16. 僕はこうして孤児院を経営することになった
また長くなっちゃいましたが、ギリギリ、2話に分けるのには足りないので、このまま投稿します。
さて、落ち着いて見るとこの状況はまずいかな?
「主様」
「わ、びっくりした」
スンとセリアが会長室に顔を出した。二人は壁に突き刺さっている死体をちらりと見た。バレちゃったか。まぁ、仕方ないけど……僕は努めて冷静に、
「どっから入ってきたの?」
と言うと、セリアが頭を下げた。
「ごめん、シャルルの後をつけてた」
「どこから?」
「冒険者ギルドから……でも、この中に連れ込まれるのを見て、外から様子を伺っていたら、シャルルが飛び出して……」
「そう」
「追いかけようと思ったけど、全然追いつけなかったから、ここに戻って、後処理をしていたの」
「後処理?」
「はい、これ……」
セリアが一枚の木札を出した。僕は木札を受け取って眺める。難しい単語が多いので意味が読み取れないけど、冒険者ギルドのものみたいだ。
「何これ?」
「冒険者ギルドからの、正式なジャンユーグ奴隷商会の捜査依頼。容疑は不法な人身売買、誘拐、監禁、傷害、奴隷虐待、殺人」
「どういう事?」
「主様の行動が合法となった」
「へー、そうなんだ……」
セリアが動いてくれたおかげで、2人を殺害し、2人をダンジョンに捨ててきた僕の行為が合法になったって事? いくらなんでも、この世界、緩すぎないか?
「ジャンユーグ商会が非合法の活動をしているらしいという疑惑がかねてからあって、内偵は進めていたそうです。それが今回、こういう事態になったという事で、これを利用して商会を完膚無きまで潰してしまおうという判断がされ、シャルルが緊急依頼を受託していたという事になってしまいました」
セリアがギルド側の内情を説明してくれた。
「そんな事が通用するの?」
「はい。こちらも、ギルドとの調整で、お父様の名前を使わせていただきましたが……」
ここでも父上の力が通用するのか……どんだけ、この世界に影響を与えてるんだよ。
「それにしても、あそこで見ていた従業員もいたと思うんだけど、そこは大丈夫?」
「そこは私の方で口止めをしたので大丈夫です。まぁ、元々かなり怯えていたみたいなので、問題ないでしょう。余計な噂が出てもギルドも握り潰してくれますよ」
セリアが口止めという所で笑顔を浮かべた。一体、何をしたんだろう。オラスさんのトラウマになっていなければいいんだけど……
「会長は逃亡し行方不明、抵抗した一部の護衛は排除……という形で、シャルルの行為は全て合法であったとして処理は終わっています」
「それにしてもセリア、仕事が早すぎじゃない?」
「私はシャルルのメイド兼護衛ですので」
「僕を置いって言ったくせに?」
あ、余計な一言を言ってしまった。セリアの顔が絶望に染まる。
「ごめん、冗談だから。今回はセリアのおかげで助かった。本当にありがとう」
そう言って、セリアの腰に抱きつく。
「シャルル……」
セリアもしゃがみ込んで僕を抱きしめてくれた。そんな僕の背中をトントンとスンが叩いた。
「主様、これを片付ける」
「これ?」
僕はセリアから離れてスンを見る。
「これ」
スンが指をさした先には2人の死体がある。邪魔って言っても、現場を保存とかしなくていいのかな?
