5. 僕はこうして遭難した
すみません。長くなったので二つに分けます。
次話は21時に投稿します。
「親方、仕方ないので、僕も協力するよ」
親方の勢いが止まらなそうなので、僕は嫌々ながらも海賊船を乗っとる事を決意した。協力者がいる今くらいしか、僕の運命を切り開けそうもないしな……父上、母上、先立つ不孝をお許しください。脳裏には「シャルル、ここに眠る。 享年4歳」という墓標が浮かぶ。
「親方……やるなら、ちゃんと考えて少しでも成功率を上げないと」
「任せろ、俺にも考えがある」
お、考えてなさそうに見えて、少しは考えてくれたんだな、
「それで、具体的にどうやって乗っ取るの?」
「まずは船長を殺す」
「船長を殺した後は?」
「船内は大混乱になるから、そこはノリで……」
期待した僕が馬鹿でした。
ただ、船長は確かに先に排除したい。
僕が捕まった日、この鎧のせいで船長の前まで連れて行かれて、もの凄い形相で『鎧を脱げ』って凄まれたんだよね。シャルルの部分がビビって勝手に脱ごうとしたのを必死に制御したから大丈夫だったけど、あそこで脱いでいたら、その後、確実に殺されていただろうな。うん、船長を先に排除できるなら、その方がいい。
「親方、魔法は使えるの?」
「ああ、ファイアーボムくらいなら出せるぞ」
「それって、どういう魔法?」
「種火があればそれを爆発させられる」
「火が無ければ?」
「無理だな」
ふー、使えねー。
まともに歩けない親方じゃ、戦力にならないな。
「親方、やめようよ。船長すら倒せる当てがないじゃん」
「うーむー……」
親方は悩み始めてしまったよ。仕方ないので、どんどんアイデアを出してみる。ブレインストーミグってやつだな。
「睡眠薬か何かを食事に混ぜられない?」
「無理だな。船長は状態異常無効の加護を受けている」
なんだよそれ。一般的なのか?
「寝込みを……」
「船長室の前には交代で警備が2人ずつつく事に成っている」
「うーん……」
何か手を……何か……あっ!
「親方のファイアーボムって、火が見えてなくても使える?」
「設定した範囲内の炎なら、見えていなくても爆発させられるぞ」
「よし、それでいこう! 夜まで待って、船長が部屋に入った所で部屋の中を爆発させれば、効果があるんじゃない?」
「おお、それだったらできそうだ。あれ……俺はこんな簡単な方法をを、なんで思いつかなかったんだろう……」
親方が首をかしげる。そりゃ、首の上に乗っているものを駆使しないと、思いつかないよね。
「まぁ、それは後でいいか。坊主、その方法でいくぞ。今夜決行だ!」
ちょっと待って、まだ船長を倒す方法しか思いついていない!
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下働きの僕に割り当ててもらえる部屋なんてものが無いので、僕はいつも下甲板の隅で体をロープに括り眠っていた。その狭い場所に現在、親方と一緒に寝転がっている。さすがに慣れたけど、ほとんど身体を洗う事の無い親方の体臭がエグイ。その匂いに耐えながら、二人で夜になるのを待っていた。
船舶の夜間の移動は危険が伴うらしい。このため、夜になると帆を畳み碇を下ろして、見張りだけ残して停泊する。船員も基本的には船室にこもって酒を飲む。そこが船長暗殺のチャンスだ。
上甲板中央にある船長室の中から灯りが漏れてきた。ランプの火を灯したのだろう。さらに待ち続けると、完全に陽は落ち、辺りは真っ暗になった。
「親方……そろそろ行きますか?」
「ああ……」
月明かりを頼りに俺と親方は下甲板を歩き出した。
親方の片手には酒瓶があるため、酔っ払って歩いているように見えるだろう。いや、さっき飲んでいたから本当に酔っ払っているのかもしれない。船長室の前に二人の見張りが立っていたが、親方のその様子に、こちらをジロリと見ただけで、特に何の反応も無い。海賊としては平常運転なんだろう。
「この距離でいけます?」
「余裕だ!」
そう言うと親方はおもむろに腕を上げ、
「願う。炎の精霊よ。どっかーんと爆発」
「…………」
どっかーんと爆発? それはいいとして何も起こらないけど……
「ダメだ……魔力がうまく練れない……シャルル、お前が代わりにできないか?」
「ええ! 魔法を使った事なんて、ないんですが……」
「大丈夫だ! お前なら出来る! 多分!」
いや、無理でしょ。
「船長室の中のランプにいる炎の精霊にお願いするんだ……とりあえず、1回だけやってみてくれ」
言い争う僕たちに見張りが少し気になったのか、こちらを睨みつけるように見ている。これ以上、グズグズやっているとさすがに怪しまれそうなので、親方の言うことを聞いて1回だけやってみる事にした。
「えーと、船長室にいる炎の精霊さん。もしよろしければ、どかーんと爆発してみてはくれないでしょうか」
「……」
「……」
「……」
「ほら、ダメですよね」
「ちゃんとお願いしたか?」
「しましたよ。ほら……炎の精霊さん、お願いしますね」
あれ?
