第91話 涙
「赤城家の跡取りの修行として、後一ヶ月でアメリカに留学することになったんだ…」
アメリカ、その何処かはよく分からないけど、とても遠そうな場所だ。
「それって、いつまで?」
「最低でも2年だ」
2年。しかも、最低ということは、まだ長くなる可能性もあるのか?
あまり、現実味がなくて、キョトンとしてしまっている私に、意を決したように赤城さんは言った。
「その期間に、もう一度よく考えて欲しい。茜はまだ小学生だ、他の未来が…」
何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
嫌々、ほとんど無理やり恋人にしたのは、貴方でしょうに、小学生とか今更じゃんか、というか、他の未来ってなに?私の未来ってなに?
え、もしかして、私は遠回りにフラれてたりするの?
「準備とかで余り、会えなくなるけど。空港で見送りに…」
そこからの記憶が余りない。
どんな表情で聞いたのか、彼がどんな顔をして言ったのか、私が何かを喋ったのかは分からない。
頭がパンパンで、耳から通り抜けた感覚と、上下逆転した吐き気が込み上げていた。
とにかく、ポーッとした頭で、何も考えていないまま帰ってしまったのだ。
だから、これから起こる騒動の対策を考えなかったのは迂闊だった。
(だからと言って、この状況はないんじゃないだろうか?)
父と母にギュウギュウに抱きしめられ、窒息死寸前の脳内で私は思った。
おい、何がどうしてこうなったんだ。
ちょっと待て、赤城さんの衝撃の告白から、私の感覚では5秒も立ってないぞ。
気が付いたらギュウギュウに抱きしめられていた。もう一度言おう、ギュウゥっと抱きしめられていた。
「茜ちゃぁぁああんん!!大丈夫だった!?警察から聞いてもう居ても立ってもいれなくて…ごめんなぁああいい!」
鼻水と涙と汗と…とにかく、顔から出せる物は全て出し尽くしている母の方がよっぽど大丈夫かと聞きたくなる。
「…ッヒ…グズ…何やってんだよ…俺のせいで…悪かった」
鼻声で、そういってくる父に至っては、キャラ崩壊を起こしている。
最初は冷徹ぶっていたが、母につられたのと、自分が原因なのと、しかも私が告訴しないと言ったので、色々と追い詰めれらてしまったんだろう。
「ごめんね、心配させて。でも、大丈夫だよ」
そういって、制しつつも、不謹慎ながらに喜んでしまった。
こんなこと、昔では考えられなかった。
母はともかく、父がこんな風に抱きしめてくれることなんてなかっただろう。
この暖かみをしることも無かっただろう。
きっとこれも、赤城さんのお陰だ。赤城さんにお礼を言おう。
あぁ、でも赤城さんアメリカに行っちゃうんだよね。
海外なんて遠いな…2年なんて、小学生の私にとったらとてつも長い期間だ。
赤城さん……赤城さんね…、赤城さん、遠いところ行っちゃうんだよね…
「うわぁああん!う!」
気が付けば、大きな大きな声を響かせて思いっきり泣いていた。
さっきまで大丈夫だったのに、いざ、深く考えると涙が出てしまい、止めようと思うが、止めることは出来ない。
アメリカなんて遠い。2年なんて長い。長すぎる。
喪失感か、虚無感か、悲しさかは、わからないが、私は涙を止めることが出来なかった。
「茜…っ…怖かったんだな」
両親は、それを事件に会ったせいだと解釈したらしく、私はそれに甘えて泣きじゃくった。
子供の私には、ただただ泣くしか方法が無く、自分の無力さを思い知らされた。
最初はマレーシアだったんですけど、アメリカに変更しました、
今更ながらに。




