11.僕はこうして冒険者となった
2つに分ける程ではなかったので、少し長めです。
「……」
目の前で忽然と消えた全裸の幼女と、目の前に転がっている父上からもらったはずのショートソード。海賊船で奪われて、多分、船長室と一緒に吹き飛んだショートソード。
「ええー!」
どういう事! 全裸の幼女の正体はショートソード?
「シャー」
「ああ、そうだった!」
とりあえず考える前に目の前の3匹の蜘蛛を何とかしないと! 慌てて転がっているショートソードを拾いあげ、蜘蛛に対して構える。
バシュ! バシュ! バシュ!
黒い蜘蛛が立て続けに白い粘液を僕に向けて吐き出すので、それを華麗なステップで躱し……ているつもりなんだけど、何でだろう……躱した方に粘液が飛んでくる。鎧に当たって粘液が蒸発するから、避けなくてもいいんだけどさ。百発百中をされてしまうのは、さすがに落ち込む。
「もういいや」
僕は粘液を避ける事は諦めて、近い方にいる黒い蜘蛛に駆け寄り、ショートソードを全力で振り下ろした。
「やぁー!」
「ガッ! シャー!」
「やぁー!」
「やぁー!」
何回かショートソードで斬りつけたんだけど、ビクともしない。しかしこいつら、蜘蛛のくせに硬いなぁ。そういえば、父上は僕の力に合わせて威力を発揮するって言っていたっけ。4歳児の僕の力じゃ、傷つけられないのか……そうなると……
「ねぇ!」
「……」
「ねぇ! 聞こえているんでしょ! 何とかできないの!」
「……」
「ねぇ!」
「何?」
うわっ! 自分でやっていたので何だけど、僕の問いかけに対して、ショートソードが突然返事をした事に驚いた。やっぱりか……聞こえてきたのは先ほどの幼女の声。
蜘蛛からの攻撃は止む事はなかったが、僕はそれを無視してショートソードに話しかける。
「このままだとキリが無いので、何か必殺技とかで倒せない?」
「無理」
「そこを何とか」
「……主様の魔力をもらえば」
「じゃぁ、それで」
「わかった」
全身から一瞬で力が抜けたような感覚に襲われた。まるで突然、インフルエンザにでもかかったような感じだ。そして同時に刃の部分が青白く光り輝く。
「ちょっとの時間だけしか無理。早く」
「わ、わかった!」
僕は寒気がする身体に鞭を打ち、ショートソードを両手で握って、再び蜘蛛に向かって駆け出した。
肩口にショートソードを振り上げ、一閃。
シュボ!
「はっ?」
「「シャー?」」
蜘蛛が瞬時に蒸発した。僕はそのまま呆然としつつも、横に並んでいたもう1匹の黒い蜘蛛に向けて右足を踏み出しながらショートソードを横に薙いだ。
シュボ!
「すげー……へへへ」
「シャー! シャー!」
残された白い蜘蛛が、ゆっくりと後退しながら、まるでイヤイヤするように顔を振った。僕も白い蜘蛛へ向け、ゆっくりと歩みを進め、
「僕は君とは友達になれると思ったんだよ。本当に……」
「シャー、シャー」
「でも、僕を裏切ったのは君だよね」
「シャー、シャー」
「うん、許せないな。許せないよ……ううん、そういう消極的な気持ちじゃ無い。積極的に僕は君を許さない!」
「シャー」
一気に駆け寄り、袈裟懸けに斬り捨てる。
シュボ!
