第92話 隼人の事情
「一体どういうことよ!」
サラスタシアが、窓から侵入して、そう叫んだ。
おい、どうやって侵入してきたんだ。
「どういうことだとは、俺のセリフだ。どうやって侵入してきた」
「ハッキングと身体能力に任せて頑張ってきたのよ。凄いでしょ」
胸を張るサラスタシタ……日本名で沙羅という女は、俺の元婚約者だ。
一国の王女で、名君と呼ばれる人格と手腕は確かなので、茜と出会う前までは、それなりに関係はよく、円満で婚約解消したから、今もよき友人だ。
ただ、友達が極端にいないので時折可笑しな行動に出る。
「そんな事より!留学するってどういう事よ!?しかも、アメリカなんて…」
「そんな遠いとこでもないだろ」
「子供には遠すぎるし、しかも2年間とかふざけてるの?」
「赤城家の跡取り修行だ。今のうちから、世界を見ることはいいことだし、それに2年間なんて」
あっという間だと、俺が言う前に沙羅は罪を犯した愚か者を見る目をしていった。
「あの子…すぐに美人になるわよ」
氷柱のような声が響き、心臓を貫かれたかと、そう思った。
「今は、大人っぽさと綺麗さが年齢とミスマッチして、違和感が優先されるけど、2年も過ぎたら何の違和感も無い美人よ。しかも、二年間っていうのも全てが美味く行ったらの話でしょ?
子供の2年間は、余りにも長いのよ」
「…っ」
確かに、茜は絶対美人になる。確実に綺麗になる。魅力的になる。
というか、今でさえ、ちょくちょく告白されてたりするのだ。これで美人になったら、更に増える。
何の言葉も出ないで、テーブルにツップンした俺を、沙羅は勝ち誇ったようにフフンと笑っている。
「これで分かった?だったら留学は…」
やめなさい。という言葉が出る前に俺は断言した。
「行くよ…だからこそ、俺はいく」
「なんでよ」
「親父に言われた。世界を見ることは、必ず役に立つと…そして、茜も同じく視野を大きく持たせてあげるべきだって」
「意味がわかんないわ」
「親父にとあることを喋ったら『子供の世界は余りに小さい。そんな子に将来を決定付けさせるなんて惨い行為ではないか?』って言われた」
「一体何を喋ったの?」
少し焦った顔をして、覗き込んでくる沙羅。
顔にありありと『コイツ、絶対キモいこと言った』と出ている。
何でそんな決め付けた顔をしているんだよ。まだ分からないだろ。
ただ、小学生との交際っていうと、如何わしく感じるから、誠実な愛を主張しただけだ。
「俺はもう、茜との将来の生活プランは考えている。
いつ結婚するか、式はどうするか、招待客は、家はどうするか、ペットは飼うか、ヒヨコも作ろう。子供は何人がいいか、もし子供が出来ない体質であった時はどうするか、一緒に入る墓はどうするか、仮に俺が死んだ場合の遺産相続とか、全部プランは考えているんだ!誠実な愛だ!って叫んだだけだ」
「正直に言って、とても気持ち悪いわ」
真顔で青褪めた顔をして、そういわれた。
親父からは心底愉快そうに大爆笑されたから、やはりどっちも傷つく。
「恋人の気持ちすらも考えずに、暴走する狭い視野の男に赤城家を継がせるのは心配だって、言われて留学が決定。企業との勉強と本場の語学を勉強させられる羽目になった」
爆笑から一転して、怖い顔になった親父のあの顔はヤバかった。
オンオフ激しすぎる。
「言いたくは無いけれど、とても妥当だわ…」
そして、お前はどっちの味方なんだ。いっとくけど、お前の計画していた『ズッ友達計画☆』も似たり寄ったりで気持ち悪いからな。
あぁ、でも、酷く妥当だ。妥当すぎる。
「茜は子供で、俺もまだ子供だ。俺が一番凄いんだぞと、自分を大きく見せて、恐怖心と感謝で縛り付ける子供だ。一度、愛想尽かされて、別れを告げられて、泣かした時に痛感した」
だから、一度距離を置くべきである。
俺と違って、彼女はまだまだ子供で、未来があって、そして、無知だ。
家族とうまくいかなくて、限界まで溜め込んで泣いていた。
俺と喧嘩して、酒まで飲んでしまって泣いていた時は、いっそ死にたくなった。
「もう、泣かせたくない」
うつむき、拳を握った俺を苛立ち気に沙羅は怒った。
「バッカみたい!コレのせいで泣いているかもしれないのにその可能性は考えないの!?」
分からない。
俺が留学を決めたことを、茜が悲しんでくれているのか分からない。
連絡もこない。
こんな時の恋人も察してあげれないくらいに、俺は何も知らない。
黙りこくった俺に、沙羅はッチっと舌打ちをした。
「じゃあ…そろそろだろうと思うから、帰るわね」
そういって、沙羅は窓から出て行った。
茜は多分、身長伸びたらちゃんと美人になるんだろうな~と思われる感じの女の子です。




