2. 僕はこうして旅に出た
「ははうえ、シャルルは旅に出ます!」
父上との男同士の話をした翌日、俺は母上に自分の決意を伝えた。
ダメだ、怖すぎる。一分一秒足りとも、ここにいたくない。
「まぁ、シャルル、どうしたの? お父様に何か言われましたか? お母様に話してちょうだい」
そう言って母上は俺を膝の上に抱き上げ、ギュっと抱きしめてくれた。思わず、柔らかいオッパイの感触に決意が揺らぎそうになるけど、あ……シャルルの部分は、もうフニャフニャになって眠気すら覚え始めている。だが、今日は負けん!
「ははうえ! 男にはやらなければならない時があるのです。シャルルは旅に出ます!」
それは昨晩の話……
----- * ----- * ----- * -----
「消費税は今、何%になった?」
書斎にあるソファに腰をかけた俺に、父上は問いかけてきた。
「しょうひぜいですか? ちちうえ?」
『消費税』の部分だけは日本語だった。だから俺は父上が言っている事は理解ができなかったんだ。
「そうだ。消費税だ……あーもしかしたら、名前が変わっているかもしれん。ちなみに、平成はまだ続いているか?」
「ち、ちちうえ……まさか……」
そこまで聞いて、俺は父上が何を言っているのか気が付いた。
「ちちうえも、日本から来たのですか?」
「ああ、やっぱりシャルルもか……俺は1993年、平成5年の日本からこっちに転移してきた。バブルってわかるか? そうか……ちょうどバブルがはじけて、就職活動が大変でな……なかなか内定が取れなくてどうしようと思っていたら、この世界の森の中だったんだよ」
驚いた。父上は日本からの転移者だったんだ。
「シャ、シャルル……お、俺は……平成28年の日本から……だから父上の転移をしてから23年後の世界から、こっちに転生してきたんだと思う……ます」
突然、身体のコントロールがやりやすくなった。シャルルインターフェースが引っ込んだ感じだ。これなら、俺の言葉で直接父上と話せるな。
「お、それがお前の本当の話し方か? 可愛いシャルルがどっかいっちまったな。まぁ、いい」
いいのか? 俺はそのまま、俺が死んだ時の経緯を話した。
「そうか……お前の場合は生まれ変わりなんだな。じゃあ、中身は俺とそんなに年齢が変わらないじゃん」
「父上は今、何歳なんだ?」
「今年で34歳だ。俺がこっちへやってきて12年。どうやら、日本とこっちの時間の進み方は違うみたいだな」
「そうだな、なんか変な感じだ」
父上と顔を見合わせお互い苦笑を浮かべた。
「じゃあ、こっちの世界に来る時、すっげーオッパイのでかいお姉ちゃんに会ったか?」
「いや……俺は気がつくとこっちの世界で赤ちゃんをやっていた」
「そうか……それはそれで、エグいものあるんだな……じゃあ、お前、マリアのオッパイを吸っていた時、意識があったのか?」
「うっ……すまない。さすがに赤ん坊の身体じゃ、母乳を飲むしかなかったし、そこまで上手にこの身体を制御できている訳じゃないのだ」
「制御?」
俺は父上にシャルルと俺の部分の違いを説明する。
「へぇ、シャルルインターフェースね。ま、何となく理解した。我が息子ながら中身が30のおっさんにマリアのオッパイを吸われたかと思うと、ぶん殴りたくなるのは我慢しよう」
ち、父上、殺気がマジなんですが……
「ふん。シャルル、それじゃあ、こっちに来る時にもらった特殊な力みたいなものも無いのか?」
「父上にはそんなものがあるのか?」
思わず俺は身体を乗り出した。
「ああ、ある。結構、便利な力が多いぞ」
一つじゃないんだ。スキルチートみたいなものか……・
「シャルルには無いのか……それは不便だな……」
そう言いながら父上は俺の事をじっと見つめる。
「ふむ、確かにシャルルには、そう言った力は無さそうだ」
「え、ステータスが解るのか?」
「ステータス? なんだそれは?」
そうか……1993年に転移しているって事は、テンプレとか知らないんだよなぁ……
「ロールプレイングゲームの数値みたいなものだよ。HPとかMPとか」
「ああ、ファミ○ンのゲームみたいなもんかな? 俺、あんまりゲームとかやってなかったから詳しく無いんだ」
「それで、父上は俺の能力の何が見えるんだ?」
「見えるっていうか、何となく分かるって言えばいいかな……」
「数字で見えたりするのか?」
「いや、数字じゃ見えないぞ。こいつ素手で強いな……とか、剣を持つと強いなって事がわかるくらいだ」
「そうか……」
達人の話を聞いているみたいだな……
「父上の能力は他にどういうものがあるんだ?」
「ああ、知りたいと思った知識が、ブワッと湧いてくる」
何だ、それ。スッゲー便利じゃん。
「その力があったから俺はここにあった村を大きくして領主になれたんだけどな」
「へー、どういう事をしたんだ?」
「農業開発に干拓事業、新しい工芸品に養蜂業、養蚕業。治水に下水事業……大きくはそんな所かな」
俺は、がっくりと膝をついた。
「ち、父上……もうこの街は内政チート済みなんですね」
「何だ、その内政チートっていうのは?」
俺は元の世界でお約束になっている異世界転移における内政チートについて話をした。
「はぁ……面白いな、今の日本は。俺がいた頃はハウツー本とか流行っていたけどな」
「な、内政以外には何かやってます?」
「ああ、魔王なら2回くらい倒したぞ」
ハァ? 魔王がいるんですか? 2回も倒したって?
