7. 僕はこうして国を追われた
すみません、遅くなりました!
父上、母上! シャルルは男になります。前世のお父さん、お母さん。今度こそ僕は結婚します!
カーラの腕を取り、抱き寄せ……は、身長の関係で出来なかったので、カーラに軽く屈んでもらい、腕にしがみつく感じにはなったが僕は堂々と、カーラとの婚約を了承した。
「…………」
「…………」
「…………」
ソフィアとソフィアの両親が温かい目で僕を見つめている。うん、さすがに4歳で三十路前の女性との婚約では、乗り越えなければならない障害がいくつもあると思う。でも、みんなが応援してくれれば、僕たちは乗り越えられると思うんだ。それに、僕の中身は30歳だし、精神的には釣り合うはず。30年+4年を経て、やっと僕にも春が来た。
「シャルル様?」
カーラが戸惑ったように、少し浮かれていた僕を見つめる。
「カーラさん……ううん、もう婚約したんだから、これからはカーラって呼ぶね。カーラ、君は海賊に攫われるという不幸はあったけど、僕はカーラが奴らに汚されていない事を知っているし、僕が君の事を守る」
「え、ああ、それは嬉しいんですが……」
カーラも突然の事で不安なんだろう。僕がその不安を拭ってあげないと!
「カーラは、僕に全てを任せて安心して、僕のところに嫁いできて欲しい。年の差のせいで、僕の両親も最初は反対をするかもしれないけど、必ず僕が説得する。二人なら、きっと乗り越えられるさ。さっき、僕と縁があると言っていたよね。きっと、これは運命なんだよ」
「シャルル?」
そこで、僕のプロポーズを近くで見ていたソフィアが声をかけてきた。きっとソフィアも僕たちの事を祝福してくれるに違いない。まだ子供だったからソフィアは助かったけど、あと数年もしたらカーラと同じ立場になりかねなかったんだから。
「ありがとう、ソフィア。ソフィアの気持ちは本当に嬉しい。それに、ソフィアのご両親が後押しをしてくれたから、僕も決断が出来た」
「え、あ、ああ、うん?……え? マジ?」
ソフィアはキョロキョロとソフィアのご両親の顔を見ていた。さすが、ソフィアのお父さんは公主様だ。こう言う事にも慣れているんだろう。一回、ソフィアの肩に『解っているよ』とばかりに、手をポンと置くと、僕たちに向き合い、拍手をしながら祝福をしてくれた。
「シャルル君! よかった、本当によかった! うん。心から祝福するよ。なぁ、お前もそう思うだろ」
そう言って、ソフィアのお母さんにも声をかける。ソフィアのお母さんも、ソフィアを抱きしめながら、僕たちを祝福してくれた。
「ええ、そ、そうね。シャルル君。カーラの事をよろしくね」
「いやー、本当にめでたいな。なんだろう、ハラワタが煮えくり返るほど、嬉しいぞ」
公主、その表現は間違ってますよ! 僕はめでたい席なので、そこを突っ込むのは止めておいた。
「パパ、ママ……」
ソフィアが感極まって泣き出してしまった。それだけカーラの事が心配だったんだろうな。知り合ったばかりだけど、ソフィアのそんな心情が僕の心を打つ。
「シャルル君、それでは、二人で今後の事を話す必要もあるだろうし……もう部屋に戻ってくれないか」
「そうね。カーラ、シャルル君の部屋へ行きなさい」
「公主殿下……奥様……」
「カーラ、わかってるね」
「……はい」
よかったね、カーラ。こんなにいい雇い主に巡り合った僕の婚約者は幸せものだ。カーラも感極まったのか、下唇を噛んで俯いてしまった。
「カーラ、僕の部屋へ行こう。これからの未来計画を二人で話し合おう!」
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部屋に戻った僕たちはソファに隣り合って腰をかけた。そこで僕は早速、僕らのこれからについて切り出した。
「それじゃ、カーラ……いや、マイスイートハニー! 僕たちはもう直ぐ夫婦に……」
「シャルル様? 先ほどは本当にありがとうございます。三十路前の私の事を気にかけていただき……確かに海賊に攫われたとなると、私もこれから将来、娶ってくれる殿方は現れないと思っていました」
そう言って、僕を抱き上げ、ぎゅっと抱きしめてくれた。ふわっとした心地よい感触に包まれた。
「本当にありがとうございます」
あれ、涙声になっている? カーラ、どうしたの?
