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From Dystopia  作者: 結佐
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【第一章・ユートピアにて】第五話

 そんなドクター・ブラウンとの出会いから3日後。各々それぞれの準備を終えて、それぞれが渡されていたメモに記されている住所へとやってきていた。

 その住所はスラム階層と一般階層を分ける区画に跨ぐように並べられたいくつかの裏通り。その建物の羅列の中にある一軒の倉庫。そここそが、示された集合地点。

 ともすれば、見落としてしまうかのような、この場所においてはよく見るようなその佇まいは、なるほどこれならどんなことを行っていたとしてもわからないだろうと、集まった四人は納得した。


「…あの野郎…金だけ持ってトンズラしやがった…。ていうかこんなに人居るなんて聞いてねえぞ?」


 と、ひとりごちたのは安芸だ。安芸は事前に用心棒を雇っていた。いや、それだけではない。ドクター・ブラウンという男がどういう人間なのか。いまいち掴み取れなかった安芸は防護策として情報を集めていた。

 警察のデータベースに、ドクター・ブラウンに該当する人物が見当たらない。それだけでも、警戒対象になりえる。そもそも、見回りをいやいやながらも毎日行っていた安芸が「見覚えがない」人物というのは稀である。


 安芸は自分を守るために、考え付く行動は全部行っていた。

 さらに言えば、スラム街の近くに行くのも安芸からすれば危険である。昔相当大きな恨みを買っているのだ。もしかしたら、見つかって殺される可能性まであった。

 結果から見れば、心当たりのある人物の姿もないし、ここにいたるまでの道のりは割りと安全だった。

用心棒に金だけを取られて逃げられたのは相当にムカつきはするが、それも仕方あるまい。誰しも生きるのに必死だ。けれど、何事もなく帰ってきたなら、せめてあの用心棒だけはなんとか罪をでっち上げて逮捕してやろうと心に誓った。


 安芸がそんな決意を固めている最中、ひとり動き始めたのはダイアだ。ダイアは特に警戒することもなく、扉の方へと歩いていく。

 倉庫には大きなシャッターと、出入り口の扉がある。ダイアが歩いていったのは、その扉のほうだった。そんなダイアを尻目に、三人は警戒しあっている。


 安芸はその目ざとい観察眼で、パーカーの男…つまりはアルジュナが銃を隠し持っていることを見抜いていた。対するアルジュナは、自分よりも見た目の整っている人間がいるかどうかを探し、全員自分よりも整っているという事実に気づいて、その隈の強い目を落とし顔に影を落としている。


 都葵も同じく、集まった人間たちの様子を見ていた。特に目をつけたのはダイアらしく、何気なく扉に近づいていくダイアの姿を見て、医学的に男だろうと憶測をしていた。

ここで、安芸が口を開く。


「えっと…みなさんもあの、呼ばれた方…なんですよね?」

「そうだよ。仕事受けにね。ついでに前金尽きたからもうちょいせびるわ」


 その言葉に反応したのはアルジュナだ。アルジュナはこの三日の間に、前金としてもらった金を散財していた。


「ああ、仕事として受けたのですか。自分もそうすればよかったかもしれません。」


 そして都葵もアルジュナの発言に反応する。都葵は、ドクターブラウンとの会話の際に、「手伝い」として参加していたのである。



「ああ、受けてくれるんだね。ありがとう。まず、この世界が荒廃した原因…。それは光の柱、らしいんだ。世界中に突如として降り注いだ光。そいつは触れたものをボロボロにしてしまうんだという。きっかけも何もほとんどなかったらしい。そいつがおきないようにするのが、僕の目的なんだ。」


 と、ドクター・ブラウンはそう述べた。


「そしてもうひとつの質問に答えるね。この時代に戻ってくることは可能だ。一応テストは行っておいたんだ。植物を使って、ね。」

「…では、ひとつ。きっかけがほとんどなかった、とは?多少はあったんですか?」

「あらゆる事象において、きっかけは少なからず存在するよ。ただ、何がきっかけかはわからない。それを特定しないと、問題は解決できないだろうし…。」

「なるほど、では次です。植物でテストしたとおっしゃいましたが、貴重な植物を使用したのですか?貴方は一体…。」

「ああ、植物って言っても、アレだよ、トマトって知ってるかな?そいつの茎は普段使用されない部分だからね。時たまゴミ箱の中にあったりするんだ。そいつを使っただけだよ。」