「吸って」
「え?」
スンの一言で死体が吸い出されて、
「わ、わわ」
そして、あっという間に僕の鎧の中へ消えた。
「……」
「片付け終了」
「スン? これって僕の鎧に収納しちゃったのかな?」
「問題無し」
「そうなの?」
「そう」
散らばっていた肉片、血の跡もキレイに吸ってしまったようだ。会長の腕の肉もその辺に散らばっていたはずなんだけど、欠片も残っていない。たいしたもんだ。これが全部、僕が着ている鎧に入っているかと思うと複雑な気分だけど、いつかタイミングを見て、捨ててしまうしかないかな。
「じゃあ、ここはこれでおしまい?」
「はい、それでは冒険者ギルドへ依頼完了の報告に行きましょう」
釈然としない気持ちもありながらも、促されるままに階段を降り、一階の廊下を歩いていると、奴隷部屋にいた男が僕たちの事を呼び止めた。
「おい、あんた達? 何が起こったんだ?」
「はい?」
「なんか、大騒ぎになっていたけど、どうなっているんだ」
「わ、私たちはどうなるんだい?」
「みんな、走って外に逃げて行ったけど、私たちは大丈夫なの?」
他の奴隷達も次々と不安を口にする。確かにこの場合、この人達はどうなっちゃうんだろう。
「とりあえず、ここで待っていてもらえますか。ギルドで皆さんの事はお伝えしておきますので、対処はしてくれると思います」
「そ、そうか……わかった。このままここでいればいいんだな」
僕が答えると安心したのか、みんな大人しくなってしまった。
ここから出してくれって騒いだりしないんだね。この状態に慣れてしまっているんだろう。これが奴隷根性というものなのかな。僕は慣れる前で良かったのかな。
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表の入り口から外に出て、僕たちは冒険者ギルドまで移動した。
冒険者ギルドで窓口で依頼完了の手続きをする。
窓口のお姉さんがホッとしたような顔を、僕に向けた。
「無事で良かった。ご苦労様」
「はい、ご心配をおかけしました。お陰様で無事に戻ってこれました」
やっぱり心配してくれていたんだね。良かった。
「依頼主が来ているので、直接報告をお願いします」
「お前達が、ジャンユーグを潰してくれたのかい」
突然背後から声がしたので、振り返ると、品の良いお婆さんが二人の若い男を従えて立っていた。どこかで見た事があるお婆さんだな……あ、僕を競り落とそうとしていた人だ。
「ようやく、この村の膿を出せて清々した。お礼を言っておくよ」
「はぁ」
この人の立ち位置がわからない。
「お前さんは、一昨日セリにかけられていた子だね。この子はこっちで保護……あら、刻印がされていないじゃない……これじゃ、うちで保護できないわ」
「それってどういう事ですか?」
僕が質問をすると、
「奴隷商会で残された奴隷は、うちの商会で保護する事になってんのよ。その上で、本人に確認して解放するかどうかを決めるの」
「みんな、解放をしてあげるんじゃないんですか?」
「奴隷として生きてきた人達は、今更、別の生き方が出来ない場合があるの。なので、そこは本人次第。自分一人で生きて行く力が無いのに解放しちゃっても、誰も幸せにならないしね」
「そうですか、商会の中に奴隷の皆さんは待機してもらっているので、それでは後を宜しくお願いします」
「ああ、それは任せておいて。でもセリの時と随分、雰囲気が変わったわね」
そこでギルドのお姉さんが口を挟んだ。
「タニア様、この方が今回の依頼を達成されたシャルル様です」
「こんな小さな子かい? はぁ……それは驚いた。セリではオドオドと周囲を見回すだけだったのに」
「もう2日も経っていますから」
僕の感覚では数ヶ月は経過しているけどね。
「ふふ、言うじゃない。男子3日会わざれば刮目せよってことね。気に入ったわ。今度、是非うちの屋敷に遊びにいらっしゃい。色々と話を聞きたいわ。私の事はタニア婆といえば、たいていの人が教えてくれるはずよ」
「ありがとうございます。僕はシャルルと言います。こっちがセリア、こっちがスンです」
「シャルルね。覚えたわ。また会いましょう」
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人の良さそうなお婆さんという印象だったんだけど、実際に話してみて、印象が変わったな。あれは、やり手婆さんだ。人は見かけによらないっていう事を覚えておかないと。
僕はギルドで思ったよりもはるかに高額な報酬をもらった後、窓口のお姉さんが紹介してくれた宿屋で休む事にした。何ヶ月ぶりだろう、ゆっくりベッドで足を伸ばせるなんて……
「セリア! 僕、美味しいものが食べたい!」
「主様、それは良い考え」
「わかりました。宿でお願いしてみましょう……ところで……」
「何?」
「シャルル、ずっと聞きそびれてしまいましたが、この子は誰ですか?」
「今更?」
