4. 僕はこうして海賊船を乗っ取ることにした
明日から1日1話ずつ更新になります
4歳にして僕の人生詰みました。 誰か助けてください。
「ぐすん、ぐすん……ははうえー……オェ……ちちう……オェ……くそ! くせーんだよ!」
臭い! 臭い! 臭い!
こいつら、ちゃんと狙いをつけてしねーから、うん○がこびりついていやがる。
シャルル、我慢しような。絶対に、僕は逃げ出してやる。
「はぁ……セリア、心配しているんだろうな……まぁ、セリアが僕の事を置いていくのが悪いんだけど……」
ブラシを木製の便器に擦りつけ、必死に汚れを落とす。端から見ると赤い革製の鎧を着たちびっこが、なんでトイレ掃除をしているのか不思議に思うだろうな……。
「親方ー、終わりました」
「おう、赤ヨロイの坊主か。ちゃんとキレイにしたか?」
僕が親方と呼んだのは左腕が肩からなく、右足が膝から下が無い爺さんだった。甲板清掃責任者というポジションにいる現在の僕の上司。
トーキョーから次の街へ向かう道の途中、セリアに置いてかれてしまった僕は声は爽やか行動は悪魔の人攫い3人組に麻袋に詰められ、気がつけば海賊船に乗せられていた。裸にひん剥かれる所だったんだけど、なぜか鎧を脱ぐことも、海賊が脱がす事も出来ず、結局そのままになってしまった。さすがに剣は取り上げられた。
鎧を脱がせられず、イラついた海賊に何度も殴られたが、特にダメージも受けなかった。逆に拳を痛めた海賊に海に投げ込まれそうになったのを、この親方に救われたのだ。
「何、清掃員が前回の航海で欠けたので、補充が欲しかっただけだ。気にするな」
そう親方は言ってくれたけど、命を救われた恩義は感じている。だけど、トイレ掃除や宴会の後のゲロ掃除といった汚い仕事ばかりやらされるのは辟易している。補充要員が必要だったというのは本当の事なんだろうな。
「次、甲板をモップがけしてこい!」
「へーい」
航海に出てから1週間、もう僕のいた街からかなり離れたんだろうな。最初の2、3日はセリアが助けに来てくれるんじゃ無いかと期待をしていたんだけど、さすがにもう諦めた。
「父上が言っていた、防御力があるだけでは意味が無いっていうのは、こういう事なんだろうな」
防御力があっても麻袋に詰められたら抵抗できなかった。海に出たら、僕一人では陸地に戻れやしない。
「はぁー、でも希望は捨てずに頑張るか」
毎日、ホームシックにかかって声を出さずに泣いている。正直、4歳のシャルルの心は限界だ。「俺」という30歳の知識と自我がフォローをしていなかったら、もう終わっていただろう。ただ、僕も普通のサラリーマンだったので、こんな事態は想定していなかったんだけど……
「獲物はっけーん!」
マストの上にある見張り台から大声が聞こえた。見張りが指を指している方向を見ると、大きな帆船が見えた。もしかして救いの神? でも、今、獲物って言っていたよね。いかにもって感じの船長が出てきて、大声で叫んだ。
「野郎ども! 準備しろ! お楽しみの時間だ!」
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日本で観た映画みたいな大砲のやり取りは、こっちの世界では無いんだね。
双方からバカみたいな魔法の撃ち合いが始まり、お互いが防御魔法みたいなもので弾いていく。船を守るような円形のシールドが展開された時、興奮のあまりチビりそうになったよ。ファンタジーだね。
そうこうしているうちに海賊船は舳先のぶっとい槍を使って、帆船の横っ腹に突っ込んだ。
轟音とともに船長の号令が聞こえる。
「今だ! 飛び移れ! 全部かっさらってこい! 男は殺せ! 女とガキは攫ってこい!」
その声に海賊どもが、マストに登っては突っ込んだ帆船にロープを使って乗り移っていく。
「ヒャッハー!」
「うりゃー!」
「迎え撃て!」
帆船側もただ見ていた訳ではなかった。近接戦闘になっても剣と魔法で応戦している。海賊側にも犠牲が出ているみたいだ。僕は流れ弾に当たらないように、海賊船の甲板の隅に転がっている樽の陰に隠れた。どうせなら、海賊が負けてくれれば、逃げ出すチャンスもあるんだけど……僕の鎧、赤いから目立つな。
海賊船が帆船に突っ込んで10分くらい経っただろうか。ドンパチの音は静かになり、すすり泣く声と、海賊の下卑た笑い声だけが聞こえてくるようになった。恐る恐る顔を出すと、帆船では背中が血だらけの男性が海に突き落とされるところだった。
どうやら生き残った男は、そのまま海に捨てられるらしい。並べられた男達が次々と
「よーし、これで終わりだな。野郎ども引き上げるぞ!」
「ヒャッハー!」
返事が「ヒャッハー」って何だよ……そう思いながら見ていると、乗り移った海賊が宝や女子供を抱えて戻って来る。あれ、少しだけ船に残っている人がいるみたいだけど……
海賊が全員戻った後、海賊船は櫂を使って後進を始めた。そして、
「放て!」
船長の号令で舳先の槍が突っ込んでいるあたりを魔法で吹き飛ばす。お、抜けた。
「助けてー!」
帆船から複数の女性の悲鳴が上がる。ああ、どうやら年老いた女性は置いていくらしい……でも今の魔法による攻撃で、帆船から火の手が上がっていた。あれでは、そう長くは保たないだろう。
女性の悲鳴を無視して、海賊船はどんどん距離を開け、ある程度離れた所で帆を張り直し、
「よーし、ずらかるぞ!」
やがて、耳を塞がなくても、女性達の悲痛な叫びは聞こえなくなった。
