【序章・名ばかりの理想郷】
時は、2312年。
地球は荒廃の一途を辿っていた。生き物たちの気配はまるで無く。そこには、降下性放射物と呼ばれる核物質の灰だけがある種幻想的な雰囲気を漂わせる。生き物が生きられる空間ではなかった。かつて緑と海によって美しく映えていたこの惑星は汚染され、灰色に染まってしまった。マスクと防護服を着なければ死の灰の餌食になり、有毒物質と大量の汚染物質により瞬く間に命を落とす。
もし、この地表で動くものがあれば、それは崩れる建築物と、潰されて朽ち果てるかつての生活の名残だったであろう電気製品の遺体だけだ。
そんな地上の下。広さにしておよそ8万平方キロメートルの地下シェルター。そこは人間たちの最後の居場所。名前を、ユートピアという。
地上に蔓延る死に直結するような危険とは隔絶された地下シェルターなのだから、ユートピアと呼ばれるのも無理のないことだろう。
このユートピアには太陽がある。そして植物も。それらは科学者たちによって作られた人工の物だが、無いよりはマシだった。
円形状にくりぬかれた地下の空間の天井に張り巡らされたLED照明。それをオートメーションで時間によってつけたり消したり。一応形だけ沈んでは昇るという見た目だけの太陽。本物の太陽には足元にも及ばないが、ユートピアで生まれ育ったものたちにとってはそれが常識だ。
そして、このユートピアにも危険が無いわけではない。殺人と略奪。そういった犯罪行為が横行していた。力には力でしか抗えず、力なきものは搾取される世界。それら犯罪の5割は人間とほぼ変わらないAIをもつアンドロイドによって占められている。
アンドロイド達に対する目は差別的だ。彼らは撲滅対象とされた。大規模な殲滅作戦が実行されるも、結果は上げられない。それもそのはずだ、彼らアンドロイドはまさしく人間と変わらない見た目をしているからだ。
その上思考まで人間と同じなのだ。彼らはもともと、友達や話し相手となり人間と寄り添うために造られた存在だった。彼らは人間の行動を学んで成長する人工知能を搭載していた。
しかし、こんなディストピアではそれも裏目に出る。我こそはと生き残るために暴力を振るう人間たちを見て、アンドロイド達も暴力的に振舞うようになったからだ。
そして、カースト制度というものが存在する。人工太陽や人工植物を作り、さらにこの地下シェルターを人間が暮らせる環境に持っていった科学者達の一族達。彼らはカーストの最上位だ。
続いて一部の富裕層だった人間達。彼らは地下シェルターに物資を運び込んだ功績を称えられた人々の子孫だ。
続いて一般人。名前ばかりの警察や技術職など。
そして最下層。なんの力もなく虐げられ貶められるスラムの人間達。彼らは野良犬のように考えられている。
力なきカースト最低層に存在する人々は、上位の人々にも、アンドロイドにも怯えて暮らすしかない。死ぬか、虐げられるか。そのどちらかだった。
ある日、誰かが言った。
「何がユートピアだ。理想郷とは程遠い。」
そんな世界で、人々は暮らしている…。