言葉に意味が乗ったのが自分でもわかった。そしてその瞬間、船長室が轟音とともに赤い炎を吹き出しながら消し飛んだ。
「!」
その爆発の衝撃で、僕の身体も宙を浮き、一回、船のヘリに当たる。そのまま、頭を前に滑るように跳ね返って、下甲板の床にあるフックに鎧が引っかかって止まった。この鎧のおかげでダメージはなかったけど、威力強すぎるだろ! 一緒に吹き飛んだ親方を見たら、親方は船のへりに身体を横たえ、目を回している。動いているので、死んではいないみたいだ。
「…………! ……………………! …………!」
下甲板にある階段から次々と海賊達が上がってきて、上甲板の状況を見て、そのままへたりこんだ。僕の耳はキーンっていう音がするだけで、何か叫びあっているようだが、よく聞こえない。しばらくすると、海賊達は船長室のあたりで燻っている火を海水を汲んで消し始めた。爆発が激しくて、ほとんど吹き飛んでしまったので、火はほとんど残っていなかったけどね。
「親方! 親方!」
ようやく、爆発の衝撃から回復した僕は親方を介抱した。
「う、うーん。ん? ここは?」
「大丈夫ですか? わかりますか?」
「え、あ、ああ……」
親方は状況がよく解っていないようだ。僕は親方を引っ張って、他の海賊から見えないように動かす。
「ああ……お前は、シャルルか……」
「そうですよ、親方」
その時、上甲板で消火活動をしていた海賊から争う声が聞こえ始めた。どうやら斬り合いを始めたようだ。
「なんで? どうなっているの?」
真っ暗な中でいつ斬り付けられるかわからない恐怖から、僕の身体は震え始めた。鎧を着ているから大丈夫だと思うけど、それでも怖いものは怖い。
「大丈夫だ。シャルル、大丈夫だ」
親方が僕の震える身体を抱きしめてくれた。安心感はあるけど、やっぱり親方の身体は臭いな……その匂いで僕は少し冷静さを取り戻し、
「何が起こっているのでしょうか……」
「大丈夫だ、多分、すぐ終わる」
「え?」
しばらくすると静かになって、上甲板から誰かが降りてくる音がする。
「隊長! 隊長! 無事ですか!」
「おう、ここだ!」
下甲板に固定されているランプに火が灯され、昼間、ヒャッハーと叫びながら帆船に乗り込んでいった海賊の一人がやってきた。モヒカン頭だからよく覚えている。
「隊長、よかった! 無事でなりよりです」
「ああ、こんなナリになっちまったがな……」
「え、隊長って?」
「その事は後で話す。マルコ、何人生きている?」
突然、親方が隊長と呼ばれたので、驚いて聞き返したけど、あっさりと無視された。
「はい、私の方が4人、ヨハンの方が3人です」
「お前らを入れて9人か……まぁ、よく生き延びたな」
「はい、上甲板は隊長がやったんで?」
「いや、俺じゃない」
そう言って親方は僕を見つめた。 僕は全く話についていけない。
「ああ、シャルルと話しているうちに、思いついたんだ。今まで、なんで思いつかなかったんだろうな」
「そうですね。私もさっきまで全く自分の事を思い出せませんでした」
「魅了か……」
親方がそこまで話すと僕に事情を説明してくれた。どうやら親方は元々、近くの国の海軍で船で移動中に海賊を見つけ、捕縛したらしい。「らしい」というのは、どうもそのあたりから記憶があやふやで、いつのまにか、自分は船長の部下だと思って行動していたみたいだ。手と足は海賊としての戦闘中に失ってしまったとの事。先ほど、船長室が吹き飛んだ後に部下の人たちも徐々に記憶が戻り、近くにいた元から海賊だった奴らを制圧……というのが今の状況みたいだ。
「その人たちも海賊だったんでしょうか?」
「どうだろうな? 生き残っている奴らはこれから尋問してみるので、すぐにその辺もわかるだろう」
徐々に親方の周りに人が集まってきた。この人たちが部下なんだろうね。
「これからどうするんですか?」
「とりあえず、朝になるまで状況が掴めないので、このまま待とう」
