24.僕はこうして赤い悪魔と呼ばれるようになった
遅くなりました!
「な、何を……した……」
目の前に差し出された魔王と名乗る幼稚園児の手を睨みながら僕は声を絞りだした。
「何って? 掃除をしただけだよ」
こいつは、指を鳴らしただけで通りにあった全てを消し去ったと言うのか。
「ほら、握手」
「ふ、ふざけるな!」
僕は慌てて魔王から距離を取り、スンを呼び出す。
「スン!」
「主様!」
足元の宿屋からスンが飛び出して僕を庇うように、僕の前に立った。そのスンを見て、魔王が呟く。
「ああ、これは懐かしい顔だね。先代ではお世話になった」
「魔王、久しぶり」
「真祖は元気?」
「元気に子作り中」
「ふーん、もう一人、作り出す気なんだ」
スンが魔王と呑気に世間話をしている。
「スン! こいつは大丈夫なの?」
「主様、大丈夫。ただの敵」
「それ、大丈夫じゃないから」
「そう、僕は敵だよ! 僕は、君のお父さんの不倶戴天の敵。最悪にして災厄の存在。この世界を打ち壊すモノ! 史上最強の魔王! ジャック・ジャック・ジャーック!」
幼稚園児が両手を広げて、叫びだしたよ。どうやら、踏んじゃいけない地雷を踏んじゃった気分だ。世界を壊す? いきなりボスキャラみたいな展開って何なんだよ! 聞いてないんだけど! 魔王は悦に入ったのか、色々と喋ってくれる。
「初代、二代目と僕は君のお父さんに邪魔をされたんだ。2回とも、まだ計画を始める前だぞ! いくらなんでもルール違反だろ! 僕が十分に力をつけて世界を脅かし、それを救うために勇者が立ち上がる! これがセオリーってものだ! なのに、君のお父さんは、僕が生まれるとすぐにやってきて、僕を滅ぼしたんだ! 2回も! 2回もだぞ!」
なんか、鬱憤が溜まっているみたいだね。我が父ながら、もう少し気を使ってあげれば良かったのになぁ……
「そこで僕は考えた。最初から魔王の身体ひとつではなく、才能のある身体に分散させて、魂を封じ込め、真祖にみつからないように、各地でゆっくりと力をつけ、完璧な状態になってから世界を滅ぼそうとね」
ああ、だから幼稚園児の身体なんだね。JJJって可愛い名札も付けて……
「そして、一人目の依代をみつけて隠れた上で、学園の中で分散して運用していくはずが……」
あれ、なんか心当たりがあるんですけど。
「計画を始めた矢先に真祖の子供に妨害されるとは思っていなかったよ。おかげで、非常に困ったことになったんだ」
魔王の身体から湯気のような物が吹き出ている。ちょっとヤバイんじゃないか。
「運用を始めちゃったもんだから、ただの子供の身体だと僕の魂をおさえ続けるのは難しいんだ。だーかーらー」
あ、嫌な予感がしてきた……
「ソノカラダヲヨコセ!」
魔王の口から黒い煙のようなモノが飛び出してきた。
「うわ!」
黒い煙を吐き出した魔王の身体はそのまま、園服だけを残して崩れ落ちた。そして黒い煙は僕の顔に迫り来る。これが僕の中に入ったら、僕が乗っ取られるという事? そんなもん、逃げるでしょ……
「スン、剣に……」
「ん」
僕は煙を避けながらスンが変化した剣を掴み取る。これで切り刻めればいいんだけど、煙だしなぁ。
「ヨコセ!」
黒い煙が怪しく光り、稲妻のようなものが僕を襲う。僕の全身は光り輝き……
「う、うわー! って、痛く無い!」
アニメみたいに光りを避けたりする事は出来ないけど、とりあえず何とも無い。
(主様、避けて)
いつもの通り、ダメージは無いかと油断しかけた僕の脳内に、スンの少し焦ったような声が響いた。その声に慌てて僕は逃げ出す。だけど相手は稲妻なので、ちょっと方向を変えただけで僕にまた当たってしまう。光の速度は1秒間に地球を7周半。アニメの主人公とか、どうやって避けている設定なんだろう。考証が甘いんじゃないか!
「くそ!」
僕は宿から飛び降りて、障害物が全て吹き飛ばされた道に降り立ち、宿屋と反対側の建物の陰まで逃げこむ。陰に飛び込むまで攻撃は喰らいっぱなしだったが、なんとか一息……
「え? 焦げてる?」
今まで、これっぽっちも傷つかなかった赤い龍鱗の鱗の一部が焦げていた。これはダメージが少し通ったって事なのだろうか。スンが警告してきたので、ヤバイとは思ったけど、これって本格的にまずいんじゃないか?
(主様! 来る!)