 ふむ、と都葵は頷き、「博識ですね。」と答えた。


「それではまたいくつか。まず、身体への負荷。そして戻り方。後はまぁ、量はないですが私物を持ち込めるかどうかと、自分以外の参加者を知りたいですね。まさか、自分ひとりではないのでしょう?」

「身体への負荷はない。とは言い切れないけど、影響はないよ。戻り方も簡単で、タイムマシンはそれごと移動するから、そのままタイムマシンを使って戻る。もちろん、私物も持ってきてくれてかまわない。そして、当然、君意外にも声をかけようと思っている人物はいる。全員来てくれるかは分からないけどね…。」

「なるほど。では、行った先から何かを持ってくることは可能でしょうか?」

「持ってくることもできるよ。もちろんね。」

「では…過去に干渉することで、大きな矛盾が起きないと確約できるのですか?」


 そういう都葵の目は、真剣だった。ここは大きな点だ。何しろ、過去に干渉することで何かが変わるのであれば、患者や自分のことですら、今までとは違ってしまう可能性だってある。


「うん、確約はできない。過去に干渉して未来を改変するんだ、矛盾は少なからず起きる。でも、世界には時空調律機能ってものがあるんだ。それがあるからタイムマシンも存在できるといっても過言じゃない。」

「時空調律機能とは?調律される基準は?人の生死は?アンドロイドたちにも影響はあるんでしょうか?」

「うーん、説明するとなると難しい。それについては、この資料を読んでほしい。僕が話すより、分かりやすいだろう。」


 と、そう言ってドクター・ブラウンは数枚の資料を都葵に渡す。都葵はそれを受け取り、黙々と読み始めた。

 内容は誰かが書いた論文のようであり、要約すれば、時空調律機能とは、世界が元の形を保とうとする機能のことであり、ある物体が決定した過去とは違う結果を起こした場合、因果が自動的に働き辻褄を合わせるという効果があるということだ。


 もちろん調整する限界が存在し、その範疇を超えた場合、新たな世界へと書き変わる。これこそが過去改変と呼ばれる行動であり、ドクター・ブラウンがなしえようとしているものである。

 そもそも未来とは不定形のものであるため、元来そこに生きていた人間に影響は起きない。ただ、原則として時空旅行を行い改変を行った人間たちには影響があり、結果によっては存在が消滅する恐れもある。


 また、タイムマシンという存在自体がパラドックスを産む場合もあるため、タイムマシンにはタイムパラドックスキャンセラーという装置が必要不可欠だ。タイムパラドックスキャンセラーは時空調律機能をひとつの事柄に対し通常以上に強く機能させるものであり、ありていに言うのであれば、これを組み込んでいるタイムマシンには、その時空旅行を行った人間や物体を一度世界の理から外し、完全なイレギュラーの存在として移動先の世界に存在させるという効果がつく。そんな文章がたらたらと書き連ねられている論文だった。


「で、このタイムパラドックスキャンセラーを僕が完成させたタイムマシンは積んでいる。だから、僕たち自身は身体が無事であるなら時間の行き来においては存在が消えることはない。ただ、限界もあるみたいでね。僕らが「存在する原因」を無くしてしまった場合は消失する恐れがあるよ。」

「そこに生きていた人間たちに影響はでない、ということは改変が行われた後の世界は新しく出来上がるという認識でよいのですか?」

「新しく出来上がる…というわけじゃない。たとえば、ユートピアじゃないと存在できない物体があるならそれは消えてしまうと思われる。性質自体を変えることはできないからね。」


 加えて…と、ドクター・ブラウンは続ける。


「正確に言うと、僕らが戻った時代より未来は一度消えると思っていい。でも、セーブされたそのポイントに戻ったとき、それまでの時代が一瞬にして進み、その過程で消失した事象について成り代わる事象が現れて世界は帰結する…って言えばいいのかな。」


