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第十話「雪ん娘修行」

「ひいいい、冷たい、寒いよっ」

「我慢して、雪哉」


 家から無理矢理連れ出された後、母さんに手を引っ張られたまま、歩いていく、いや引きずられていった。

 どこをどう歩いているのか、どこに行こうとしているのか、まったくわからない。

 ただ、山の方へ山の方へと連れられていっていることだけはわかった。


「さあ着いたわ」

「!?」


 気が付くといつの間にか山の奥深い場所にいた。

 それも結構な高さの場所だ。

 吹雪で辺りの景色が見えないが、急な斜面にごつごつした岩場……木々もほとんどない。なんか空気も薄い。


「う、うそ……」

 

 ここって、氷清岳のど真ん中?

 この国の登山で屈指の難易度を誇り、命を落とす者、行方不明者数も最大級のーー。

 ちょっと待って。なんでそんなところに――。まだ家を出て三十分しか経ってないのに……。


「雪哉と一緒にこうやっておでかけするなんて久しぶり。ずっとこの日が来るのを待ちわびてたのよ」

「そ、そんなことより……母さん…」


 そりゃ、どんな理由があれ母親と再会したのは嬉しいさ。

 雪女だろうがなんだろうと――おまけに綺麗だってのも悪くない。

 だが、何でボクが生命の危機にさらされなきゃいかんのさ?

 今のボクがどんな状況にさらされているのか説明しようにも言葉や文字だけでは伝えきれないものがあった。


「寒い! 助けてくれ!」


 魂の叫びだ。

 だが耳をつんざくようなビュウウという音にかき消される。

 目も開けられないほどの風と吹き付ける雪。

 僕は今猛烈な吹雪の中に立っていた。


 あたり一面木々も凍る銀世界。

 雪が風で地面を跳ねる。


「今日は気持ちいい天気。絶好の修行日和ね、ほどよく吹雪いているし。ね、山を感じるでしょ?」


 確かに感じる――。


「死ぬ、死ぬう!」


 死を感じさせる寒さを。

 冷凍庫並の寒さな上に吹きすさぶ風で体感気温はさらにそれ以下。


「うちに帰りたい!」


わずか三十分前にいた暖かい場所へ。


「駄目よ。雪哉が覚醒して力を制御できるようになるまでは」

「そんなあ!」

「あらあら……そんなに難しいことじゃないし目覚めたらすぐに帰れるわよ」

「それまで絶対に持たないよ」


 やばい。体がいうこときかなくなってきた……。凍死寸前まで来ている。


「さあ、始めるわよ」


母さんは吹きすさぶ風に向かって祈るような仕草をする。


「氷清の風の精霊、願わくば我が子に試練をお与えください。この子の血を目覚めさせるために……」


(お願いしてない、お願いしてない!)


「ぐあああっ」


母さんの呼びかけに答える様に、風がびゅうっと一層強く吹く。もうたっていられないぐらいにーー。まるでボクを標的にしている。


「早く目覚めないと死んじゃうわよ」

「だから死ぬって言ってるでしょ! 第一目覚めるってなに!」

「雪哉の中に眠る雪女の血よ―」

「そん…な…も…信じ…るか!」


 ボクの声は凄まじい風の音で途切れる。


「母さんをみればわかるでしょ?」


 この荒れ狂う風の中、平然と薄手の着物一枚で優雅に立つ女。

 春の陽気に佇んでいるようだ。

 だが、実際は、この場所には台風並みの突風が吹き荒れている。


「雪女の血が目覚めていればわけもないことなのよ」

「そんな……と……わからな……」


 突如白い竜が暴れるように荒れ狂うつむじ風がビュウウと起こる。


「ぎええええ」


 それにボクの体は吹き飛ばされていった。

 そのまま山の傾斜をごろごろと落下していった。


「まったく……お父さんも雪哉を甘やかして育てちゃって」


 吹き溜まりのような雪原に身が投げ出される。

 新しく降り積もった雪にボクの体はドサッと埋まる。

 一メートルも埋まっただろうか。


「さあ、次は吹雪を自在に操る術の鍛錬よ(はぁと)。よいしょっと」


 いつの間にか、ぶっ倒れたボクのところにやってきた母さんによって首根っこを掴まれて抱え起こされる。

 母さんは雪の上をふわりふわりと、軽やかに飛んでいる――。

 自然の摂理とやらを完全に無視している。


「う……ぐぐ……」


「念じて、吹雪と自分を一体化させるのよ」


 意味がわからない――。

 というか……。なんか、意識がぼんやりしてきた。

 綺麗なお花畑が……、見えてきたような気がする。花の向こうに何やらお迎えがきてる。

 走馬灯のように思い出が甦ってきた。

 なんでこんな雪の中で悶えてるんだ、ボクは――。

 く、くそ……こんなところでくたばってたまるか。

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