その瞬間、稲妻が僕が隠れていた建物をぶち抜いて、僕に当たった。
「うわっ!」
さっきまで、光っているだけで何も感じなかったのに今回は大きな衝撃があり。僕は吹き飛ばされてしまった。転がった先で急いで立ち上がり、思わず離してしまった剣を慌てて持ち、さらに逃げ出す。
「うわっ!」
「うわっ!」
「うわっ!」
その後も、僕は魔王の死角を求めて建物の間を縫うように走ったが、僕が逃げる方向、逃げる方向に建物をぶち抜きながら、稲妻が届くようになった。このままでは、ジリ貧だ。建物の中には人が住んでいて、悲鳴も聞こえるが今は自分の身が最優先。本当に申し訳ないと思いつつも、身内である、セリアやリナがいる宿屋から離れるように逃げに逃げた……
そして、とうとう……
「スン、どうしよう! 隠れる建物がもう無い!」
僕は村の端にまで追いつめられてしまった。僕が通った後は惨憺たる状態だ。いくつかの建物が瓦礫になっていて、火の手も上がっている。死者が出ていなければいいんだけど……
「ケケケ、カラダヲヨコセ!」
僕から10メートルくらい離れた場所に黒い煙が追いついてきた。そして稲妻が一発。僕は再び吹き飛ばされる。当たった場所が、また黒く焦げていた。
「くそ!」
仕方がない。覚悟を決めるか。無敵を誇っていた防御力が破られるのなら、攻撃で上回ってやればいい話だ。僕は渾身の力を込めて黒い煙に向かい剣を振り下ろした。
ガキッン!
「えっ?」
手応えが無いかもと思っていた僕の手に大きな衝撃が走り、剣が刃の途中で折れた。剣先は僕の後方に回転しながら飛んでいき、地面に突き刺さる。僕は自分の手元に残された剣を見つめる。これって、これって、これって!
「スン! 返事をして! 元に戻って! ねぇ! スン!」
スンが変化した剣が壊れた。絶対的な防御力が破られ、パートナーとして一緒に歩んできたスンが壊れた……ショックで呆然となる僕を、魔王は待ってはくれない。目の前の魔王が、再び光り、僕はまたもや吹き飛んだ。それはこれまでとは比べようもない大きな衝撃だった。
「あ、あっ、ゴフッ……あ、あ……」
地面を何度も転がり、少し血を吐いた。痛みが震えとなって僕の身体を襲う。これは僕が旅を始めてから、初めて感じた身体の痛みだった。右足が変な方向に曲がっていた。左肘から先が取れかかって、ぶら下がっていた。その左手は、そんな状態でも手放さなかった剣が握られている。僕は、その剣と、倒れこんだ目の前に突き刺さっている剣先の2つを交互に見つめながら、必死に呼びかけた。
「スン、ねぇ! スン! ゴフッ……ゴフッ! ス、スン!」
だが、いくら呼びかけても、やはり何の応えも無い。
その時、さらに一層大きな光が生み出される。僕は視線を上げ、黒い煙となっている魔王を見つめた。だが、そこには最早、黒い煙が何も見えないくらいの光りの塊があるだけだ。駄目だ。あれが当たれば、僕は助かりそうも無い……
「は、はは」
足が折れた事で立ち上がる事も出来ず、スンの形見となったかもしれない剣の残骸をみつめながら、僕は力なく笑う事しか出来なかった。そして、僕は光に飲み込まれ……
(シャルル、しっかりしなさい)
強い光りが終わり、あたりに暗闇が戻る。僕の瞳孔がゆっくりと絞られ、少しずつ視界が戻る。そして僕の目の前には…… えっ?