僕が海賊船に捕まって初めての戦闘は、こうして幕を閉じた。
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こいつらはクズだ。
僕はようやく理解した。
親方が助けてくれたし、そのあと、特に暴力を振るわれる事もなかったので油断していたが、こいつらが犯罪者集団である事には変わりが無いって事に気がついた。一刻も早く逃げ出さないと……
「おい、赤ヨロイ!」
「はい!」
「こいつを牢まで持っていけ」
「はい!」
人が食べるとは思えないような残飯を捕まえた女性や子供たちの食事として出せと、親方に指示を受けた。どうやら牢の管理も親方の仕事のようだ。
船底にある区画に僕はその残飯を持ってきた。
牢といっても鉄格子で囲まれている訳では無い。船底は浸水防止なんだろうけど、複数の閉鎖された区画に分かれていて、そのうちの一つを牢屋として使っているのだ。牢屋の天井に扉があり、そこが唯一の出入り口。梯子を外して上から蓋をすれば、物理的に脱出する事が出来ない。よく考えられた牢だ。ただ、蓋と言っても空気孔がいくつも開いているので、下の様子は確認可能だ。それでも浸水が始まった場合は空気孔すら塞がれる。この場所に入れられたという時点で、浸水したら見捨てられる事が確定している。
「食事を下すので、蓋の付近から離れてください」
僕はそう言って牢の蓋を外す。用心をしながら中を覗くの、泣きはらした眼の女の子が下から僕の事を見上げていた。
「そこをどいてください。食事を下せません。食事抜きになりますよ」
「いらないわ!」
気丈にもその子はこう答えた。
「海賊の施しを受けるくらいなら、ここで飢えて死ぬわ」
どこかの偉い人なのだろうか。
「でも、食べずに体力が落ちたら、いざという時、逃げられませんよ?」
「お嬢様! どうかこちらに……」
そう言って、大人の女性が女の子を抱き寄せ、蓋の下から離れる。ちらっと見えたが、上から見てもはっきりとわかるくらい、大きなオッパイの持ち主だった。母上と良い勝負かな。おっと、シャルルのホームシックが始まりそうだ。俺は違う事を考える。
「お嬢様という事は、どこか身分のある方ですか?」
でも、誰も答えてはくれない。そりゃそうか。人質としての価値が知れてしまうのもマズイだろうね。僕はロープを使って食事を下ろした。
「次の食事の時に食器を戻してください」
ロープを引き上げながらそう言うと、先ほどの女の子が、
「あなたは海賊の子なの? なんでそんな目立つような立派な鎧を……」
「違いますよ。まぁ、境遇は似たり寄ったりです」
「な、なら私たちを助けなさい!」
「ごめん。海の上では手も足も出ないよ」
「あ、ちょっと待ちな……」
俺は残念そうに首を振り、蓋をしめた。
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「いい女がいたか?」
捕虜の皆様に食事を提供して戻った僕に親方がそう聞いてきた。親方は椅子に腰掛け、いつものように酒を飲んでいる。
「わかりません」
「そうか……まぁ、その年齢じゃ、お母さんのオッパイが恋しい頃だもんな。女の良さなんて解らんか」
親方の目が優しく俺を見つめる。
「なぁ、坊主。お前、逃げたくはないのか?」
何を言い出すんだ、このおっさんは……
「お前を見ていると、死んだ子供を思い出すんだ……お前、このままだと次の港に入った段階で殺されるぞ」
「え?」
「その赤い鎧、相当の値打ちもんだ。船長は次の港で魔法使いを手配して、お前の身体から鎧を剥がすつもりらしい。そうなれば、お前は用無しだ」
「そんな……」
まずいぞ。
魔法使いの力がどんなものか判らないが、鎧を剥がされたら殺されてしまう! やばい、お腹がゴロゴロ鳴り始めた。こんなプレッシャー、シャルルには耐えられん。考えろ! なんとか現状を打開しないと!
「俺と一緒に、この船を乗っ取るか?」
「はい?」
親方がそんな事を突然言い出した。
「俺はお前の事を助けてやりたい。そうするには、船長を殺して、この船を乗っ取るしかない」
「そんな、短絡的な……」
「俺は……俺の息子を助けるためには、なんだってやってやるぞ。もう2度と、俺の子供を奪わせるわけにはいかない」
なんか大丈夫か、このおっさん。
「親方、落ち着いて。そんな簡単に船長を殺せないですよね? それにその後、この船を乗っ取るなんて……」
「大丈夫だ。なんとかしてやる」
「いや、ダメですって。何とかなるで戦って勝てた戦いなんてありませんよ!」
「ダメだ。お、俺はやる……」
親方が立ち上がろうとした。
「ダメです! ダメですって」
「いや、時は満ちた。今こそ、俺は誇りを取り戻す!」
どっかイッちゃった眼をしながら、親方は宣言した。どうしたんだろう、昨日までは俺の事に目をかけてくれてはいたけど、こんな訳のわからない事を言うタイプじゃなかったのに。だが、いくら説得しても「俺がやる」しか言わない親方に、僕も覚悟を決めた。不本意でがあるが……
「わかりました、それでいきましょう……」
僕はこうして海賊船を乗っ取ることにした。
色物みたいなタイトルのお話にブクマ、感謝です。
タイトルはアレな感じですが、中身は真っ当な冒険ファンタジーになる……予定ですので、楽しんでいただけたら幸いです。
さて、今回の連載はここからタイトルだけ次話予告していきたいと思います。
という事で次回!第5話「僕はこうして婚約した」 お楽しみに!