第百二話「脱出へ」
恐怖を辛うじて堪える三人は、さらにどんどん奥へ連れていかれる。
ふいに場が開けた。
「さあ、修行の前に、ここでお清めをしないと。もうみんな先にいったようだなあ」
「ここは……」
凍える三人は驚いた。
既に外から奥深く入り込んだというのに輝きに満ちている。
どこからか入り込んだ光が反射しあってキラキラと星のように瞬いている。
そして、そこは神殿のような場所だった。
氷の中に描かれた紋様、そして氷でできた壷や祭壇、装飾、全てが氷と共に凍り付く世界だった。
神々しさを放つその場は人が侵してはいけない聖域。
寒奈は、ひざまずいて、氷の祭壇の中で祈りを捧げる。
もちろん、凍えるような寒さが全身に襲いかかってくる。
「さあ、並んで並んで、座って」
氷の上に、座らされた。
「我ら、雪山の神の娘。土に木に草に、この身を捧げます」
氷の上に正座して白く閉ざされた氷の向こうに祈りを捧げる。
「あー、なんか、意識が遠のいてきた……」
「あたしも……」
「しっかりっ二人とも」
麻衣がリーダーとして励ます声に飛びかけた意識が呼び戻される。
寒さと恐怖で、もう限界に来ていた。
さらに奥に連れて行かれた三人はまた眼前に広がる光景に絶句した。
到達したのは、洞窟の奥にある氷が浮かぶ湖。
「こ、ここは……」
「さあ、着いた」
「な、なにをすればいいの?」
寒奈が帯に手をかけた。
「なにをって決まってるでしょ。ここはお清めの泉。体を清めるのさ。そっちの方でもやってるでしょ」
寒奈は、着ていたものをまったく躊躇せず、ばさっと脱ぎ捨て、素肌がさらされる。
白い綺麗な身体が湖を背景に映し出されたが、それに見入る余裕は3人には無かった。
そして、勢いよく湖にざばっと飛び込んだ。
なんなく水浴びをしている。
「ほら、早く入らないの? 気持ちいいよぉ」
ぱしゃぱしゃと音を立てる。
水しぶきは空気に触れた途端に、白い霧に変わって凍ってしまう。
この水は氷よりも冷たいーー。
一糸纏わぬ姿で泳ぐ少女は、きらきらと輝く氷と水の中で神秘的な光景ではあったが、今の三人にはそんな余裕はなかった。
「あ、あたしたちは、いいです」
「く、くる前にシャワー浴びてきたから」
必死に言い訳を探す。
「山の神様の元で修行をするには、体を清めないといかんよ?」
少女はなおも冷たい湖へと三人を入れようとする。
「こ、これは流石に無理」
「死んじゃうよ」
「で、でも……」
流石に実行に移す勇気と気力はなかった。
「あー、気持ちいい……」
泳いだり沈んだりしている。
無邪気に水遊びをしている少女。
不意に潜水遊びをしたのか、とぷん、と沈んで、そのまましばらく浮かんでこ無かった。
水面には泡があがってきているだけだ。
しん、と辺りが静まりかえる。もはや声も発することもできなくなっていた三人だがーー。
みなの肩がポンと叩かれた。
「ひっ」
悲鳴に引きずられて、残りの二人も悲鳴をあげる。
「うわ」
「うう」
後ろに誰かいた。
「ごめんなさい」
「ゆ、許して」
「しっ」
口元に指を当てて静かにしろの合図。
同じ白い着物を着ている少女が立っていた。
「!?」
「あなた……」
「ゆきっち……」
見覚えのある少女に初めて安堵を覚えた。
「あ、あなたは……」
何故ここにいるのか、当然の疑問は3人にもあった。
「それは後まわし、ここにいたら危ないからーー」
寒奈がまだ気づいていないことに雪耶は目をやった。
今はここから逃がすことを優先しないといけない。
「う、うん」
三人は同時に頷いた。
なぜここにいるか雪耶がここにいるかどうかは今はどうでも良かった。
「で、でもどうすれば……」
湖面をちらりとみた。
「逃げるのは今だよ」
氷の湖で暢気に泳いでいる雪ん娘。
雪耶の呟いた一言に、三人がお互いにはっとなった。
顔を見合わせ、頷く。
今なら逃げるチャンス。
「逃げよう、今のうちに」
「うん」
この隙に逃げないと。このままだと捕まってしまう。
三人は湖に背を向けて走り出した。
「ぼく……わたしに続いて」
雪耶が先導した。