(ふう……ちょっとキツかったわね)
いつの間にか、僕の身体から赤い鎧が外れていて、僕の目の前に浮かんでいた。そして、その鎧と重なるように、大人の女性が僕に背を向けて立っている。身体が透けて見えるので、実体は無い存在のようだ。背中を向けているのに、なんで女性で、大人かって解るかというと、その身体は服を来ておらず、背中の影から除く膨らみは間違いなく大人の女性のオッパイ。
そして、僕はそのオッパイを知っている。だって、だってそれは……
「母上!」
僕の鎧と重なっているのは僕の母上だった。
「クッ、セイジョガキタカ」
(お元気そうで何より、魔王。あなたのせいで、髪の毛が少し焦げたじゃない。あの人が悲しむわ)
「母上! どういう事です! それに、スンが! スンが返事をしてくれません!」
母の顔を見た安心感と、スンが返事をしてくれない恐怖に混乱した僕の目からは涙が溢れだした。
(シャルル、ちょっと待ってなさいね。すぐ来ますから)
「な、なにが……」
ドシャっという音が僕のすぐ後ろから聞こえ、僕は振り返った。そこには……
「ジャーック、久しぶりだな」
「クソ、マタマニアワナカッタカ!」
「何度やっても同じだって。なぁ、ジャーック」
「父上ー!」
そこには、ゆったりとした白いローブを着こみ、腰に黒い帯を巻きつけ、大ぶりの剣を肩に担いだ父の姿があったのだ。
「シャルル、頑張ったみたいだな。とりあえず、ここからは任せておけ」
その一言だけを残し、父の姿が一瞬ゆらいだ。そして、
「グギャー、アキラメンゾ! マタモドッテクルカラナ! オボエテロー」
僕をあんなに苦しめた黒い煙となった魔王を一刀の元に切り伏せてしまったのだ。
「よし、終わった。シャルル、立てないのか? もう大丈夫だぞ。なんだ、腰が抜けたのか?」
父が爽やかな笑顔を僕に向けた。腕が取れかけて、足が折れているのにどうやって立ち上がれって……あれ? くっついている? 治っている? 両親の顔を交互にみつめると、母上が僕にウインクをした。どうやら回復してくれたみたいだ。
僕の身の危険は去ったみたいけど、僕はそれどころじゃない! それと、いくら実体が無いみたいだとはいえ、いつまでも裸だというのは、問題だぞ母上!
「スン! スン! もう大丈夫だから! 元に戻って!」
僕は折れた剣と刃先をくっつけるようにしながら、必死に呼びかけてみた。父も母も来たんだったら、助かるかもしれない。僕の身体の傷も完全回復したし! 大丈夫、まだ望みはあるはずだ!
「シャルル、あー、その剣はもう駄目だぞ。魔王の気を吸っちまった」
「そんな、父上! スンを助けて! 母上!」
「スン? マリア、誰の事だ?」
(キリコの事よ)
「ああ、そうか……シャルル、キリコに会っていたのか。うーん、そいつは予定外だったなぁ」
「キリコって、スンの事? 父上、スンを助けられる?」
「それは済まないことをした……キリコじゃないか、スンを剣の状態で戻す事は出来ないんだ。また新しい剣を作ってやるから、それで勘弁してくれないか?」
「スンは助けられないの? もう無理なの?」
僕が一番辛い状態を救ってくれたスンを失う恐怖で、心が張り裂けそうだった。前世での、たった一晩だけの彼女を失った時の辛さなんて、まったく比較にならないくらいの喪失感が僕を襲う。今にして思えば、なんで道路に飛び出す程、怒り狂ったのか理解が出来ないくらいだ。大切な人を失うっていうのは、こういう事を言うんだ。まさに目の前が真っ暗になるっていうのは、比喩でも何でもなくて、文字通りの言葉だったんだ……
「あ、なんか誤解しているようだけど、キリコは死んだ訳じゃないぞ? 駄目になったのは剣の方だけだからな」
へ?
「まぁ、しばらくは会えないけど……そこは我慢してくれ。かならずまた会えるから。それより、お前……なんか、集まってきているけど、大丈夫か?」
スンとまた会えるという言葉に、僕はフラフラと立ち上がった。そこに浮いていた赤い鎧が近づいてきて僕の身体にピタリと重なる。
(ここまでよく頑張ったわね。村全体を対象に全回復を使ったから死者、怪我人ともにいないから安心してね))
母の言葉が僕の耳に触り、母の姿は消えた。そして鎧はいつも通り、僕の身体を守る存在となった。母に守られているらしい安心感を胸に顔を上げたその先には、何百人という人集りがあった。村人が出てきたらしい。
彼らは僕から距離をとりつつも、こちらを憎々しげにみつめていた。人集りはどんどん増えてくる。
「あ、悪魔め……」
「俺の家をよくも!」
「あの赤い鎧は、ジャンユーグ商会を潰した悪魔だ!」
「俺達の村を、この赤い悪魔が!」
ああ、群衆の先には燃え盛る村が見える。誤解なんだけどね。僕じゃないんだけどね。
「ち、父上、どうすれ……ば……って、いねーし!」
助けを求めるように僕は後ろに立つ父の姿を探したが、そこには誰もいなかった。
「逃げ出したな……あの野郎!」
こりゃ、仕方が無い、僕もそうするか。セリアやリナ達は後で合流しよう。うん、当初の予定通り! 今日を以って、この村から離れるという事で!
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僕はこうして赤い悪魔と呼ばれるようになった。
……うん、こればっかりは、全くをもってして本意じゃない。
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
次回! 最終話「エピローグ: 僕のオッパイ」
未回収の設定が沢山ありますが、次回で第1部完となります。なお第2部は別連載という形を取るか、このまま続きを書くか思案中。続ける場合にはタイトルを変更するつもりです(一度、完結設定にはするつもり)