「こんな幼いのに、私の事を守ってくれるなんて……その言葉だけで、このカーラは独りで生きていく事が出来ます」
あれ? これ、話の流れがおかしいよね。なぜだろう、とても仲が良かった僕っ子の女の子に思い切って告白した時、『ボクはキミの彼女になれないよ。だって二人は親友だろ!』と言われた光景が脳裏によぎった。男女の友情っていうのは、二度と二人っきりでは会わないっていう慣用句だって理解するのに何年もかかったなぁ……
前世みたいな事が嫌だったので、僕はストレートにカーラに聞いてみた。
「カーラ? どうしたの? 僕と結婚する事が嫌なの?」
「違います、シャルル様。カーラはシャルル様のお言葉だけで、もう充分幸せなのです」
「だったら……」
「シャルル様は先ほど、アマロ様のご意向に背いてしまいました」
アマロって、公主でソフィアのお父さんの事だよね?
「ちょっと待って? 意向に逆らうってどういう事? 僕はちゃんとカーラと……」
「ああ、シャルル様。シャルル様は、まだ幼いからお解りにならなかったんですね」
「え?」
「先ほどの公主殿下のお話は、ソフィア様とのご婚約についての事だったのです」
え、え、えええええーー!
「そんな! だって、ソフィアはまだ10歳じゃないですか! 僕はロリコンじゃないですよ!」
「ロリコン? よくわかりませんが、10歳は『まだ』ではありませんよ」
「でも、いくら何でも10歳の子供相手に結婚なんて……」
「シャルル様も4歳じゃないですか。それに、貴族のご息女は遅くても8歳くらいには、結婚相手が決まっているものです。ソフィア様の場合、公主殿下がどうしても嫌だと言って婚約相手を決めるのを先延ばしにしてしまったため……」
そ、そうなんだ!
日本での常識では10歳の女の子と30歳の男が婚約なんて、行政からメールが回る事案なのでノーマルな性癖の僕としては全く思いも及ばなかったよ。
「カーラと婚約して欲しいって薦められたって思ったのは僕の勘違いだったんですね」
ずっと抱きしめてくれるカーラの温もりを失う事になると思うと、全身から力が抜けるような気分だ。
「じゃあ、公主の意向に背いたのって、まずかった?」
「はい。先ほどの公主殿下のお話の通り、ソフィア様はこのままでは海賊に犯されたという醜聞にまみれる可能性があります。それを防ぐには、シャルル様を婚約者にしたてるか……」
僕を抱きしめるカーラの力が強くなる。
「関係者全員の口封じしかありません」
少し低いカーラの声に、僕は全身から冷や汗が出る。カーラも不安なのか、僕を抱きしめるカーラの力が、さらに強くなってくる。
「シャルル様、すみません。本当にシャルル様の言葉は嬉しかったんですよ……」
「カーラ? ちょっと苦しいん……だけど……」
「大丈夫です。シャルル様。すぐに終わりますからね……って熱っ!」
僕の鎧が突然真っ赤に発色した。カーラはその瞬間、僕の身体から手を離して、ソファから転がり落ちてしまった。
「あ、カーラ、大丈夫?」
「え、あ、ああ……これも鎧にかけられた加護? これは警告? まさか、こんな力が……」
カーラが呆然と僕を抱きしめていた腕を見ながら、ブツブツと言っている。その腕が火傷をしたように真っ赤になり、水ぶくれが浮き出してきた。あれ? 本当に火傷?
「カーラ、腕が赤く腫れている……火傷なら冷やさないと!」
「だ、大丈夫です! このくらいなら回復魔法で……」
そう言って、カーラは何かを呟くと赤く腫れていた腕の火傷が見る間に治っていく。これが回復魔法ってやつか……すごいな。でも、これ、鎧のせいだよね? こんなに優しくしてくれたカーラを傷つけてしまうなんて……
僕はカーラのすぐそばに座り込み、頭を下げた。
「本当にゴメンなさい。カーラを傷つけるつもりなんて、でも、これじゃあ、どっちにしろ婚約者として失格だね」
僕はカーラを見つめた。
「ひっ……シャ、シャルル様……」
カーラが表情を強張らせ、後ろにずり下がった。やっぱり鎧が恐いんだよね。本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「本当にゴメンなさい。でも、どうしよう。関係者全員の口封じなんて事になったらカーラや親方まで……」
僕は立ち上がって部屋の中をウロウロした。どうしよう! どうしよう! このままでは親方やカーラの命まで危ない。いくらソフィアが可愛いからといっても、公主もひどすぎる! 突然の事で不安になったせいか、何だか下腹部のあたりがムズムズしてきた。
「ちょっと、おしっこしてきます……も、漏れそう!」
「え……」
念のためカーラに断りを入れ、貴賓室の中に据え付けられているトイレまでダッシュ。用を足しトイレから戻ると部屋にはカーラの姿がなかった。
そうだよな。勘違いで婚約するなんて言い出して、その挙句火傷までさせて……そんな僕の鎧とは一緒にいたくないよな。でも、カーラの事だけは婚約者……もう元婚約者なんだね……そう! 元婚約者の僕が守らないと! ついでに親方達も!