僕と激闘を繰り広げた白い蜘蛛も、一瞬で蒸発してしまった。
「ふぅ、すっきりした」
そんなに恨んでいなかったんだけどね。マッサージをしてもらったし。
そこで、青白く輝いていたショートソードが、元の状態に戻った。同時に僕を襲っていた悪寒が止まる。
僕の初めてのモンスター討伐は、結局、楽勝だったって事なのかな。
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「おーい、もう1回出てきてくれるかな?」
初めての戦闘が終わり、僕は改めてショートソードに話しかけた。
「何?」
ショートソードが光ったかと思うと、一瞬にして幼女に戻った。相変わらず全裸だけど……
「とりあえず、服は無いのかな?」
「主様が鞘を吹き飛ばした」
「ああ、そうなのか……やっぱり君は父上が作ったショートソードって事なんだよね?」
「一目瞭然」
「突然現れたのは、僕が呼んだから?」
「そう」
「でも、すぐ来てくれなかったよね?」
怪我をしなかったから良かったものの、かなり怖かったんだから! 思わず恨み言を言いたくもなる。
「主様が海に吹き飛ばした。海の底からここまでくるのは、大変」
「あ、ああ……そうか、僕のせいか……」
昆布も付いていたしな。
「だからもう疲れた。眠ってもいい?」
「え、そ、そうだね。ごめんね、僕のせいで……」
「zzzz」
「えー! ちょっと待って、そのままで眠るの? ショートソードに戻るんじゃないの? ちょっと裸! 裸!」
幼女は僕の叫び声に一瞬目を開いたものの、僕にもたれかかって、眠ってしまった。
「こ、これはどうしたらいんだろう! こんな所で裸でいたら、なんかまずそうだし……まだ、入り口からちょっとしか入ってないし」
蜘蛛に襲われたり、全裸の幼女がやってきたりで、随分長くここにいるような気もするが、実態として入り口から10メートルくらいしか入ってない。夜になれば竜種がやってくるって言ったし、成金達がまだそばにいるかもしれない。安全のためにも、少しでも奥に入らないと。
僕はゴクリと唾を飲み込み、
「やましい気持ちは無いからね。君を連れて行かないと、僕も困っちゃうし……それに、ほら僕は中身がおっさんだから、君みたいな子供には何とも感じないんだ。あれ、中身がおっさんの方が危ない? そうだ、僕は何を動揺しているんだろう。うん、姪っ子をお風呂に入れた事だってあるんだ。あの時と一緒だ!」
よし、大丈夫。僕はロリじゃない。いや、このくらいの年齢だとペドになるのか? でも、見た目は同年齢だしなぁ……だったら、この動揺は正常な反応? とりあえず、通報はされないか……
「よいっしょ……うっ、さすがに重い……」
僕は全裸の幼女を背中におぶってダンジョンの奥へ進み始めた。それにしても人間の形になるとショートソードよりも重くなるのは不便じゃないか? 感触も大きく変わっちゃうし……僕は、手のひらに当たる太ももの感触にドッキリとしたけど、首を振って雑念を振り払う。
「大丈夫、大丈夫。裸だって言っても、ほとんどが鎧のおかげで解らないし……おぅ?」
突然、僕の背中に当たっている感触が暖かいものになった。
「あれ、あれ? どういう事? 背中に当たっている? え?」
突然、僕の鎧の形状が大きく変わり、前面のみの胸当てに形状を変えてしまった。このため、肌着一丁の僕の背中に幼女の感触がダイレクトに……
「父上……なんていうものを……」
父上に恨みと感謝がおり混じった念を送っておこう。でも、お互い幼児だから体温を感じるだけだ。第二次性徴が始まったあとだったら、どんな事になっていた事やら……。ツルペタでよかった。
そんな事を考えながら、僕はひたすら歩き続けた。
腕と足が疲れるまで頑張って歩き続け、僕はダンジョンの壁面に二人の子供が休めそうな、手頃な窪みを見つけた。
「今日はもう動けない……ここで……休もう」
ダンジョンの中で無警戒に眠ってしまう事に恐怖はあったけど、疲れと眠気には勝てない。お腹も減ったけど、まずは睡眠で体力回復だ。
僕は背中から幼女を下ろし、窪みの奥へ押し込んだ。人間じゃないんだけど、この子を盾にして僕が奥に入るっていう事は考えられなかった。防御力だけだったら僕は無敵みたいだし、この狭い所で襲われたら、どっちにしろ逃げられない。
全裸の幼女の身体に毛布でもかけてあげたいけど、あいにく何も持っていない。僕は幼女の横に腰を下ろした。
「もう家を出て何日目なんだろう……」
突然、家の事を思い出して、また涙がこみ上げてきそうになる。肩に当たる幼女の温もりが、なとかそれを押しとどめてくれた。
「明日、名前を付けてあげよう。いくら何でも全裸の幼女じゃ可哀想だ。それにしても、お腹が減ったな……明日、食料を手に入れないと……」
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「主様、主様」
「え、何……どうしたの?」
「主様、恥ずかしい」
「えっ?」
あ、やばい!
