第76話 家に帰れない
「アンタなんて大嫌い!!!!」
朝生 実花子。通称ミカはそう大声で叫んだ。それに対して茜は小さくため息をつき……
「帰る」
単純な動名詞だけ発して、部屋から出ていこうとした。別に怒っている訳でも何でもなく、単に面倒だなという気持ちだけで動いている。
「え……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「は?」
茜はミカに呼び止められ、反射的に振り返る。別に深い意味もなく、何?という意味合いをこめて『は?』と言ったのだが、光の逆光や声の冷たさが恐怖を駆り立てる。
「えっと……待ってください……」
目線をそらし、思わず敬語で話してしまうミカ。
そんなミカに茜は仁王立ちして返答をまっている。喋るときは相手の目を見ようという親の教えで、目を見ているが、ミカにはプレッシャーにしかならない。
「…………」
「……え……あ……」
「…………」
「(まるで人形みたいで可愛いな。これはこれでアリだ、頬擦りしまくりたい)」
茜は終始無言でミカを見つめ続ける。ハッキリ言えば怖い。そして相変わらず隼人はアホなことを考えている。
このまま硬直状態が続くのかと思われたが……
「はいはーい!そこまでだよ!」
幸彦は手を叩いて笑顔でそういった。
「はい、婚約者と恋人のご対面がすんだところで落ち着こう!
隼人、君は『可愛いな~』って顔して見てるんじゃない。ぶっちゃけイケメンじゃなかったら不審者だ。
ミカ、君自体はヘタレな子なんだから下手に藪をつつこうとするんじゃない。蛇じゃなくて悪魔が出たりするから。
茜、君は迫力ありすぎ。過去のトラウマが呼び覚まされるので、出来れば幼女っぽい行動して。」
物凄く意味不明で若干リアルな本音をいいながらも、何だかんだで空気纏めた幸彦は、ミカと茜の間に入って三人に距離を置かせ、茜に引っ付こうとする隼人を牽制し、また話を続けた。
「はい。まずは茜くんへと話があります」
「なんですか?」
ニヤニヤヘラヘラと彼はいった。
「まずね、君は家に帰れません。誕生祭まではちょっとここにいて貰います」
「言い訳せずに頭をカチ割られるのと、言い訳をして納得されずにカチ割られるのと、お父さんを今すぐ呼んで『春風さんに恥ずかしいこと言われた~!』っていうの、どっちが好みですか?」
「その絶望的で逃げ道のない選択肢は捨てよう。特に令二さんのやつ。それやったら、人間としての色んなものかなぐり捨てて彼の口が動く前に包丁ふりまわすからね」
茜は冗談やからかいで言ったのだが、幸彦は本気でそういった。というか目がイッちゃってた。自分の父親は本当にこの男をどんなに追い詰めていたのだろうか……
「言い訳としては、まず君の身の安全のためだ。隼人くんが恋人として君を紹介してしまった以上、保守派から『直接的な行動』を移そうとする人間がいるかもしれないからね」
「なるほど……」
「一理あるな」
『直接的な行動』とは、ようは脅しのようなものである。いや、それならばまだ可愛い方だし対処はある。最悪、茜は隼人と縁を切ってしまえば命の保証はされるからだ。
問題なのは、脅しや話し合いをしようとせずに『行方不明者』にしてしまうことである。
「ねえ、ちょっとどういうこと?」
茜と隼人が理解を示す一方で、人の悪意にさらされることが少ないミカは『?』を浮かべていた。
その表情が『子供はどうやってうまれるの?』と聞いてくる無邪気な幼児のように見えた茜は言葉を濁した。
「山奥にある綺麗なお花畑の肥料になったり、鉄と融合してアイアンマンになったりするってことです」
「それ、ようするに死ぬってことよね?」
ミカの質問には答えず、茜は幸彦に先を促した。
「後は君の紹介かな?君のことを気になるって人は結構いるからね、その人たちにもお披露目的な感じだよ」
「知ってます?セミって実は一週間以上生きれるんですけど、ずっと見られている環境に置かれてストレスが溜まって死ぬんですよ?」
と、皮肉を口にだしながらも、それは仕方のないことかと茜はぼんやりと納得する。
時期社長というのが約束されている御曹司が婚約を破棄した相手が小学生の幼女。更には恨みを買いまくり、あらゆる意味で有名な冷酷弁護士の娘ともなれば、注目が集まるのは必然だ。
いい視線ばかりでないのは、元よりしっているし、寧ろ悪い視線が大半を占めてると思うが、そこを気にするほど茜は繊細ではない。
「別に悪い話でもないだろ?記念祭までここに住めばいいはなしだし、ここは広いし部屋数も多い。何不自由ないし、『若干の不備』を見逃してくれるなら住むところとしては最高だよ」
『若干の不備』が酷く気になるところだが、それを聞いたところで素直に答えてくれないだろう。
「そうだ、いいところだぞ。少々鬱陶しいところはあるが、悪いとこじゃない。ヒヨコもあるぞ?」
一緒に住むというワードに飛びついた隼人は茜を説得する。『アメちゃんやるからおいで~』といってる不審者のそれだが、誰もツッコマない。
さて、どうしたもんかと頭を少し悩ませながらも茜は答えた。
「分かりました。受けましょう」
別にヒヨコに心奪われたわけではない。




