第23話 母の許可
前話と話が急に変わってます。
「お母さんただいま~」
私は、家の玄関を開けて入る。
「おかえりさ~い~」
母はホンワカと、綿飴のようなフワフワとした甘い笑みを浮かべて裁縫をしていた。
「お母さん……」
「ん~?なぁに?」
チクチクと、百合の花の刺繍をしていながら、母は私の言葉に耳を傾ける。
「ウチ、オカンに会いたいねん」
ピタリと、母は刺繍の手を止めて私の方へと顔をあげた。
絶望しているような、泣きそうな、小さな子供が母を失う時の顔をしている。
オカン……つまりは前の母のことだ。
お母さんにとっては、無かったことにしたい。けれど、一生付きまとってしまう真実。
「あ……あぁ……やっぱり、ママを許せない?私を恨んでるの?嫌いなの?」
「ちゃわれ、恨んでへんよ」
「じゃあ何でそんなこというのよ!?ねぇ!?その言葉も止めてって、何度も言ってるでしょ!?」
ここまでは、何度も繰り返した会話だ。
私がオカンに会いたいと言えば、『やっぱり私が嫌い?恨んでるの?』と言われ、私は何もいえなくなる。
母が悲しい顔をするから、この方言もやめた。元々、前の父が使ってたのが移っただけだから、さほど問題はなかった。
母を困らせたい訳ではない。愛してない訳ではない。恨んでる訳でもない。寧ろ感謝してるし、何不自由なく育ててくれたことに私は敬意を表す。
それでも
「お母さん、それを言うのは凄くズルっこいで」
私は、母に反抗する。
「そんなん言われたら、私は何もいえないよ。私はお母さんが好きだよ?でも、それを利用しないで」
母がとても優しくて、とても立派だというのは知ってる。
ご飯を食べさせてもらって、服も買ってもらって、オモチャも買ってくれる。落ち込んだ時は慰めてくれる。
風邪を引いたときは、ずっと看病してくれた。
弱々しい母が勇気をだして、私をよく思わない親戚から守ってくれた時もあった。
だから、これは完璧な私の我儘であるというのは理解してる。
「私は……茜ちゃんを手放したくて、手放した訳じゃないの。本当に愛してるの……お願い、私を捨てないで」
「私はお母さんを捨てない。ただ、会いたいだけ……
愛情を……縛り付ける理由にしないで。親にそれを言われたら、子供は何も出来ない……」
泣き崩れた母の手を私は握る。
大丈夫だと、心配しないでいいよと。
母を恨んだことが無いかと言えば、嘘になる。
環境は不幸で、親戚や使用人から嫌な目に会わされても、私は幸せで、オトンとオカンと私で笑いあってた環境から、問答無用で引き離されれば、そりゃ恨む。
文句の一つでも言ってやろうと思った。なんて酷すぎる人たちなのだと思った。なんでこんな残酷なことをするんだと。
けれど、文句を言う前に抱き締められた。
恨もうとするまえに、愛してると泣かれた。
そして、こんな状況になった理由も説明された。
そんなことをされたら、私はもう受け入れるしか道はない。
まっくもって、愛情とは面倒臭いものである。
「お母さん、私は家を出ていって若菜家にいくつもりはないよ。というか、いけないしね」
若菜家からしたら、養ってあげたにも関わらず義母を裏切って実母についていった、恩知らず。だろう。
因みにこれは、父がそう仕向けたものだ。
私が家を出たとしても、若菜家に戻れないように、そういう噂や風評を作った。
本当に父は優秀だが、残酷な人だ。
「分かったわ……」
母は、そのことに安心したのか、私の言葉を信じてくれたのか、許可してくれた。
母は涙をこらえながら、そして小さい小さい、本当に掠れるような声でいった。
「茜ちゃん……ごめんね……」
だから、親に謝られたら、子供はどうしたらいいのか分からないよ。
そう出かかった言葉を私は飲み込んで、聞こえなかったフリをした。
愛情って厄介だな~。面倒臭いな~。
大体のことは正当化できて、子供をコントロールできる魔法だな~と、思ってます。
隼人の告白の返事とかは、また後で書きます。




