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From Dystopia  作者: 結佐
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【第一章・ユートピアにて】第二話

 同日、人工太陽の居所は頂点。一般階層に造られた狭い畑の中、農作業を黙々としている者がいた。

 収穫して提出する分、どの顧客の分か、見分けながら淡々と作業をするその背中は、男なのか女なのか分からない。中性的な見た目をした、作業服に身を包む農耕者。それこそが、ダイア・ダブル。

 農作業に没頭するその背中に、ふと、声がかかる。


「はじめまして。ダイア、さんだよね。僕はドクター・ブラウン。実は君にお願いがあってきたんだ。」


 声の主を見やれば、それは白衣の男だった。このあたりでは見かけたことが無い。

 もしかしたら、お客様かもしれない。そう思ったダイアは、あまり失礼にならない程度にその姿を眺めている。

 と、沈黙のまま見ているダイアと目が合ったドクター・ブラウンは、ふと握手を求める。


「はぁ…お客様ですか…?食材用のほうならまだ空きがありますけど…。」


 手袋を外して握手に応えながら、「どうだっけ。たぶん余裕あるはずだけど。訊いとかなきゃいけない…というかこの人はもう手続きすませた人かな。」と少し考え及ぶ。


「あ、観賞用はですね、いちおう専門になってるので、数が無くて…。」

「ああ、えっと、植物の話ではないんだ。」


 沈黙を得まいと二の句を告げるダイアに対し、ドクター・ブラウンは遮るように言葉を挟む。しまった、とダイアは内省する。あまり人と関わる機会がない故、接し方もいまいち分からない。きっと、私は勘違いをしているんだ、と。そう考え及んで答えを待った。


「君には世界を改変する手伝いをしてほしい。この、どうしようもないディストピアの改変を。」

「…かいへん?」


 待ってみて、得られた「改変」という言葉に、疑問符を浮かべながら復唱するダイア。ぶつぶつと「改変…改変…?」と繰り返し呟きつつ想像力を働かせているが、言葉の意味、というよりは、彼の言葉が指し示すところを測りかねるといった面持ちだ。それもその筈だろう。改変という言葉はつまり改め、変えるという意味だ。この場所はもうどうしようもないくらいに決まってしまっている。もし、この場所をどうにかしたい、というなら、改革、とか、革命、とかそういう言葉を使うはずだからだ。

 困った目で続きを待つダイアに、さらにドクター・ブラウンは続ける。


「僕はタイムマシンという時代を移動する機械を作ったんだ。そいつを使って世界が荒廃する前の世界に戻って、荒廃する原因をどうにかして世界を荒廃していない未来に変える。君にはその手伝いをしてほしいんだ。」


 真剣な目でそんなことを言うドクター・ブラウンに、ダイアの表情は困難を極める。

 この男は何を言っているのだろうか。相手を間違えているのか、耄碌しているのか。過去に機械や重機に触れた経験もなければ、知識すらも持っていない。そもそも作業服に身を包み手も足も顔も服も泥だらけにして土をいじって植物を育てている自分にそんな話をする意味も意図も見出せない。

 だから、それをまず伝えてみようか。なにしろ、この人も自分と同じで何か勘違いをしているんだと思うから。


「えー…小作人に手伝いが務まると思いませんがー…がー…」


 と、そこまで言って言葉を切る。そういえば、見たいものがあった、と。ダイアは思い当たる。


「…過去、荒廃する前、って、世界が綺麗なころ?」


 いつか、誰かが言っていた気がする。この場所に人が移り住んでくる前、地上が滅びていないころ、世界は緑に包まれていた、と。草や花が咲き乱れ、雄々しくその手を「空」という天井に伸ばしていたんだと。そんな世界だったのだと、昔誰かから聞いた気がする。


「そう、緑が溢れ人々が暴力や殺人なんか恐れない世界。そんな世界に、僕はこのディストピアを戻してやりたいんだ。」


 ドクター・ブラウンのその言葉を聞いて、しばらく迷うように視線を迷わせたり言葉をえらんだ様子を見せるダイア。そして、ようやっと切り出した声。


「…見に行きたいです。」


 何を見たいのか。それは言わない。けれど。


「ああ、えーーーっと、手伝いなんて何するかさっぱりなんですが、その世界に行けるなら…。」


 と、間を作り、言い切る言葉。


「是非、見たいものがあります。」


 まっすぐな目。それはきっと、誰しもがそう表現するであろう目。その目を見たドクター・ブラウンも、同じく落ち着いた声で返す。


「そうか。きっと、君が見たいものも見れるだろう。そして、世界を元通りにできれば、その見たいものが現代でも見られる。」

「ああ、うん、その言葉が聞きたかった、うん。」


 そして、もし本当に自分のみたいものが見られるのなら。


「行かせてください、是非、是非。きっと見れる世界のために。」


 その言葉に嘘はない。見たいものを見たい。ダイアにとっては、ただ、それだけなのだ。


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