「俺の身体、鍛えれば鍛えるほど強くなるようになっていたからな……ついでに2度ほど魔王が生まれたので、サクサクっと滅ぼしておいた。ああ、マリアはその時、一緒に行動していた回復専門の魔法使いだぞ」
勇者のパーティですか? 母上、魔法が使えるんですね……というか、魔法があるんですねー。
「シャルル? なんで泣いている?」
「父上と母上の凄さに比べて、何も無い自分の無力さを嘆いているんです」
「この世界の子供としては普通だけどな」
「母上もこの世界の人ですよね?」
「ああ、マリアはそうだな。まぁ、普通というか、元この国の王女だけどな……」
はい?
「魔王を滅ぼす時に知り合って、そのまま付き合っちゃった」
父上は頭をボリボリと書いた。初めて知る両親の馴れ初め。
「生まれ変わったのに……生まれ変わったのに……シャルルは何も持っていないんですね、ちちうえ」
俺がショックを受けすぎたのか、シャルルの部分が前に出てきた。
「そ、そうだな、シャルル。でもお前は父と母の愛情をたっぷりと受け継いでいるんだ。それじゃダメか?」
「そんな、言い方はずるいです。シャルルは男です。何も出来ないままでは終われません」
「おい、まだ4歳じゃないか……」
「……鍛えます。シャルルは武者修行に出て、父上と母上を越えてみせます。チートとかなくても、自分の力でやってみせます。この世界に生まれ変わった意味を見つけます!」
俺はこうして4歳ながらに旅立つ事を決意した。
----- * ----- * ----- * -----
「マリア、行かせてやれ」
俺が母上に旅立ちの決意を伝えていたところへ、父上がやってきた。
「あなた、そんな……」
「シャルルの言う通り、男には旅立たなければいけない時が来るんだ。シャルルは、それがちょっと早いだけなんだ」
「だって、まだ4歳なのに、旅なんて……」
母上がそういうのを手で押さえて、父上は……
「セリア! お前も付いていけ」
「し、師匠! そんな」
あれ? セリアってメイドじゃないの?
「お前も外で修行をしてこい。ここで俺が教える事は無い!」
「わ、わかりました。師匠、不肖このセリアがシャルル坊ちゃんをしっかり守ります」
保護者付きの武者修行じゃ意味ないじゃん!
俺の心のツッコミは届く事なく、セリアは準備をしてくると言って、自分の部屋に走った。
まぁ、確かに4歳児が一人でウロウロしていたら、すぐ連れ戻されるのが関の山か。ただ、セリアもまだ14歳なんだけど、いいんだろうか。
「シャルル!」
「はい、父上」
「これは餞別だ」
父上が俺の頭の上に手を乗せ、何やら呟く。
その瞬間、俺の魂とシャルルの心の結びつきが強くなった。なんだろう、今まで一本のパイプでつながっていたものが、百本くらいのパイプで繋がるようになった感じだ。
僕は父上の顔をじっと見つめる。
「あと、これはサービスな」
そう言いながら今度は僕を抱きしめた。
「あ、あなたズルい! だったら私も……」
そう言って母上も僕の体を抱きしめながら呪文のようなものを呟く。
「よし、いいだろう。シャルル、お前には俺とマリアの2人分の加護を授けた。これでセリアと二人でも問題なく旅を続ける事が出来るだろう」
「加護ですか? それはどんな力なんですか?」
「私からは聖女の加護を授けました。これであなたは、あらゆる状態異常を防ぐ事ができます」
「俺からは勇者の加護を授けた。すぐに効果は無いが、今後のシャルルの成長が飛躍的に早くなるだろう」
「あ、ありがとうございます」
これって、チート?
