第28話 茜の回想
私が赤城さんとお父さんの修羅場をみる30分前……
発狂……といえば聞こえは悪いが、珍しく取り乱したオカンをなだめ、慰めていると、オカンは落ち着いたのか、うつむきながら、下唇を噛んでこういった。
「茜……私は、妊娠しているのだ……」
オカンが、悔しそうに、まるで恥じるようにそういった。目立つ程膨れてはいなかったが、確かに注意してみれば少しはっているのが分かる。
「(あ、私、裏切られたんだ。)」
一番最初に浮かんだ感想がコレだった。
一体、何に裏切られたのか、そして何故裏切りという論理にたどり着いたのか分からない。
悲観する訳でもなく、怒るわけでもなく、私は感想としてそう思ってしまった。
そういえば、何故オカンは妊娠したのだろう。
確か、私を引き取った理由はもう子供をもうけることは出来ないから、外から養子を作って後継者にすることだった。
(まぁ、それが親戚や使用人から『当たり前』の態度を受ける原因にもなったのだが……)
それはつまり、オカンは不妊症だったということであり、子供が出来る訳ではなかったのだと思う。
オカンが妊娠出来たことについて、一つの仮説が浮かび上がる。
「えっと……父さんから、不妊治療の名医を紹介されたでしょ?」
「な……何故それを……!?」
あ、やっぱりそうなんだ。
まぁ、父さんのやりそうなことではある。あのえげつない父は人の弱味につけこむのが得意で、交渉も得意だ。
不妊に悩んでいたオカンに、私を渡したら不妊治療の名医を紹介してやると言われたんだろう。もしくは、周りの親戚たちか……
まぁ、ちゃんとした血筋の子供が出来るなら、それに越したことはないと考えるのは、当たり前のことだと思うし、きっとオカンは親戚中から言われたんだろう。
で、不妊治療をしたからといってホイホイ出来るものじゃないから、4年という月日がたったのか……
「ずっと……ずっと…苦痛だった。茜のことは愛してる、手放したくない……けれど、子供を妊娠とき……嬉しく思ってしまったんだ……」
それは当たり前の感情だよ。
たかだか10歳の子供が分かる話じゃないけど、諦めかけていた子供を妊娠したんだ。そりゃ嬉しいにきまってる。
「私は……恥ずかしいんだ……茜を愛しているのに、子供が出来て、幸せに思ってしまった自分が……」
それは恥じることなんかじゃない。
けれど、10歳の子供としては、やっぱり裏切られたと感じてしまう。私は結局はなんだったんだろうと思ってしまう。
裏切られたというより、利用されたという絶望。
子供は私じゃなくてもよかったんだという失望。
本格的に私の存在意義や居場所は喪失したという怒り。
けれど、それよりも私は強く思ったことがある。
「オカン……」
「っ…なんだ?」
オカンはさっきとは違い、まるで武士のように顔を引き締めて覚悟の顔をした。
どんな暴言や中傷や暴力にも受け入れるといったような、まるで打ち首前の侍のような雰囲気だ。
「あっと……その……」
「なんだ?」
「いや、そのね……」
「なんだ!?」
喉まで出かかっている言葉を詰まらせる。
オカンは少し怯えているような、されど覚悟は決めている表情を崩さずに聞いている。
けれど、これはいっていいのか分からない。余りにも場違いな気がするから…
「オカン!あんな!……」
「…っ…なんだ!?」
目をつぶって、私は最早やけくそになりながら聴く。
「そのお腹にいる子供……
ウチの妹か弟とかだと思ってもええか?」
「・・・」
オカンはポカーンとしている。
本当に今日はオカンの色んな一面をみてるような気がする。
「あ、いや……そりゃ私は血の繋がりもないし、戸籍も除外されちゃってるけどさ…姉ちゃんづらしてもいい?」
「私を……恨んでいないのか?子供を生んでもいいのか?」
う~ん……子供の出産の意思決定は私にないし、恨んでいるかと聞かれても、それより弟か妹が出来るという感動の方が強い。
「嬉しいんだ……弟か妹が産まれるかもと思うとさ……。後ね、複雑だけど、私がいなくなってもオカンが大丈夫で安心した。幸せで嬉しかった。
まぁ、一番の本音は姉ちゃんになれるかもっていう期待かな?」
頬をかきながら、私はいった。
「当たり前だ!!いくらでも会わせる!!いくらでも会えばいい!!それで嫌という程愛されて好かれてしまえばいい!!
産まれてくるこの子は正真正銘、お前の弟だ!」
「あ、弟なんだ」
私はそういって笑った。笑えた。
凄くスゴく心配だった。
気丈にふるまい、武士のような強さを身に付けた人であったとともに、とてもとても優しい人だったから。責任感の強い人だったからから。
「私がいなくても……幸せで…よかった」
私がいなくても幸せをつかみ、そして大丈夫だったんだと心から安堵した。
「茜……すまない……!私は…今もちゃんと…幸せなんだ!
お前がいないのに、幸せだと思った私を許してくれ……」
泣きながら、そういったオカンは本当に申し訳なさそうだった。
「お願いやから、自分の幸せを……あやまらんといて」
私はオカンを抱き締めていう。
「ウチは……オカンを愛しとうで」
オカンはそのあと、何も言わずに嗚咽と涙をこぼし、私を強く強く抱き締めていた。




