地上何メートル?
広がる空。遥か遠くに太陽が見える事から、今は少なくとも夜では無いという事が伺える。
眺めの良い景色、等と言っている場合ではない。
何故なら、ここは富士山の頂上でもなければ、東京タワーの展望台でも無いからだ。
水無月火煉は、激しく後悔していた。当然だ。そう簡単に死を覚悟出来るなら、この世界は自殺者で溢れかえっているだろう。
だが、割れた卵が二度と元に戻らないように、ビルから飛び降りた火煉ももう戻れなかった。
やり残した事は無い。気になる事もない。火煉は、静かに目を閉じた。
視界を閉ざす事で、その他の神経が敏感になる。
鋭くなった聴覚が、だんだん野次馬の喧騒が大きくなっていくのを感じる。
…もうすぐだ。もうすぐ楽になれる。そう自分自身に言い聞かせ、火煉は来るであろう衝撃に身構えた。
しかし、地面にぶつかる前に強烈な光が火煉を包んだ。
瞼越しにも解る位の光に驚く。光が去った後、火煉は自分が落ちているのも忘れて目を開いた。
そこにあったのは、どこまでも続く青い空。昼を示す太陽。そして、白い海。
「…は?」
思わず素頓狂な声が漏れる。ビルの屋上から飛び降りて、雲の上にいる。
この状況が理解できないのだ。
天国に行くのかとも思ったが、どうやら違うようだ。
未だ下へと落ち続けているので、行くとしたら地獄だろう。
考えているうちに、火煉は雲を突き抜けた。
そこは見た事の無い土地。先程飛び降りたビルは愚か、高い建物等一つも無いように見えた。
いや、一つだけある。町の中に存在する、大きな城。
遠目にも解る立派な作りに、思わず見入ってしまう。
だが重力には逆らえない。火煉は真っ直ぐに落ちていく。
もうすぐ地面だ。先程と同じように目をつぶる。
…おかしい。いつまでたっても衝撃が来ない上に、落ちている感覚すら無いのだ。
恐る恐る目を開けると、火煉は宙に浮いていた。回りを見渡すと、大きな杖を持った女性と目があった。
目があったままゆっくりと着地する。
「…大丈夫?」
それは透き通る鈴の音のような声だった。困惑しながらも火煉は答える。
「あ、ああ…なあ、俺はどうして無事なんだ?」
火煉は馬鹿な質問をしたと思った。この女性にそんな事が解る筈もない。
「私が魔法を使ったからに決まってるでしょ…」
そう思っていたから、返ってきた答えの意味が理解できなかった。