14. 僕はこうして復讐を始めた
すみません、また長くなったので2つに分けます。
本日は2話投稿になります。
「セリア?」
僕に抱きついて泣き崩れる女の子は、間違いなく僕をトーキョーの街で置いてきぼりにしてしまったセリアだった。
「なんで? どうやってここに?」
「へぐ! へぐ! へぐ!」
泣きすぎたせいか、過呼吸気味のようだ。過呼吸にはビニール袋を被せたらいいんだっけ……
「主様、人が来る」
「えっ?」
蒼龍の試練の間のドアを開けた先は、やはり岩をくり抜いた様な坑道になっていた。セリアはドアの前にいたのだが、通路の先から複数の人影が見えてきた。3、4、5……全部で6人だ。
「ほう、こいつが例の赤い鎧の小僧か」
「よく生きていたな……」
「セリア、よくやった。お前のおかげで随分早く……ぐぇ」
泣き崩れていたセリアが突如、先頭の男を殴り飛ばした。それを見て、残りの5人が抜剣する。動きが早い。
「てめー、どういう……ぐっ!」
その剣ごと、もう一人を蹴り飛ばす。
「シャルル坊っちゃま、すみません。私一人ではここに辿りつけず!」
「うわぁ!」
「赤い鎧を探しに行くというクエストをギルドで受けて……」
「どごっ」
「ようやく、ここへ辿り着きました!」
「ぎゃっ」
セリアは素手で瞬く間に5人の男を倒してしまった。セリアってこんなに強かったんだ。だがさすがに一瞬にして全員を倒すわけにはいかなかったみたいで、一番奥の男が魔法か何かの詠唱を終えたみたいだった。
「セリア、危ない!」
僕はセリアを庇おうと、魔法の射線に入った。
「坊っちゃま!」
「坊っちゃまって言わない約束!」
打ち出された火の玉を片手を払って吹き消すと、僕は残った二人の腹部を軽く殴った。
「え? シャルル坊っちゃま?」
「うん? 何?」
僕が殴った男達は、その場で泡を吹いて倒れてしまった。
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「とりあえずダンジョンを脱出しようか」
「はい……えーと、この子は?」
「ああ、この子はスンだよ」
スンは照れたのか、僕の陰に隠れる。人見知りキャラだったっけ?
セリアに正体を話してもいいのかもしれないけど、とりあえず、外に出るまでは黙っておこう。
「出口までは大物に襲われない限り、私なら半日で走破できますが……」
「いいよ。走っていこう。多分、今の僕なら大丈夫。スンは?」
「問題無い」
「という事で、行ってみようか」
セリアの方の事情を聴くのは後にして、とりあえず僕はダンジョンから出る事を優先した。正直、太陽の光を浴びたいんだよね。あと、美味しいものを食べたい!
セリアが持っていた地図を使って、最短ルートを確認し、僕らは出発した。
「シャ、シャルル坊っちゃま……す、少し速度を落として……」
「坊っちゃまって言わない!」
「シャルル! お願いします……息が続かない……」
「しょうがないなぁ」
セリアの悲鳴に僕は足を止めた。
まだ1時間くらいしか走っていないのに、もうダウンするなんてセリアもダラシが無い。
「シャルルぼ……シャルルに一体何が起きたのですか? 初日は1時間で根を上げていたというのに」
息も絶え絶えのセリアが僕に質問をしてきた。
「さっきまで蒼龍のお姉さんにシゴかれていました」
「え? 蒼龍の試練をクリアしたのですか?」
「うん、そうだけど……」
セリアが呆然と僕を見つめている。
「あそこの主は気まぐれなので、滅多な事で出てこないはずなのです」
「そうなんだ」
「シャルルが、向こう側からダンジョンに入ったという話だったので、私もすぐ追いかけたのですが、どこにもいませんでした。もう無理かとも思っていたのですが、正規の入り口から入り直して……」
「セリアは僕の事、探してくれていたの?」
「もちろんです!」
セリアが僕の顔を見て、大声で叫んだ。
「あの日、私が調子に乗って走ってしまったせいで、シャルルが行方不明に……私も何日も探したのですが、どうしても手がかりがなくて、こんなに時間がかかってしまいました」
そうだよね。セリアがいなくなってすぐに攫われたから、目撃した人も少ないだろうし。
「でも、どうやって僕の居場所を?」
「エズの奴隷市場に竜鱗の鎧を持った子供が出たという噂が奴隷ギルドに入ってきて……」
誘拐された子供が一番いる可能性が高いのは、奴隷市場らしい。そこで最初にセリアはトーキョーの奴隷ギルドに殴り込んで、すべての子どもを確認したみたいだ。結局、トーキョーでは見つからず、近隣の町や村の奴隷ギルドや市場を巡っていたらしい。その伝手で、僕がエズの街で売られたという情報を手に入れたみたいだ。
「僕が売られたのって……えーと……一昨日の事だったんだけど……」
