第88話 許せない
「怪我は大丈夫かい?」
「えぇ」
心配をしてくる幸彦に笑顔で答えながらも、茜は内心冷や汗を流していた。
自分の腕を引っ張り、テーブルに頭をぶつけさせたのは、きっと幸彦だろうことは分かっている。言葉の矛盾と、自分か犯人しか分からない情報を喋っていたからだ。
「(危険かもしれない……)」
それでも、隼人を会場に戻らせたのは、近くにいさせる方が危険だと判断したからだ。
自分の父によって精神をズタズタにされた人間だというのは、自らの口から聞いている。ならば、その私怨か……
「茜さんって、本当に令二さんにソックリですよね」
神経を尖らせているときにいきなり幸彦から喋りかけられた。
刺激を与えないように、自分が気づいていることを悟らせないように茜は普段通りしゃべる。
「よく……言われますね」
「俺ね、令二さんに精神ボロボロにされたんですよ。散々俺を利用した挙げ句に俺がヘマしたら簡単に捨てたんですよ……許せない」
ギリィ……と、壁に爪をたて、ギギギと引っ掻いた。
その姿はさながら殺人を犯す一歩手前の狂人だ。
「いや~やったくもってそうですね、父はそういうとこありますからね、許せないのも無理はないですけど、人間許すことは大切ですよー」
嫌な汗をかきまくりながら茜は必死で口を動かした。
復讐するなら父にしてくれよ、娘に何かやってもあの男は何も思わないぞ。というか母さんに何かした方が効果てきめんだと思う。いや、あの人なら何かされる前に相手を葬りそうだな。
取り合えず、自分の父親のせいでこんなことになったのは明白だ。恨むぞと心の中で呪詛を呟く。
しかし、幸彦は何の話だとばかりに首を傾げた。
「俺が令二さんを恨む訳ないじゃないですか」
いや、知らんがな。とは突っ込めず、茜は相手の言葉をまつ。
「令二さんは俺を利用してくれたし、世界を壊してくれた……俺が許せないのは利用価値が無くなった自分自身です……でも、また役にたてます」
どういうことだと聞こうとしたが、それは叶わなかった。
ニコリと、無邪気といっても過言ではない笑顔には不釣り合いなナイフがいつの間にか握っており、それが一瞬にして思考力を奪った。
どうする?
ドアからの脱出、幸彦さんが立ちはだかっている。
大声を出す、ダメだ防音だ。
幸彦さんに襲い掛かる、子供の腕力でなんとかなるわけがない。
色んな案が浮かんでは消える。
どれか一つでも本気でやれば、まだ可能性はあるのだが、極度の緊張が茜の冷静さを奪う。
幸彦は一歩一歩こちらへと近づいてくる。
その顔は色んな思いが入っているような複雑そうなかおだった。
何かをまっているような……
けれど、冷静さを欠いた茜にはそれがわからず、殺気にしか見えない。
「(あぁ、でも隼人さんに危害が及ばなくてよかった。死ぬとしても自分だけですむ)」
茜はここにはいない隼人のことを思いながら安堵する。
きっと、自分は死ぬかもしれない。
呼吸はしいし、体も動いてくれない。
こんなことならば赤城さんに……
抵抗らしい抵抗も出来ず、半ば諦めてキツく目を瞑った瞬間……
バァン!!と閉められていたドアが吹き飛んだ。
「茜!!」
隼人が表れ、茜の名を叫ぶ。
「大丈夫か!?」
茜の姿をみつけ、隼人はそっちへ駆け寄る。
茜も安堵しかけ、向かおうとしたが……
「死ね」
ナイフをもった幸彦が隼人へと襲いかかった。
「赤城さん!?」
ちょっと色々ありまして、更新が遅れて申し訳ございませんでした!!