僕はいつの間にか、毛布にくるまり、幼女をぎゅっと抱きしめていた……毛布?
「え、何これ? どっから……え?」
僕たちには茶色い薄手の毛布がかけられていた。そして、僕たちが寝ていた窪みの前にはパンとフルーツに水、さらには二人分の着替えが置いてある。
「何で? え? え?」
「……」
幼女は僕の様子を気にもかけず、綺麗に畳まれていた下着を手に取った。
「主様も着替える」
「え、あ、はい」
幼女から僕の分の肌着を手渡された。
これって大丈夫なの? こんなダンジョンの中で毛布に食事、着替えまでって罠じゃない?
そんな事を言っているうちに、幼女は手早く着替え終えた。黒いゴシックロリータ調のワンピース。白いレースがアクセントになっていて、とてもよく似合っている。
「主様、全部脱いで、早く着替える」
「う、うん、わかった」
途端に鎧がガシャリと脱げ落ちた。今は安全って事なのかな? これまでの経験で鎧が僕の身体から離れる時は安全なんだろうと判断している。まぁ、ほとんどの時間、鎧が僕から離れる事はなかったんだけど……
「……」
「えーと、後ろを向いていてくれるかな」
「主様は裸を見た」
「そ、そんな事を言っても……恥ずかしいよ」
「ちっ」
幼女は後ろを向いてくれた。でも、今、舌打ちしたよね? その態度は良くないと思うんだけど……僕は手早く肌着を脱ぎ、新しい肌着を身につけた。はぁ、なんか気持ちが良い。
「終わった?」
「うわ!」
いつの間にか幼女がこっちを見ていた。
「う、うん。大丈夫。あと、これ、どうしようか……」
脱いだ肌着の行き先に困る。この先も着替えが必要になる場面は出てくるだろうけど、持ち運ぶものが無い。懐に入れて移動するかな……。
「大丈夫、問題無い」
「え、あ、汚い……よ?」
幼女が僕が脱いだ肌着を拾うと、そのまま僕の足元に転がっていた鎧の上に投げた。途端に肌着は消えてしまう。続いて毛布を持ち上げると、これも鎧の上に投げ、やはり毛布は跡形もなく消えてしまう。
「ど、どういう仕組み」
「説明は面倒。主様が理解して」
理解って、よく解らないだけど……
「主様、食事」
「あ、う、うん……」
食べても大丈夫……なんだろうね。もういいや。とりあえず深く考えるのはやめよう。
「いただきます」
「……いただきます」
なんとなく、前世に習って食べる前に言ってみた。
幼女も僕の真似をして食べ始めた。
「ねぇ?」
「主様、食事中は黙って食べる」
「いや、君はショートソードだよね? 食べる必要があるの?」
「……主様、独り占めはよくない」
「ねぇ?」
「主様、食事中は黙って食べる」
「なんて呼べばいい?」
「……主様が決めて」
「ねぇ?」
「……」
「ショートでいい?」
「遊撃手?」
「なんで野球を知ってるの? いや、いいや……別の名前を考えます」
名付け親のセンスなんて無いしなぁ。あ、思いついた!
