13. 僕はこうして再会した
『さて、それでは汝の冒険者カードを出してみよ』
目の前の蒼龍は唐突に話題を変えた。結局、蒼龍の試練はどうなったんだろう。いいのかな?
「主様、カードを出す」
「ああ……うん、わかった……あれ? そういや、しまったものってどうやって出すのかな?」
ついさっき、自分が着ている鎧に収納してしまったんだけど、出す方法が解らない。
「冒険者のカードよ、出てこい!」
「……」
何も出てこない。
『なんじゃ? 汝は冒険者では無いのか? 冒険者で無いものが、妾の邪魔をするかー!』
「わ、わわ、ちょっと待って! 出します! 出しますから! 冒険者のカード! 冒険者のカード!!」
突然怒り出した蒼龍に思わずテンパってしまい、何とか冒険者のカードを出そうとするのだが、全く出てくる気配が無い。
「スン!」
「主様、名前を呼んであげて」
「名前? あ、ああ、えーと、ググ! 冒険者のカードを!」
鎧の名を呼んで、冒険者のカードを求めると、あっさりと目の前に先ほどしまった冒険者のカードが出てくる。空中に浮び出たカードを僕は慌ててキャッチした。
「は、はい。これです」
とりあえず蒼龍の怒りを鎮めないといけないので、僕は慌ててカードを差し出した。
『最初から出してよー、こっちも忙しいんだからさー……あ……ふむ、よかろう、確かに冒険者のカードだ』
「あの……普通に喋っていただいてもいいんですけど……」
『そう? そうだよね。ボクもそう思ってたんだ! だけど、ドラゴンは厳かに喋らないと駄目だっていう人が多くてさー。結構面倒なんだよね。意識して話し方を変えるのって』
「はぁ」
唐突にフランクな話し方になったなぁ。
身の丈が10メートルはある巨大なドラゴンが、若い女性の声で話をするというシュールな状況ではあるけど、とりあえず襲われる事はなさそうなので安心した。しかも、ボクっ娘かぁ。
『それじゃ、カードも確認できたし、試練にいってみようか。ボクも死なないように手加減はするから、頑張ってー』
「へ? ぶっ!」
蒼龍がそう言った瞬間、僕の全身に大きな衝撃が走り、僕は一直線に壁に向かって吹き飛んだ。そして、そのまま僕の身体は壁に激突し、跳ね返って転がる。
「はへ……」
鎧のおかげか全くダメージはなかったものの、突然の事態に思考が追い付いていない。今、殴られたの? なんで、突然?
「主様、使って」
僕の視界の隅でスンがそう言うと、一瞬だけ光輝き、前回とは違った黒い鞘に包まれたショートソードに変身した。僕は慌てて駆け寄りショートソードを鞘から抜き、蒼龍に向かって構えた。
『へー、さすがだね。全然ダメージが無いみたいだ。それじゃぁ、次行くよ』
「ちょ、ちょっと待って……はぶっ!」
蒼龍が目の前で横に一回転すると、僕はその尻尾で盛大に打ち上げられた。あー、天井が高くて良かった。ぶつかる事なく、随分上の方まで飛べたよ……でも僕には翼が無い。必死に手足をバタつかせてみたけど、重力には抗えないね。うん、物理の法則に従って落ちる、落ちる! 落ちるー!