蒼龍との試練のおかげで、日付の感覚が狂っているけど、ミヤの言う通りならダンジョンに突き落とされたのは「昨日」のはずだ。
「はい。噂を聞きつけた時、私は隣国の奴隷市場にいましたので、徹夜でエズまで移動しました。奴隷を手に入れた承認が、冒険者ギルドに『赤い鎧の回収』を依頼しているという話を聞きつけ、その依頼に強引に割り込み、ここまできました」
「さっきのオジさん達も?」
「そうです。ダンジョンなのでパーティを組んでの移動が基本ですが……私が女だからと色々と舐めてくれたので、ちょっと前に先に行くと言って置いてきてしまいました」
「そうか……」
僕たちが出てきたのと、ちょうどいいタイミングだったんだね。襲いかかってきたから、殴り倒しちゃったけど、まぁ、そんな奴らだったら気にする事は無いか。気絶している間に襲われないように蒼龍の間に放りこんでおいたので、ミヤの気が向いたら相手にしてくれるだろう。それよりも、
「セリアは昨日から寝てないの?」
「もちろん! 私のミスでシャルルが誘拐されたんですから、寝る暇なんてありません!」
あー、僕は僕で大変だったんだけど、セリアも苦労したんだな。
「それに……あの日からシャルルが酷い目にあっているんじゃ無いかと思って……まともに眠れた日なんて……」
セリアが嗚咽を漏らし始めた。
「ありがとう、セリア。僕はこうして元気だから、もう安心して」
僕がそう声をかけ、シャルルの背中をポンと優しく叩いた。多分、精神状態がギリギリなんだろうね。まだ14歳だっていうのに、よくここまで……。
「シャルル……」
セリアが僕の事をギュッと抱きしめてくれた。ああ、懐かしいな、この感触。14歳のクセにフワッと僕を包み込む、このオッパイ。うん? 僕の背中を誰かが引っ張っている……ああ、スンか。
「どうしたの、スン?」
「主様、納得がいかない」
「何が……」
するとスンは背中から僕に抱きついてきた。
「納得した」
「そ、そうなの……」
普段、感情を見せないスンだけど、長い時間一緒にいたのでなんとなく気持ちが通じあう場面もあったような気がしていた。だから嫌われていないだろうとは思っていたけど、ここまで露骨なアピールは初めてだ。毎朝目がさめると僕はいつのまにかスンの事を抱きしめていたけど、あれは僕からの行動だったしなぁ。
そんな風に僕がスンに気を取られた隙に、セリアの力が突然抜けた。
「え、セリア? どうしたの?」
セリアの重みが僕にかかるが、今の僕には特に影響もない。慌ててセリアを横に寝かせ様子を見ると、
「気絶している? 眠っちゃった?」
「睡眠不足」
そうか、全然寝ていないって言ってたしな。仕方がない、僕がおぶっていくか……
「主様、それは無理がある」
セリアをおぶっていこうとしたのだが、身長差の関係で無理だった。このまま走ったりしたらセリアの下半身は下し金ですり下ろしたような状態になりかねない。
「こうすれば平気」
「おおー」
スンがセリアの両足を肩に引っ掛けて持ち上げた。腕を僕の肩に引っ掛けちゃえば、すり下ろされる心配はないだろう。丸太でもあれば、ぶら下げていくんだけどな。大昔に見た食人族が出てくる映画で、そんなシーンがあったような……
「よし、それじゃぁ、一気に行っちゃおう」
「えいえいおー」
さっきの事があったからなのか、棒読みの言葉の中に、ちょっとだけスンの感情が解るような気がした。多分、今は楽しんでいるんだろうな。
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「太陽だー!」
セリアの速度に合わせる必要がなかった僕たちは、ほぼ全速力でダンジョンの残りの道を駆け抜けた。途中何度かモンスターらしき影も見えたけど、ガン無視。僕たちのスピードには追いつけないしね。
「シャルル坊っちゃま?」
「あ、セリア、気がついた?」
太陽が眩しかったのか、セリアが目を覚ました。
「すみません、眠ってしまったみた……え? いつのまに外に?」
「スンと二人で担いできたので、気にしないで」
「気にしないでって言っても……結構な距離がまだあったはずなのですが、坊っちゃまは一体……」
「シャルルだよ、セリア」
「はい、シャルル」
お坊っちゃまと呼ばれるような僕じゃ無い。ここまでの苦労で、幼かったシャルルは卒業したんだ。
「それで、この後はどうすればいい?」
「本来なら依頼達成という事でエズの冒険者ギルドへ戻らないといけないのですが……」
「ふーん、依頼はどうやったら達成って事になっているの?」
「赤い鎧の回収とだけです。シャルルの事には一切触れられていません」
まぁ、あの成金野郎だよな。
「よし、じゃあこのまま冒険者ギルドへ行こう」
「でもそうなると、シャルルを依頼者へ引き渡さないと……」
「いいよ、引き渡して。むしろ、そっちの方がいい」
