第63話 俺はいま…
茜は、人生で初めて目を飛び出す人間を見てしまった。本当に存在するんだなと感心すると同時に、危ないだろと心配する。
「目、大丈夫ですか?」
「あぁ、今もどす」
龍馬は目を引っ込めながらも、頭を抱えた。茜がいった、赤城隼人があの、仇敵、隼人なのだ。
「……な、なんで付き合っているんだ?」
「色々とあってキスしてしまったのと、もう好意をもった方が身の安全が保証出来ると思ったからです」
「……なぁ、ストックホルム症候群って知ってる?」
それをいった瞬間、茜は肘を龍馬に当てようとしたが、それを龍馬は軽く受け流した。
「自覚はあるんだな」
「うっさい」
今度は近くにあった、瓶の破片をダイレクトに龍馬の目を狙って刺そうとしたが、それも軽くいなされる。
「それにしても……あの、冷徹の隼人がな……」
けれど、目の前にいる茜は可愛いげのない顔立ちだが、成長すれば美人にはなりそうなので、将来的には、見た目だけはお似合いかもしれない。
プルルル……プルルル……
シンプルな着信音の、携帯電話がなる音がした。それは、茜のものだったらしく、ポケットから取り出して耳に当てる。
「もしもし?」
『俺だ』
淡々と、怒っている訳でもご機嫌でもないこえがひびいた。
「赤城さん?今どこにいるんですか?」
『今、みどり公園辺りだ』
ちょうど、自分と龍馬がいるバーの近くである。偶然そこにいるんだなと思っていながら、会話を続ける。
「あの、さっきはごめんなさい。謝りたいのでそちらに向かいます」
『大丈夫だ、俺がいく』
ッピ、と通話が途切れてしまった。いや、そっちから迎えにいくといっても、自分は居場所をいってないのでこれないのでは?と疑問におもった。
「ここって、隠れ家みたいな、営業されてないバーですよね?」
「そうだな……普通は余り分からないと思うが……どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないです」
プルルル……プルルル…と、またシンプルな着信音がなる。
『赤城さん』と表示されているので、やはり場所が分からなくて、聞きにきたんだなと思いながら、耳にあてる。
『隼人だ……今、ジャヌコのとこにいる』
ッピ
まだ、通話が途切れてしまった。因みにジャヌコとは、百貨店であり、みどり公園より、若干バーに近い場所にある。
何故か、私はヒヤりと汗が出た。単に赤城さんは自分の場所をしらせているだけであり、何も怖いことはしてないのに、何故か怖い。
プルルル……プルルル……
また、シンプルな着信音がなった。私は怖いが、出ない方が恐ろしくなりそうだと判断して、通話ボタンを押す。
『俺は今……3丁目の美容室のとこにいる』
ッピ。また切れた。
どんどん近づいてきている。さっきよりもずっと近くに赤城さんがいる。もう3丁目の美容室といったら、私たちがいる場所の3つ隣じゃないか。
プルルル……プルルル…
「……龍馬さん、逃げましょう!!それが無理なら私を逃がしてください!!」
「おい!いきなりどうした!?」
私のあわてっぷりに、龍馬さんは驚いているが、私はそれどころじゃない。
なんでバーにどんどん近づいているのかとか、何で居場所が分かっているのかとか、怒り狂っているのか、それとも意外と冷静なのかとか、このさいどうでもいい!!
「恐怖のメリーさんが出現したんです!!ホラーより怖いのがこっちに向かっているんです!!」
「何をいってるが意味がわからん、説明してくれ。それに、そこまでヤバイことでもないだろ。メリーさんとか可愛いもんだろ」
本当に顔に似合わず可愛いもの好きめ!!ホラーですらアンタの射程範囲か!?
「単刀直入に言えば、キレてるかも知れない赤城さんが来ます」
「逃げるぞ」
どうやら事の重大さをわかってくれた龍馬さんは、上着をきはじめる。私も、ヒヨコのリュックを背負いだした時……
プルルル……プルルル…
着信がなった。
かつて、これ程までに恐怖を感じる着信があっただろうか?何故わたしは着信音だけでここまでの恐怖を抱いているのだろうか?
出たくないが、出ない方が怖い。わたしはゆっくりと、通話ボタンを押した。
『隼人だ、俺はいま……』
振り返るより早く、後ろから優しく、まるで蛇のようにゆっくりと絞め殺すように抱き締められた。
「茜のうしろにいる」
耳をゆっくりと舐めあげ、そう囁かれた。