「うわーーーべぶっ………がっ!」
顔面から床に落下、そのまま、少し跳ね返って、また床に叩きつけられた。
『へー、これでもノーダメージなんだ』
「も、もう怒った。なんで、こんな目に僕が合わなきゃならないんだ!」
痛くはないけど、精神的なダメージはあるんだ! こうも理不尽な事が続くと、温厚だと評判だった僕でも、さすがに堪忍袋の緒が切れる。僕は、打ち上げられた拍子に落としてしまったショートソードを拾って構え直した。
「やってやるぞ! こい! ぶっ!」
また爪で吹き飛ばされ、転がった。へへ、今度は少しだけ踏ん張ったので壁までは届かなかったぞ! 僕はまた手放してしまったショートソードを拾い構えた。
『へー、やるじゃん。じゃぁ、どんどん行くよ!』
「くそー、今度こ、ほぶっ」
僕は何度も吹き飛ばされ、それでも立ち上がる。
ダメージは無いけど疲労は蓄積していく。それでも僕は何度も、何度も意地になって立ち上がった。僕は自分が知らないうちに巻き込まれていく事態に、心の底から抗おうとしていたんだ。何度倒されても、何度吹き飛ばされても、僕はショートソードを拾い、蒼龍に向かって構えた。
『はーい、今日はここまで。ボクも宿題があるんで続きはまた明日ね。ここは試練をクリアするまでは誰も入ってこないから、明日の朝まで好きにしていていいよ。じゃーねー。バイビー!』
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
「主様、今日の分、終わり」
「ふっ、ふっ、ふっ……あれ?」
いつのまに僕はショートソードを手放していたんだろう。目の前に全裸のスンが立って僕を正面から抱きしめてくれている。
「あれ、ドラゴンは?」
「帰った。続きは明日」
「そうかー」
全身からどっと力が抜けた……今日の分が終わりってどういう事だろう……そういえば宿題がどうこうとか言っていたように聞こえたけど……いいや、このまま寝ちゃおう。
「主様、栄養補給はした方がいい、主様……」
もう無理、僕は意識を手放した……
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「ははうえー、ははうえー」
そうベッドで泣き叫ぶ僕を母上はそっと抱きしめ、背中の汗を絞ったタオルで優しく拭いてくれる。僕は母上の柔からなオッパイに顔を埋めて、その温もりに心の底から安堵する。
「ははうえー、シャルルは怖い夢を見ていましたー。ドラゴンが何度も何度もシャルルの事を殴るんです。悪い人も沢山いました。シャルルは奴隷にもされました。シャルルは海賊船にも乗りました。怖い大人にたくさん、ぶたれましたー」
僕の位置からは暗くて母上の顔は見えないけど、母上は泣き喚く僕の頭を優しく撫でてくれている。どんどん、胸の奥に溜まっていた苦しみが溶け出していく。
「シャルルは、ずっと母上と一緒にいていいんですよね。旅になんか出なくていいんですよね」
ああ、そうだよな。僕はまだ4歳なんだから母親の元から離れて旅に出なくてもいいんだ。でも、僕はこの世界で生きて行くためには……前世で何も成せなかった僕が生きて行く意味を見つけるには……
「主様、もう朝」
「え?」
僕を呼ぶ声に、目を開けた。すぐ目の前にはスンの顔が……
「うわ、ご、ごめん」
「主様、今日も情熱的、ぽっ」
スンの棒読みの声を聞きながら、僕は周囲を見回す。
「あれ……昨日……そうか、僕はあのまま寝ちゃったんだ」
「そう。もう朝。そろそろ準備が必要」
僕はまた毛布にくるまって全裸のスンを抱きしめていたみたいだ。僕たちのすぐ横には昨日と同じように洗いたてのような着替えと朝食が置いてある。僕が抱きしめていた腕を離すとスンは起き上がり、先に着替えを始めた。
「これってスンが用意してくれているの?」
「していない」
「じゃあ、誰が?」
「……」
どうやら答えてくれないみたいだ。
そういえば、あの母上のオッパイの感触、本当に夢だったのかな……スンの胸のあたりをじっと見つめるけど……
「違うか」
「主様、早死にを希望?」
「ご、ごめん」
なんで解った?
「とりあえず、着替えて朝を食べよう。準備が必要って、また昨日のドラゴンが来るの?」
「試練は終わっていない」
「そうか……でも、試練って僕の場合、そっちのドアから出る必要は無いんだけど……」
「この部屋は試練の間、入った人全てが対象。例外は無い」
「なんか、ゲームみたいだね」
「そう、これはゲーム」
「はい?」
どういう事なんでしょう?