トイレから出てスッキリした僕は、カーラや親方を守るという熱い決意を胸に、貴賓室を出た。
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「公主様、失礼します!」
入り口に執事のような人が僕の姿を見て直立不動の姿勢を取った。それを横目に、僕はノックをしてから公主達の船室へ入っていった。いいのかなって一瞬思ったけど、特に呼び止められなかったので大丈夫だろう。僕が入ると同時に、入り口とは反対側にあるドアが閉まった。誰かいたのかな?
「え、ああ、シャルル君。どうしたのかな?」
「カーラや親方を助けてください。お願いします」
僕は取り敢えず本題を切り出した。
公主は国のトップ。そんな人を相手に普通のサラリーマンだった僕が駆け引きなんて出来ない。ここは直球勝負。誠意だけで乗り切ろう。
「は? 何の事かね?」
「僕がソフィアと婚約しなかった事で、カーラや親方達を口封じするつもりなんでしょう。そこを何とか許してください!」
僕はそのまま土下座をした。
「……シャルル君、それはどういう意味かな? ソフィアとの婚約とはどういう事かね?」
「すみません。僕が勘違いをしていました。さっきはソフィアとの婚約の話だ……」
「あーあー、何の話をしているか解らないな。たまたま通りがかったシャルル君を海賊の手から助けた事なら、もう気にしなくていい。我が公国の中での事件だ。我々が解決する義務がある。感謝は不要だ!」
あれ? なんか話が変わっています? それに何でそんな棒読み?
「え、でもさっき、カーラと……」
「カーラ? カーラとは誰かな? あ、ああ最近辞めたソフィアの家庭教師だったかな」
「はい?」
「うん、そうだ。そんな名前だったな。うん、彼女なら私たちが出港する前に国に帰ったはずだが……」
公主は汗をダラダラ流しながら一方的に話を続けた。ガチャリと奥のドアが開き、カーラが入ってきた。
「あ、カーラ……」
「タミア!、この間までいた家庭教師のカーラの事だが……」
え? タミア? 誰それ? え?
「カーラは国許のお母様のお加減が良くないとの事だったので、暇を取らせました」
「そうか」
理由は分からないが、カーラも汗をダラダラ流しながら僕の方を見ずに公主と話をしている。
「ええ、カーラはもういません」
「うん、そうだ。そういう事だ。シャルル君。カーラというものは、この船にはいないぞ。なんでシャルル君が知っているんだろうな。あははは」
結局、この後もカーラなんて女性は、最初からこの船には乗っていないと言い張る二人に、僕は困惑し、公主の部屋を後にする事にした。
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とりあえず、落ち着いて考えよう。
なんだかキツネにつままれたような気分だ。
どういう事だろう。あれは確かにカーラだった。おかしい。何か意味があるのだろうか……
しばらく部屋で頭を悩ましているとノックの音がした。
「カーラ! さっきはどういう……」
カーラだと思ってドアを開けたが、そこには公主の部屋の前にいた執事が立っていた。
「シャルル様、こちらへ……」
「はい?」
「どうぞ。こちらへ……ご案内します。カーラも待っています」
やっぱり! さっきは何か事情があったんだろう。そうだよね。口封じは怖いもんね。僕は執事の後に付いて歩き、そのまま船尾まで移動した。
「これに乗ってください」
「え? あ、はい……」
執事が指をさしたのは船尾に吊り下げられている上陸用の小舟だ。
「少し揺れますので、掴まっていてください」
僕と執事が乗り込むと、どこから出てきたのか船員が吊り下げたロープを使って、海面まで小舟を下ろし始めた。
「え、え、え? どこに行くの?」
「大丈夫です。カーラが向こうで待っています」
「は、はぁ……」
海面に降りると、執事さんがオールを上手に使い船から離れ始めた。。船尾から船の横を通って船首の方へ抜けると、すぐそばに砂浜が見えた。いつのまにか、陸に近づいていたんだろうか。 執事さんが上手にオールを動かして砂浜に近づけて行く。しばらくすると小舟の船底から海底をこする音が聞こえた。もうこれ以上は進めないみたいだ。
「あちらです」
「はい……あ!」
執事さんが指差す方向に人影が見える。カーラだ!
僕は執事さんにお礼を言って小舟から降り、カーラに向かって走りだす。
「カーラ! さっきは……」
あれ?
カーラだと思った人影は、木の枝で作られた看板に洋服を着せたものでした。ご丁寧にさっきまでカーラが来ていた洋服が着せられていた。そして、その隙間から文字が見える。僕の語学力を精一杯駆使して、一番大きな文字で書かれた文章だけ理解ができた。
『ここはゴヤの国』
僕はこうして国を追われた
シャルルは国を追われてしまいました。
そんなシャルルが向かった先には……
次話「僕はこうしてダンジョンに向かった」
明日の夕方には投稿予定です。お楽しみに!