「え?」
「あの人たちにはお世話になったからね。ちゃんと、お礼をしたいんだ」
「そうなんですか……」
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「はい、これが依頼達成の報酬です」
へー、冒険者ギルドってこんな風になっているんだ。セリアは僕をギルドまで連れてきた事で依頼達成という判断をされた。蒼龍の間から出てすぐに倒しちゃった奴らも、別々に依頼を受けていたみたいなんだけど、冒険者同士で協力したったり、出し抜いたりするのも、よくある話なので、そこはギルドとしては不干渉って事みたいだ。
「今、連絡を入れましたので、間もなく、依頼主がこちらへ来ます。さっきの話ですと鎧が脱げないという事なので、その子ごと引き渡してもらえればいいのかな?」
「はい、是非そうしてください!」
「わかりました。それではあちらでお待ち下さい」
ギルドの窓口のお姉さんに指示された通り、僕は隅の椅子に腰掛ける。
「セリア、スン、二人はどこかで待っていて」
「主様、一人でずるい」
「シャルル、そんな……危険よ」
「大丈夫、今の僕なら心配ないよ。あと、スンはおとなしく待っていてね。これは僕の個人的な復讐なんだから、ちゃんと最後まで僕にやらせて」
こう言って、なかなか納得していない二人を無理矢理ギルドから追い出した。
泣き叫ぶ僕を殴る蹴るなど、散々酷いことをしてくれた成金野郎は、さすがに許す事が出来ない。身体は傷つかなくても、精神的には深く傷ついている。蒼龍の間でも何度か悪夢にうなされたくらいだ。だから、今回だけは徹底的にやる。でも、そんな黒い感情に塗りつぶされた僕を、二人には見て欲しくないんだ。
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しばらく待っていると、4人の男が僕の事を迎えに来た。まぁ彼らは鎧を回収しに来ただけのつもりだろうけどね。
「ぼ、坊主……生きていたのか」
僕の顔を見て最初に声を上げた中年の男を見つめる。この人の声は聞き覚えがあるぞ。ダンジョンに投げ入れられる寸前、僕を励ましてくれた人だ。この人だけは復讐リストから外そう。他の3人も僕が生きいた事に驚いたようだ。
「おい、縛れ」
髭面の男が他の3人に指示を出している。こいつも記憶にあるな。確か俺をダンジョンに放置するよう成金に提案した声だ。残りも成金の取り巻きなんだろう。
「お姉さん!」
僕は受付窓口から、こちらの様子を伺っていたお姉さんに声をかけた。
「僕、縛られちゃうみたいなんだけど、何か悪い事しましたっけ?」
「おい、坊主、黙れ!」
「わー、助けてー」
冒険者ギルド内にいた全員の注目が集まる。
それを見て慌てて髭面の男が弁明を始めた。
「冒険者の旦那方、こいつはうちの奴隷なんですよ。脱走したのを捕まえるように依頼をしていて、その引き取りに……」
「その子には奴隷の刻印は無いようですが?」
お、受付のお姉さん、ナイスフォロー。
「こいつは刻印前に脱走したんです。なので連れ戻しに……」
「ああ、そいつは駄目だな。脱走された方がマヌケってだけで、その子が奴隷かどうかの証明にはならない」
冒険者の一人が声を上げる。
「いや、うちが購入したという書類が確かにある」
「購入した時の書類だけじゃ、現在、所有している事の証明にもならん。そのための刻印だ」
「え、い、いや……」
髭面の男がしどろもどろになる。
僕としては、少し騒ぎになって、この後の展開が正当防衛になればいいやって思っていただけなんだけど、状況がうまく僕の方に傾いてきた。これならば、
「おじさん、僕は連れてきてくれた人からここにいろって言われただけなので、縛ったりしないのなら、ついていってもいいですよ」
「お、おい、いいのか?」
僕を気にかけてくれている取巻きの一人が小声で囁いてくれたが、僕はそれを無視して、純真な目で髭面の男を見つめた。
「わ、わかった。坊主、おじさんについてきてくれ。縛ったりしない。乱暴な事もしない。なあ、旦那方、それなら連れて行ってもいいだろう?」
冒険者ギルドにいた冒険者達に、髭面の男はそう言って愛想を振りまいた。その様子を見て、冒険者達は興味を失ったように視線を逸らした。ただ、最初におかしいと言い出した一人だけが、一言釘を刺してくれた。
「その子が、奴隷として扱われているのを見たら、お前達を人攫いとして通報するからな」
「あ、ああ。わかった、もちろんだ」
なんだ、この街にも良い人がそれなりにいるんじゃないか。じゃぁ、僕の復讐範囲は、成金野郎だけにしておくかな。
僕はこうして復讐を始めた。
予告タイトルが予告になってませんね。すみません。
次話「僕はこうして奴隷商会を叩き潰した」
21時頃投稿予定です!