「この世界はゲームじゃなくて現実って、スンは昨日言っていたよね?」
「この試練は造り主の作品」
あの野郎ー。とんでもないものを作りやがって。
「試練はどうすればクリア出来るの?」
「蒼龍を倒すか、自分が死ぬか……蒼龍に認められるか」
「倒すのは無理っぽいな。死ぬのも無し。そうなると認めてもらうしか無いか……」
「主様、ファイト」
「……」
「……」
「……」
「スン、すぐ来るんじゃなかったの?」
「理解不能」
「はぁ……どうしよう、このままこの部屋から出れないで一生を終える事になったら……」
『ごめん、ごめーん、遅くなった。今日は居残りがあってさー』
バサバサっと翼を動かす音を立てながら、蒼龍が降下してきた。
「え、どこから入ってきた? それに居残り?」
『さ、始めようか。えーと……ああ、そうそう、シャルル君だったね。うん、それじゃ、今日も頑張って行ってみようーか!』
蒼龍は、僕の疑問には一切答えず、昨日と同じように尾を振り回し、僕の事を吹き飛ばした。
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僕はあれから何日も何日も、繰り返し蒼龍に挑み続けた。
たまに蒼龍が来ない日があったり、朝から来る日があるなど不規則ではあったけど、毎日のように蒼龍に吹き飛ばされているうちに、僕は蒼龍の攻撃を少しずつ避けられるようになった。人間、慣れというものは恐ろしいものだ。
さらに何ヶ月か経過したと思われるある日、僕はとうとう、蒼龍の攻撃をその場で受け止めた。
『お、シャルル君、ボクの尻尾をよく防いだね。じゃあ、攻撃も次の段階だね』
尻尾を受け止めた衝撃で、少し焦げたような匂いが漂っていたが、そんな事はお構いなしに、蒼龍はそうい言うと、口から青白い光のようなものが飛び出してきた。
「うわ!」
僕は慌てて側転をしながら、その攻撃を避けた。これってドラゴンブレスじゃん。当たったら、ヤバイやつだよね。
『いいねー。それじゃ、どんどん行くよ!』
蒼龍はドラゴンブレスを連発する。僕はそれを全て回避してみせる。伊達に何ヶ月も攻撃を食らっていた訳では無い。攻撃手段が変わっても蒼龍の癖はこの身体に染み付いている。たとえ新しい攻撃パターンだとしても、乗り越えてみせる!
僕はドラゴンプレスを避けながらも、蒼龍の隙を見つけ、ショートソードを構え斬りかかった。
「うおー」
これまでも何度か斬り付けた事はあったけど、今までは一度も蒼龍を傷つける事は出来ていない。それでも今日こそは!
『うわっと』
僕の攻撃が鋭かったのか、これまでとは違い、蒼龍は翼を使い上空へ逃げた。よし! 僕は踏み出した足を思い切って踏ん張り、斬りかかった身体を急停止させ、その反動を使って、上空に逃れた蒼龍目掛けて跳び上がった。
「いけー!」
真下から見える蒼龍の下腹部……ここなら! 僕が渾身の思いを込めて放った突きは、狙い通り蒼龍の腹部に吸い込まれ……
『痛ーい!』
突然、蒼龍の姿が消えた。
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空中にいたはずの蒼龍の姿は跡形もなく消え、そのかわりにセーラー服を着た女の子が現れ、ゆっくりと降りてきた。
「ふう……おめでとう、シャルル君。試練、クリアだよ」
「え、え?」
僕の前に降り立ったのは、黒髪ストレートの高校生くらいの女の子だった。
「でも女の子にこれはひどいよ。反省してね」
その子はそういうと、スカートのお腹の部分を数センチほど下げた。そこには、赤い引っかき傷のようなものがある。ついでに、白い布地が少し見えているけど。
「こんな場所に傷をつけられるなんて……ボク、もうお嫁にいけないかも」
「どういう意味……え?」
「この姿では初めましてだね。ボクが蒼龍の間の試練を担当していたミヤだよ」
「ミヤ?」
「これで、君は蒼龍の試練をクリア。ここでの修行で十分な強さを身につけたので、合格とします」
「修行?」
「そう、このダンジョンは冒険者を鍛えるために作られたんだ」
どういう事? 修行って何? ええ?