「はい、ダンジョンではお名前だけ聞いておりましたが、どこの子なのでしょうか?」
「言わなきゃ駄目?」
「はい」
「スン、どうする?」
「主様が決めればいい」
「わかった。じゃあセリア、宿に着いてから説明するよ」
言葉で説明するより、実際に見てもらった方がいいだろう。
僕たちは宿で3人部屋を取った。
フロントで若い男女が同じ部屋でフシダラな! なんて事もなく……まぁ、見た目は少女と幼児が2人という平均年齢いくつよ! っていう3人組だから、そんな事は言われないか。
宿で部屋を借りている事を表す木札を受け取り、2階へ上がり指定された部屋に入った。
「それじゃあ」
部屋のドアを閉めた後、セリアにベッドの上に腰掛けてもらって、僕はスンの正体について説明を始めた。
「スンお願い」
「ん」
スンが一瞬で黒い鞘に入ったショートソードに姿を変える。僕は鞘を持ちショートソードを抜いてみせる。
「これがスンの正体だよ」
「……」
「セリア?」
「……」
「セリア!」
「あ、はい! はい、わかりました。大丈夫です」
何が解ったんだろう。
「スンは魔具なんですね」
「魔具?」
「はい。意思を持った道具を総称して魔具と呼びます。魔具の中でも特に高位のものはモンスターや人に変化すると言われています。私も見るのは初めてですが……」
「これ、父上が造ったみたいなんだけど」
「なるほど、師匠なら造っちゃいそうですね」
やっぱりスンは人間じゃないんだ。感情もあるみたいだから、最近は普通に人として接していたけど……
「スン、元に戻っていいよ」
僕が声をかけると、スンが人の姿に戻った。無意識に元に戻ってって言ったけど、これ、どっちが本来の姿なんだろうね。
「スン、早く服を!」
セリアが何か慌てている。ああ、そうか。鞘に戻してから人に戻ってもらえばよかったな。蒼龍の間では、その辺が適当だったしなぁ。持っていた鞘がそのまま服に変わっていたので、僕はそれをスンに私た。
「はい、スン、これ着て」
「ん」
スンが目の前で服を着始めた。
僕にとっては幼稚園で女の子と一緒に着替えている程度の感覚なので、何とも思わない。『男女七歳にして席を同じうせず』って言うくらいだから、4歳の僕はセーフだろう。でも、セリアはそうは思わなかったみたいだ。
「シャルル、女の子の着替えをじっと見るのは良くありません」
「はーい」
もう今更なんだけどなぁ。
セリアはスンが服を着るのを待って、改めて右手を差し出した。
「スン、セリアです。これから長くなると思いますけど、よろしくね」
「長くなるかどうかは、主様が決める事」
スンはそう言いながらも、セリアの右手を握った。
二人が仲良くしてくれる事はいい事だ。
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久しぶりのまともな食事は本当に美味しかった。
お腹いっぱいになったので、夜はすぐ眠れるかと思っていたんだけど、目を閉じると会長やガエルの顔が過る。今頃、あの縦穴に竜種がやってくる頃かな。それともダンジョンに降りて行って、蜘蛛を説得している頃かな……
後悔なんてしていないけど……落ち着いて考えると、簡単に割り切れるものじゃないね。日本に住んでいた時には、当たり前だけど、自分が誰かを殺すなんて事を考えた事もなかった。彼女が出来ないのが悩みではあったけど、それでも普通に生活をして普通に老いていくもんだと思っていた。死ぬ直前、やっと出来たと思った彼女に裏切られたけど、あの時も、殺したいなんて感情はなかったしなぁ。
そんな事を考えていると、セリアの寝息が聞こえてきた。ダンジョンで少し休めたとはいえ、疲れは取れないよね。今日はゆっくり休んでほしい。
僕はセリアの方を見て、小さな声で呟く。
「僕は強くなったのかな?」
少なくとも、今日相手した人達であれば、素手でバラバラに吹き飛ばせる自信がある。父上の元で修行をしていたセリアよりも、僕の方が強そうだ。もちろん師匠には全く敵わないけど、今の僕は、冒険者としてはそこそこなレベルまで達しているんじゃないかな。まぁ、毎日ドラゴン相手に体力の限界まで修行をしていたんだから、成長してくれないと困るけど……。
僕は軽い一撃で、人を殺せる。
その自覚は持って行動する必要があるんだろうな。
僕は仰向けになって、拳を天井に突き出し、手の平を開いたり閉じたりしてみた。
「主様、眠れないの」
「うん」
「そう」
スンが声をかけてきた。
ここの所、一人で眠るなんて事がなかったため、ちょっと落ち着かないのかもしれない。
「スン?」
「なに?」
「一緒に寝てもらってもいいかな?」
「ん」
スンが自分のベッドから降りて、僕のベッドに入ってくる。ふぅ、これでいつもの通り。スンが横にいるというだけで、安心感がある。これでぐっすりと眠れそうだ。そういえば、いつも僕が先に眠って、後に起きるから気がつかなかったけど、スンって眠っているのかな?
