異世界留学の申し出
気楽にのんびり更新で。
「異世界に留学してみませんか?」
何言ってんだこいつ?
私は…いや、私達は眉をしかめた。
隣には知らない男がいる。
私と同じように呼びつけられたと思うこの男の顔も同じようにしかめっつらしているだろう。
対するこんな馬鹿げた事いう奴を私達…ううん、日本人なら誰でも知ってる。
所沢保
初老1歩手前のこの男は日本の首相だ。
知らない奴は情弱以前の問題だ。
そんな事はどうでもいい。
重要なのはなんで一国の総理大臣と膝付き合わせて異世界留学なんてファンタジックな事を言われているのかという事だ。
「す、すみません…事情がわからないのですが…」
隣の男が困惑気味に言う。
「そうです、私、今日担任の先生から国会議事堂に行くよう指示されて…」
「わ、私もオーナーから同じように指示されて…」
「ええ、そう指示しましたからね。」
首相は鷹揚に言う。
指示通り国会議事堂に行ったら乗ったこともないような高級車に押し込まれ連れてこられたここは、
首相官邸。
私達は事情もわからないまま、そこの応接間に通され首相と話しているのだ。
首相は手元の紙束をめくる。
「天王寺美沙さん。
聖高校二年生。夏から一年アメリカへの留学を希望。」
その通りだ。
「篠崎貴久さん。銀座ショコラシティにお勤めして3年目。夏からフランスへ菓子作りを学ぶ為留学を予定。」
篠崎さんなる人は目を丸くしていた。
きっとあっていたのだろう。
「お二方とも大変優秀な人間であると手元の資料には記載されています。」
一体何を持って優秀とするのか?
まさか学校の成績?
「その優秀さを見込み、行き先を海外から異界へと変更して貰いたいのです。」
変更しすぎ。
「言語に関しましてはこちらで講師を呼びます。
掛かる費用は勿論経費で全て落ちますし、留学終了後報酬も用意します。
長期休暇はこちらに戻る事も可能。」
言語って、そりゃ英語や日本語は通じないよね。
お金は正直助かるけど…
異世界で何学ぶのよ。
戻ってきて役に立つの?
いや、そもそも…
「あの、異世界って、その…ゲームや漫画に出てくるあの異世界ですか?」
「そう、その異世界。」
「えっと…行けるのですか?」
「勿論行けるよ。」
「ど、どのように…?」
「うーん。」
首相は暫く考える。
「これは極秘なんだけどね。」
首相は人差し指を口元に当てて言う。
「わが国は現在異世界との交流に成功している。」
『…』
俄かには信じられない話だ。
「5年前、異世界の方が我々の世界を発見し、交流を持ちかけてきた。
どうやらこちらの世界を綿密に調査した上でわが国に交流を持ちかけたようだった。」
5年前からって益々信じられない。
どういう調査をして日本と交流を持つことにしたのだろう?
「およそ5年間、極秘で政治的な交流はしてきた。
かくいう私も異世界に行った人間の一人だ。」
まさか!
私達はぽかんとするしかない。
「異世界の環境、経済レベル、治安等を鑑みてこの度民間レベルでの交流を図るべきだと判断をした。」
つまり…
「俺達がその第一号?」
篠崎さんが言葉を続ける。
第一号というより実験台だろう。
「その通り。学ぶ意欲が高く、環境の変化や異世界というファンタジックなものへの耐性がある人間という事で選ばせて貰いました。」
『…』
それって遠回しにオタクだって言ってるよね?
ええ、漫画にアニメにゲームをこよなく愛し、魔法には並々ならない憧れを持ってますが?
隠していた私の趣味を赤裸々にしやがって。
それに環境の変化に耐性ってさぁ。
私が親なし子で親戚たらいまわしの上現在一人暮らしって事を言ってるんだよね?
まさか、国家権力が喧嘩売ってくるとは思わなかったよ。
「異世界では見るもの聞くもの全てが目新しく新鮮です。そこで学んだものはこちらでも役に立つでしょうし、民間交流を進めるには民間視点も必要です。
天王寺さんには1年後戻り次第国家公務員としてそれなりのポストをご用意します。篠崎さんにはあちらで学んだ菓子の制作販売を許可いたします。」
いきなり異世界へ行けと言われて戸惑ったけど、一応戻った後の事も考えてはあるんだな。
経費も報酬も出て、戻った後の就職先も確保されている。
アメリカに留学するより遥かに有意義かもしれない。
一国の総理大臣が異世界異世界連呼してるんだ。
ドッキリ企画とかでもないだろう。
異世界…俄かには信じられないが。
「異世界への交換留学を承知して頂けるのでしたら契約をしたいのですが…」
「交換?」
篠崎さんがいう。
今、確かに交換留学って言った。
「はい、こちらから2名送る代わりにあちらからも2名来るので受け入れるのです。」
へぇ。
まあ、民間交流って事ならそれもありか。
「その人達はどこで受け入れるんですか?」
篠崎さんが聞く。
なんでそんなこと聞くんだろう?
首相は微笑む。
「勿論、貴方方の生活に組み込みます。」
『…はい?』
私は意味がわからなかった
え?
組み込む??
「つまり、異世界人の一人は天王寺さんのご自宅に住み、天王寺さんが通っていた学校に通い、天王寺さんが勤めていたアルバイト先で働くのです。」
「えっ!?」
「つまり、俺の場合は俺の家に異世界人は住み、ショコラシティで働くって事か?」
「その通りです。その間いないんですから問題ないですよね?」
「いやいや、私物とか!」
盗まれるかも…いや、盗まれて困るような物もないけどさ。
「貴重品はこちらで預かりますが、生活用品に関しましては提供をお願いします。」
「生活用品って…服とかもか?」
「あちらとこちらでは服装が違いますが、そういった生活必需品に関しては支給予定ですので、お二方が提供する事はありません。」
よかった。
もし提供しなくてはいけなかったら下着とかどうしようって思った。
「弄られたくないものは貴重品でなくてもこちらで預かりますよ。」
よし、ゲームと漫画は預け決定だ。
「因みに、私達の向こうでの生活は…」
「こちらに来る方々の生活に組み込まれます。
具体的には天王寺さんは魔法学院に通い貴族としての生活をして頂きます。
篠崎さんはあちらの王宮でパティシエとして住み込みで働いて貰います。」
「貴族…」
「王宮…」
あまりに縁遠い存在に頭がクラクラする。
そんな生活できるのか?
逆に貴族として生活していた人が私と同じ生活ができるのか?
「どうですか?契約して頂けます?」
「これって断れるんですか?」
「勿論、断れますよ。」
「それにしては国家秘密を聞いてしまったような?」
「断る場合は異世界の技術が使われ今日の事は全て忘れて貰います。」
異世界の技術って何!?
頭弄られるのか?
それとも魔法か?
魔法なら体験も、ありか?
いや、体にどんな負担があるかわからないし、ここは無難に回避だろ。
私と篠崎さんは顔を見合わせた。
そして、首相を同時に見る。
『わかりました。お受けします。』