「うん、シャルル君は免許皆伝。また行き詰まった時は、ここへ戻っておいで。その時は、ボクが師匠として鍛え直してあげるから」
そうか……毎日、僕と戦っていたのは僕を鍛えるためだったのか。少し疑問は持っていたんだよな。攻撃と攻撃の間で無駄に時間を取る時があったり、わざと僕の攻撃を受けるような時間を作ったり。今になって思えば、稽古をしていたような事がよくあった。
それにしても……
「これも全部、父上のお膳立てかー!」
父上、絶対殴る!
「これでボクもしばらく学業に専念できるよ」
「学業って? そういえば、たまに宿題とか居残りとかって言ってましたけど……」
「そう、ボクの本業は学生。ここでの姿はボクにとっては仮初めのもの」
「どういう意味?」
「説明は面倒、主様が理解する」
スンが突然、人間の姿に戻り、いつもの言葉を発した。僕がショートソードを手に握っていたせいか、スンと僕は手をつないでいる状態になっていた。そして相変わらず元に戻った時は全裸だ。どうやら剣の鞘が服になっているようで鞘から出した状態のまま、人間の姿に戻ると、どうしても全裸になってしまうらしい。
「そうだね、面倒だね。シャルル君が自分で理解するまで、答え合わせはお預け」
「主様、頑張れ」
今は、教えてくれないんだ。仕方が無い。とりあえず鞘を投げ捨てた場所に現れたスンの服を拾い、スンに渡す。
「ミヤさん」
「師匠と呼んで」
「し、師匠……」
「はい」
「長い間、ありがとうございました。僕もこれで強くなれた気がします。状況的には不本意でしたが……」
「うん、よく頑張ったね」
どれだけ長い時間、ここで戦っていたんだろう。師匠の一言にこみ上げてくるものがあり、涙が溢れ出てきた。
「それじゃ、出口……本当は入り口なんだけどね。入り口はそっちね。元気で、また遊ぼうね」
「はい!」
「それと、ここと外の時間は隔絶しているから、君は浦島太郎になるよ」
「え、どういう……」
外はもう何十年も経過しているっていう事?
「うそぴょーん、騙された? 逆バージョンなので大丈夫。外の時間はシャルル君が入ってきた時間で止まっているんだよ」
「そう……なんですか……」
「あ、そんな怖い顔をしないで。ごめん、ごめん、別れ際に泣き顔って嫌じゃん。じゃぁ、ボクはもう行くよ。ちょっと今日は宿題が多くてね……それじゃぁ、バイビー!」
そう言って師匠は女子高生のまま、浮き上がり天井まで上がって消えてしまった……師匠、スカートで上がっちゃダメだって、今度会うときには教えてあげよう。
「主様、出発」
「あ、ああ、そうだね」
僕の主観的には何ヶ月ぶりかになるんだけど、入ってきたドアと反対側にある扉を開いた。
「シャルルー!」
僕がドアを開けると同時に、ドアの向こうから女の子が僕の名前を叫びながら抱きついてきた。
「え、セリ……ア?」
僕はこうして再会した。
師匠が女子高生! ようやくシャルルも力を手に入れた模様です。
そして最後にシャルルを置いていったセリア登場? セリアがいなくなったのは第3話。読者の皆様、憶えていただいていたでしょうか?
次回 「僕はこうして奴隷商会を叩き潰した(仮)」
さて、いよいよここから逆襲ターン?
お楽しみに!