「ねぇ?」
「決まった?」
「うん、スンでいいかな?」
「……ポジションが解らない」
「大丈夫、野球じゃ無いから」
「サッカー?」
「違うよ! ほら……僕はツノ付きの赤い鎧だし」
「……主様、多分、そっちは名字」
やっぱり知っているんだ。これ、父上の知識をベースにしているのかな。
「うん、それとショートソードだから短いという事で、『寸』という意味も込めてみた」
「……」
「あんまり良い意味じゃないけどね。でも語呂は良いし、どうかな? 他のにする?」
「それでいい」
「よかった。それじゃぁ、スン、これからもよろしく。あと、僕の事はシャルルで良いから」
「主様は主様でいい」
「そうなの? わかった……でも、そのうちシャルルって呼んでくれた方が嬉しいかな」
「気が向いたら」
ここで、頬でも染めてくれれば嬉しいんだけど、スンは特に表情を変えてくれない。
「主様、そっちにも名前を付けて」
「え、そっちって鎧?」
「そう」
「必要?」
「必要」
なんだろう。赤い鎧の名前……ザ……いやそれは駄目だろう。ジオ……赤く無いか。ゲル……うーん、なんかスライムみたいな感じになりそうだしなぁ……ズゴ……語感が悪い。
「主様、そこに拘らなくてもいい」
「えー、大事な所じゃない?」
「……」
じっと見つめられてしまった。
うーん、鎧だし、これでいいか。
「ググ」
「どういう意味」
「赤い専用機の一つからと、鎧という事で具足の『具』」
「どう?」
スンが鎧に向かって聞く。え? こいつも意思があったりするの? 何回か恐怖のあまり粗相しているんだけど、大丈夫かな……
「主様、それでいいみたい」
「そうなの? じゃあ、ググ、これからもよろしくね」
そう話しかけると嬉しかったのか、新しい肌着に着替えた僕の身体に赤い鎧が貼りついた。自動装着って便利すぎる。
「じゃあ、スンとググ、ダンジョンを抜けるために協力してください」
死ぬ覚悟までしていた昨日が嘘のようだ。人……と言っていいのかわからないけど、一人じゃないっていうのは大きい。気持ちが軽くなった。
「その前に、主様、これを」
どこから出したのか、一枚のカードをスンが僕に差し出してきた。
「何これ?」
「冒険者のカード」
「冒険者のカード?」
「これが無いとダンジョンの攻略が出来ない」
「攻略?」
「そう」
「え、僕はただここから逃げ出したいだけなんだけど」
「同じ意味」
「説明が面倒、主様が理解して」
スンが早々に説明を放棄した。僕はとりあえずカードを受け取る。
「えーと、持っていればいいの?」
「血を垂らす」
「え?」
スンが僕の手をとって、僕の指に爪を立てた。
「痛っ」
「大丈夫」
指を見ると血が滲んでいる。
大丈夫って言っても、ちょっと痛いんだけど……スンは僕をじっと見つめるだけなので、仕方なく僕は指から出てきた血をカードに垂らす。
「何も起こらないけど?」
「問題無い」
「そうなの?」
「そう」
準備はこれで終了なのかな? このカードをどこに仕舞おう。
「ググ、これ仕舞っておける?」
僕は鎧に話しかけてみると、あっさりと冒険者のカードが消えた。とりあえず、これで失くしてしまう心配は無いだろう。これって結構便利かもしれない。
「じゃあ、行こうか」
僕はこうして冒険者になった。
名前で遊びですぎでしょうか? ファーストを知らない人には何の事やらですよね。
さて、前々回の予告タイトル、何とか回収できました。冒険者になると言っていたので、ギルドにでも行くのかなと作者も思っていたのですが……
そんな冒険者になったシャルルは、早くもダンジョンの最大の難所にぶち当たります。
次回「僕はこうしてドラゴンに出会った(仮)」
お楽しみにー!
※ブクマ、感想ありがとうございます。本当に励みになります!