「あ、それなら船底で捕まっている人達を助けてきますね」
「そうだな。おい、ヨハン、一緒について行ってくれ」
「はい!」
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「開けますよー!」
蓋を強めにノックした後、僕は船底にある牢屋の蓋を開けた。あ、牢屋には酸欠を防ぐためにランプすら無いんだね。牢屋の中は真っ暗で何も見えない。
「な、何があったの! あの爆発音は何? 説明しなさい!」
暗闇から声がする。さっきの女の子だな。
「あー、色々あって海賊はいなくなりました。今から梯子を下すので上がってきてもらえますか」
「な、何をする気?」
僕の言葉に少し気弱そうな声を女の子が出した。
「お嬢様、私が行ってきます」
「ダメよ、カーラ。何をされるか解らないわ!」
「大丈夫です。何かあっても私が一人犠牲になるだけですし……」
「ああ、カーラ……」
「あのー、盛り上がっている所申し訳ありませんが、全員上がってきてもらえますか。この先の事もご相談したいので……」
「全員? どういう事? 私たち全員を犯すというの!」
4歳児に何を期待しているんだ。
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その後、梯子を持ってきたマルコからも説明をしてもら、真っ暗な牢屋にいた全員が下甲板まで上がってきた。
「そう、海賊はもういないのね」
「はい」
女の子はソフィアと名乗った。一緒にいた巨乳のお姉さんはカーラと言って、ソフィアの家庭教師兼護衛だったみたいだ。他の女性や子供達も貴族などの子弟らしい。近海を日帰りでクルーズするというだけの航海だったのだが、全く運の無い事だ……
ソフィアの見た目は10歳くらい。ちょっとキツイ感じもするけど、顔についた汚れとかを落としたら綺麗なんだろうな。カーラは改めて正面から見ると、本当に大きなオッパイの持ち主。少しふくよかな感じだが、その分、顔立ちは優しく見える。20代後半くらいかな……護衛っていうから強いんだろうね。
「それで、あなたはゴヤの軍人ということね」
「はい、このようなナリになって面目もありませんが……」
ソフィアの質問に、親方が答えた。
「いいわ。助けてくれてありがとう。船を襲った事については言いたい事もあるけど、事情は理解したわ」
ソフィアは今度は僕の方を向いて、こう言った。
「あなたも災難だったわね」
確かに災難でしたよ。毎日、海賊達の汚物処理していたわけだしー。
「あなたが船長を倒したと聞いたわ。本当にありがとう。このお礼は国に戻ったら必ず」
「え、そんな……僕だけの力では……」
「そうね。でもゴヤの方達には、前後の事情もあって公式にお礼をするわけにはいきませんので……あなたは受け取ってくださいね」
「はぁ」
そんな僕の頭を親方が撫でる。
「この後、俺たちは外交的にややこしい事になりそうなので、すまんが俺たちの分も受け取っておいてくれ」
「でも親方が僕を息子さんの代わりって言い出してくれなきゃ……」
「息子? ああ、そうだな……あれ? 何でだ? 俺の息子は少なくとも俺が任務に就く前はピンピンしていたし、もうとっくに成人しているんだが……あの時は確かに死んだ息子のって……あれ?」
「?」
親方の言葉に俺も首をひねる。
「あの野郎に思い込まされていたんだろうな……くそ、一発で楽になんかさせるんじゃなかった」
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翌朝、夜が明けると船の惨状がわかってきた。
上甲板には何も残っていなかった。船長室も船長も見張りも、船を動かすために必要なマストも、帆も。
こうして僕は遭難した。
二つに分けた都合上、昨日予告したタイトルは、次話に持ち越しました。
次回「僕はこうして婚約した」
次話こそ、婚約します?! お楽しみに!