 それを聞いて、ふと考える。話の内容は中々に難解であり、ここまでくると量子力学の範疇にまで発展しそうだと、思わざるを得ない。


「…例えば、光の柱が発生せず太陽が消えなかった場合、シェルターそのものがなくなるのでしょうか。それに、存在する原因、とは?両親等先祖の有無のみですか?」

「確か、地下シェルター自体は荒廃する前から存在するはずだ。さらに答えると、たとえば、僕らの先祖が丸ごと死んでしまえば僕らは生まれない。」

「一度、消える……その成り代わりの事象が光の柱である可能性はないのですね?」

「ああ、成り代わりの事象自体には光の柱が発生するとか、そういった現象は付随しない。」


 内容が内容だけに、少し要点をまとめる必要があると判断した都葵は、この場所では貴重な類に入る紙にペンでまとめながら話を聞いている。


「そうですか。話を少し戻しますが、戻ってくるときは行った直後の時間に戻ってこられるのですか?」

「もちろん、可能だよ。ただし、もし僕らが失敗した場合はこの場所に戻ってくることになるけれど、成功さえすれば、この地下シェルターには誰もいないだろうね。もしかしたら、このシェルター自体もなくなる可能性がある。そういう場合は、別の場所に戻ってくることになる。」

「ということは、行き来する場所の指定ができるのですね?また、時間旅行の途中、周囲の風景を見ることはできるのでしょうか?」

「指定はできる。でも、移動中は時空の狭間に飛ばされるから、様子を見ることはできないんだ。」


 と、問答が終わる。都葵の心は、決まっていた。

 それはこの問答によって決まったものではない。彼自身の考え方、生き方が、一筋の希望を見つけたからだ。


「そうですか。…念のために、長く一緒に居た方々に別れの挨拶を…ああそうだ、念のため、自分が戻らなくても彼らが生きていける状況は作りたいですね。」

「うん、出発は3日後の予定だ。それまでの間にすることがあればできる。」


 その雰囲気を察してか、ドクター・ブラウンはそう答える。


「彼らに別の病院の紹介をお願いしたいのですが。」


 都葵はどこまでも「患者」に対して博愛的だ。だからこその、お願いであった。

 都葵からすれば、このドクター・ブラウンという男は金持ちに見える。ゆえに、この程度の「お願い」はかなえられるだろうと思っていた。


「病院の紹介かぁ…いや、逆に考えよう。失敗しなければ、きっと彼らは怪我をしていないと思う。…クリスタライザーはこのユートピアで生まれた代物だし…。」


 しかし、ドクター・ブラウンにはそれができない。煮え切らない返事をするドクター・ブラウンに、都葵は口を開く。


「自分が心配しているのは、失敗した上で自分自身が消滅する可能性です。」


 その言葉を聴くと、ドクター・ブラウンは意外、といった顔をする。


「そうか。そこまで考えてるのか。僕らが消滅する理由としては、ひとつ、先祖を殺してしまう。ふたつ、人類が消滅するくらいしか考えられないけど…。」

「貴方が思いつく限りは、ですね…Dr.ブラウン。いいでしょう。承りました。3日後にどちらに伺えば?」


 その様子に、この男は嘘などついていないだろう、と都葵は確信した。

 そして、自分たちが失敗さえしなければ。世界は明るくなるのだという言葉を信じた。なればこそ、失敗させてはならない。そんな、決意を抱き、都葵は言葉を発する。


「ありがとう。この住所に、頼むよ。」


 そういうと、ドクター・ブラウンはポケットからメモを一枚取り出し、都葵に手渡した。見やると、確かに住所が書かれている。


「…余談ですが、Dr.ブラウン。」


 そして、メモに目を落としながら、都葵は続ける。


「…なんだい?」

「貴方は、アンドロイドを生物だと思いますか?彼らは愛を持ち得ていると思いますか?」


 その言葉は。都葵がそう信じて生きたきたもの。いつからか、自分の中に芽生えていた確かな芯の部分だ。それがなければ、自分は今まで他人が理解できないようなことをしては居なかった。


「…そうだね。もしも人工知能を人間のそれと同じだと考えるなら、それはきっと人と変わらないのかもしれない。」


 そう、最後に告げると、ドクター・ブラウンは歩み去っていく。


「その意見が聞けなかったら断ろうかと思っていましたよ。」


 その背中を眺めながら、都葵はそう、呟いた。


次回更新は1週間内を目指します。

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