびただしい数が閉じこめられている。


「な、何これ……」


 その数に圧倒された。昨日今日のものではない。さっきの妄想で胸の中の明るい気持ちが一気に消し飛んだ。


「そのうちに、雪耶にはみせないといけないと思ったけどね……」


 母さんがいつになく引き締まった表情になっていた。


「心して聞いて」

なかなか時間が取れずすいません。

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