「それから、これを持っていけ」
父上が僕の体のサイズにあった赤い皮の鎧、兜、靴、小手を渡してくれた。
「昔から赤いと3倍と云う伝説があってな」
「え、父上……それって……」
「お、シャルルも知っていたのか。そうか、そうか。まだ伝説は続いていたか」
なんか父上は満足そうな笑顔を浮かべている。
「その鎧は俺が退治したレッドドラゴンの鱗を使っている。防御力は半端ない上に、属性効果の無効化、魔力の強化が付いている。それに子供がつけても違和感が無いくらい軽い。お前の成長に合わせて大きくなる、シャルル専用の鎧だ。ほら、目立たないように、ツノも付けてあるぞ」
「父上……でも、これって、いつ用意してくれたのですか? 僕が旅に出るっていう話は昨日の夜の事なのに……」
「材料があったので、徹夜で作った。ま、俺の能力の一つを使ったけどな」
父上はニヤリと笑いながら片目を閉じた。父上の能力、凄すぎる。
「それに武器はこれを持っていけ」
これまた僕の体に合わせて作ったショートソードが渡される。
「お前の力に合わせて威力を発揮する。斬れ味はいつまでも変わらない。他の人間が使う事が出来ない。盗まれても、お前が呼べば勝手に戻って来る。あらゆる属性防御を無視した攻撃が可能、大きさもお前の成長に合わせて適切な形状になる。そんな感じで作ってあるから安心して使え」
「あ、ありがとうございます。でも、これだと修行にならないような……」
「何言っているんだ。この装備はお前が道半ばで死なないようにするためのものでしかないぞ。この程度で無敵になるような甘い事を考えているなら、止めたほうがいい」
父上の目が突然、厳しくなった。おしっこをチビりそうになるから、その目はやめてくれ。
「ご、ごめんなさい。僕は修行の旅を少し甘く考えていたんですね。父上の言葉を肝に銘じて、驕らずに旅に出ます」
僕の言葉を聞いた途端、父上の目が優しくなった。
「うむ、これはすぐに知ることになると思うが……この世界で本当に怖いのは人間だ。人間の怖さに比べれば、魔物や魔族などゴミみたいなものだ」
それってどういう……それに魔物やら魔族がいるんですね、この世界は……えーと、修行の旅はもう少し大きくなってから……そう言いかけたその時、父上は僕の両肩にその手を置いて、
「昨日は色々言ったが、俺はシャルルの事を誇りに思うぞ。俺の息子として存分に世界に挑戦してこい」
こう言ってくれた。母上も、僕の体をもう一度抱きしめ涙ながらに、
「シャルル……身体に気をつけてね……たまには帰ってくるのですよ」
と囁く。あ、もう止めたとは言い出せない……
「はい……ち、ちちうえ、ははうえ……」
旅立ちの寂しさでシャルルの部分が前に出てくる。涙がこみ上げて……
「シャルルが帰ってくる頃には、きっと弟か妹もいるはずです」
「は……い?」
その言葉にシャルルの部分が引っ込んだ。僕は母上を見つめ、そのあと、父上を見つめた。
僕の視線を受けて、父上は気まずそうに、遠くを見つめる。
「いや、なんだ……シャルルがいると、やりにくいとか、そんなんじゃないから……」
どうも気前がいいと思ったら、そういう事か?
父上が慌てて僕に近づき、耳元で囁く。
「ほら、お前の中身の事もあるし……マリアは俺のヨメだし……あのオッパイは……なぁ……」
「はぁ……わかりました。わかりましたよ、父上。僕は僕のオッパイを探します」
「そうか……うん、そうしろ。専用機は大切だぞ。良い女を捕まえろよ。セリアでもいいぞ」
「父上、4歳の子供に何を吹き込んでいるんだ?」
「ふっ、認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ちというものを」
「おい!」
ご、ごほん。
父上が咳払いをして、俺から離れる。
「まぁ、この世界は……きっとお前を歓迎するはずだ。息子よ、楽しんでこい!」
その言葉に僕はニヤリとし、父上にこう叫んだ。
「はい! 行ってまいります!」
僕はこうして旅に出た。
明日も2話投稿予定です。