第6話 ヘアピン返してください。
キーンコーンカーンコーン....
と、お決まりのチャイムの音が聞こえて、学校が終わるのを確認してから、私はからっぽの軽すぎるランドセルを背負って教室を出た。
「茜ちゃん!!ドッチしようよ!!あ、そのヒヨコ可愛い!」
「茜!ケイドロやろう!」
「あーちゃん、うちの家で遊ぼうよ!!」
出ようとした矢先に顔も知らない何人かのグループに囲まれて遊びに誘われる。ちょっと待て、そんなに押さないで欲しい。こっちはとある事情で人間に対して若干の恐怖を覚えている。
「遊ぼうよ!私たち友達じゃん!」
ぶっちゃけ、君の名前を知らないし、そこまで仲がいい訳でもないのに、何で毎日誘うのか余り分からない。
いつもならば、適当にどこかのグループに入って遊びに興じるが、今日は赤城さんとの約束があるために断る。
「ごめんね、今日はちょっと用事があるから」
「え~....」
そう言った瞬間に明らかに残念そうにする子達に再度、ごめんと言って学校を出て、赤城さんが指定した場所に向かった。
「明らかに場違いだわ....」
デカイ、純和風の料亭を見上げた私の感想は、逃げたい。場違いすぎる。決して、デカくてヨレヨレのTシャツを着た体操ズボンのガキが来ていい場所じゃない。
肉料理が出るって言ってたじゃないか。『 鍔野花』って、焼き肉店だと思ってウキウキした私の一瞬輝いた心を返せ畜生。
Bダッシュで逃げれないかなと思う。うん、逃げよう。
「おう!茜、来たか!」
しかし、逃げようとしたら後ろから恐怖の声が聞こえた。爽やかでありながら、人の脳髄を駆け巡る重低音の声が私の鼓膜をじかに揺さぶる。
何でこの人、こんな声を出せるんだよ。
「こんにちわ、赤城さ....ッヒャア!?」
取り合えず、あいさつは人としての基本だと思ったので頭を下げたら、体が凄いグラグラしている。
なんだ何だと驚いて顔を何とか上にあげると、赤城さんが素晴らしく、後ろに太陽があるかの如くキラキラと笑っているのが見えた。
「茜は可愛いな~」
そういいながら、赤城さんは私の頭を撫でまくっている。それは、小さい子供やペットの頭を撫でるような慈愛の類いではなく、職人の如く真剣に私の頭を撫でている。
力加減、髪にふれるタイミング、ついでにマッサージをする指。何もかもパーフェクトで、目が真剣そのものだから怖い。
「あの....」
「ん?」
怖いです。『ん?』という一文字に恐怖を覚えたのは初めてだ。
このお兄さん、多分悪い人じゃないというか、素でキラキラ笑顔であるのは理解できるし、多分さっきのも普通に疑問を示してるだけなのはわかる。
しかしながら、限度をこえて美しすぎる顔を近づけられると泣きたくなってしまうんだ。
これなら、まだ水城さんの笑顔の方が上っ面だけでも善人っぽいから、まだマシなんじゃないかと思う。
「で、どうしたんだ?」
「あの~....私のピン、返してくれませんか?」
私が勇気を振り絞って、そういうと赤城さんは少し驚いたような目をした。気づいてないとでもおもってたのだろうか。
そりゃ確かに、ピンを取るときの動作はなめらかで髪の毛一本も引っ掛からなくて、タップリの前髪をどんなマジックを使ったのか、前にいかないように上手いこと整えてる。
本当に、この人の手はどうなってるんだろうか?
「それ、結構気に入ってるんです....返してください」
再度、そういうと一瞬だけ赤城さんの表情が『無』になり、手に握っていたヒヨコのヘアピンに視線を向けた。
「これ、茜のものか?」
と言われて、少しだけ考える。
アレは、かずま君に貰ったものである。元々はかずま君の所有物であったにせよ、私に渡した時点でわたしのものだから....
「うん、私のだよ」
「そっか、悪かったな」
赤城さんは、すぐに優しい笑顔に戻って私の手にヒヨコのピンをのせた。
「でも、何で私のヘアピンを取ったりしたんですか?」
「なんか、そのピンに茜以外の臭いがして、思わず取った」
あぁ、なるほ....じゃないよね!?お前は犬か!?スコティッシュ・ディアハウンドか!?臭いってなんだ臭いって!?
つーか仮に臭いがしたとしても、何で取るんだよ!?
ヒヨコのピンを前髪にパチッと留めながら私は心の中でツッコミを入れた。
「褐色の肌でスポーツが好きでガキ大将をしてる男の臭いがした気がするんだが....きのせいか」
何コイツ、気持ち悪いんだけど。
案外、茜もヒヨコのピン留めを大切にしてたりします。