僕の横で眠るスンの温もりを感じながら、僕はあっという間に深い眠りに落ちた。
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突然、布団を剥がされた。
「!?」
不覚だ! 熟睡していたとは言え、この瞬間まで気がつかなったとは……
僕は、スンを抱きしめたまま、膝から下だけを使ってベットから天井まで飛び上がり、天井を蹴って窓際を背にした。僕が飛び出した反動でベッドが二つに折れたが、そんな事を気にしている場合じゃない。飛び上がった一瞬で周囲の状況を把握はしていた。外はもう明るい。ここは2階だし、このままいつでも飛び出せる。
そこでようやく、僕の布団をはがした奴が誰かという事を認識した。
「え? セリア?」
そこには布団を握りしめ、呆然としているセリアがいた。
「突然、どうしたの?」
「あ、スンの姿が見えなかったので、もしかして布団に潜り込んているんじゃないかと……」
「うん、そうだけど……ほら、僕たちはいつも一緒に寝ていたから」
「主様、ぽっ」
スンは平常運転だ。
「そう……ですか……はぁ……私、ちょっと下まで行って、ベッドの弁償について相談……してきますね」
「えーと、何だかごめんなさい、お願いします」
「貞操と道徳とかその辺りを早めに教えないと……」
セリアがブツブツと言いながら、階下にあるフロントへ向かったが、ものの数分で血相を変えて戻ってきた。
「シャルル! 大変です! ちょっと来てください!」
「何?」
僕はスンと一緒に慌てて階段を降りた。
フロントの前には沢山の子供達の姿が……それと、タイナお婆さんの姿に、冒険者ギルドの受付のお姉さんまで。
「おはよう、シャルル。随分ゆっくりだね。寝る子は育つというけど、朝寝坊は感心しないよ」
タイナ婆さんが開口一番、僕を叱る。
「おはようございます。タイナさん。そうですね、これからは早く起きるように心掛けます」
お年寄りの言う事には逆らわず黙って聞き流すのが正解だ。僕はそのまま、ギルドのお姉さんにも朝の挨拶をした。
「それで、朝からどういったご用件でしょうか? それに、この子達は……」
「昨日、あの後、ジャンユーグの店に行ったんだけどな、結構な数の奴隷がいて一人ずつ、この先の意思を確認したんだけどな」
少し言いにくそうに、タニア婆さんが説明する。
「はぁ」
「この子供達は、奴隷の刻印がなくて、うちじゃ引き取れなかったんじゃ」
「ここからは私が説明しますね」
続けて冒険者ギルドのお姉さんが話を続けた。
「今回の依頼はジャンユーグの財産を依頼料代わりにギルドが受け取り、残った財産をタニア商会が村を代理いして整理、どちらにも分けられないものは、依頼を達成した冒険者が総取りするという予定だったのですが……」
「確かに、そう説明されています」
セリアがバツが悪そうに、僕に囁いた。
「それと、この子達がどういう関係が?」
「はい。この子供達は奴隷では無いため、タニア商会で扱う事が出来ず、かといってギルドが依頼料として受け取って現金化する事の出来ないジャンユーグの財産という扱いになります。すなわち、契約に従って、この子供達全員を、シャルル様に引き取っていただく必要があるのです」
「そうなの?」
「はい」
僕は、セリアを見る。
「そうなの?」
「はい、どうやらその様です」
僕は子供達を見回す。
「そうなの?」
「シャルル様、よろしくお願いしまーす!」
僕はこうして孤児院を経営することになった。
いきなりの大所帯。
行き場を失った子供たち。
孤児院経営って、徒手空拳でどうするんでしょう。
次回!『僕はこうして悪役令嬢と知り合った(仮)』
はい?
自分で作っておきながら、このプロットは何?
お、お楽しみに! 明日の作者がきっと頑張ります!