第19話 連絡を入れる2時間前②
彼女、如月 茜の出生は少々複雑なものである。
産んだ母は、正真正銘、今の母である如月 鶴美であったのは間違いない。当時、弁護士を目指していた法学部の男と恋に落ち、子供を産んだ。
しかしながら、手塩をかけて大切に育てられ、少々世間知らずの娘に子供を育てられる筈がないと、将来有望とはいえ、まだ学生の男に子供を養える筈がないと、両親と親戚はもう反対した。
男は鶴美の体を心配し、後で絶対に子供は取り戻すと説得した。
そこまで言われ、鶴美は泣く泣く茜を手放すこととなった。
そして、茜が引き取られた先は 若菜という名字の家だった。
戸籍上では、この家こそが最初に見えるだろう。
そこそこの名家である若菜家で、茜は余所者として『当たり前』の扱いを受けた。
その時に、助けようとしたカズラという従兄妹はいたが、正直役に立たない人物だった。
ともあれ、茜はこの時、環境は不幸だったのかもしれないが、茜自身は案外幸せだった。
「茜、このような状況においた私を恨みますか?」
「別に、そこまで不幸でもないよ」
そういえる位には茜は幸せだった。
母は凄く厳しい人だが、不器用すぎる愛情をちゃんと茜は理解していたし、親戚中から邪魔者扱いを受け、虐待やよろしくない言葉を浴びせられても、疑問に思うだけで恨むことは無かった。
そんな人生が6年過ぎた頃、転機は訪れる。
試験を一発合格し、色々な事件や問題を解決し、たった6年で地位や名誉、経済力を手に入れた男、茜の父はついに動き出した。
自分を弁護士に裁判を起こし、茜の親権を取り戻した。
一周回って、やっと元の家族に戻ったのである。
「とまぁ、こんな感じです」
分かりましたか?
と、茜はポカーンとしている沙羅に問いかける。
「え?えーと……もう一回説明してくれるかしら?」
余りの複雑さに沙羅は頭がこんがらがる。
沙羅の予想では、あのメルヘンチックな母は茜の義理母で、前の母が本当の母だと思っていた。
「(つまり、彼女は大人の事情で親権を手放され、更に勝手なじじょうで……)」
サァ…と、沙羅は恐怖する。
「あの~そんな哀れんだ目で見ないで下さい」
「アナタは怒らないの!?」
余りにも冷静な茜に、沙羅はゾッとする。
10歳の子供の態度ではない。本来ならば、もっと怒るべきである。
今さら母親ずらするなと
捨てた癖にと
怒ってもいい状況だが、茜は一蹴した。
「何に怒るんですか?誰も悪くないのに、誰に怒りをぶつけろというんですか」
本を棚に戻しながら、茜はそういった。
「あなたは過去に親に捨てられたも等しいことをされたのよ」
「今の母が過去に親権を手放してしまったのは仕方のないこと、子供を取り戻したいと思ったことも仕方のないこと。
泣きながら謝り、愛していると訴える母に何をいえますか」
前の母は最後まで気丈であろうとしていたが、最後に泣き叫び、行かないでくれと言った。
今の母は、罪悪感やら何やらで少しの刺激で壊れそうな状態の人間だった。
結局のところ、茜に選択権などなく、大人や他人が決めた選択に振り回された。
「だから、赤城さんが羨ましくて妬ましかったんです。
ちゃんと愛されて、自覚も出来て、選択権があって、親に愛されて、友に愛されて、何もかも恵まれている赤城さんが羨ましいです」
仮に茜に選択権があったとして、それでどうなったのかは分からない。
頭はよくとも、子供の域を出てない茜が素晴らしい行動を出ることが出来るかと言われれば、無理だろう。
しかし、それでも茜は選択権が欲しかった。自覚出来る程の脳と勇気が欲しかった。
気がつけば何もかもが勝手に決められ、怒ろうとする前に相手が泣きながら謝り、愛情を示すだなんて反則だろう。
隼人はそうなる前に行動している。
信者たちが暴走しても、最悪になる前に選択し、行動している。なんか、それってズルいと、意味も分からない感情に支配される。
「……アナタの言い分は分かったわ……そこを踏まえて聞かせて、隼人のことを嫌いと言ったのは妬みから?」
「ええ、妬みです。だったらなんですか?」
茜はそういった。
これは茜自身の問題である。赤城の方にも結構な問題はあるが、嫌いといったのは、茜の環境や性格が原因である。
尤も仮にそれを抜きにしても、茜の印象は頭の可笑しい集団の頭の可笑しくて、やたら触る兄さんだっただろう。
しかし、そんなのは今の沙羅は知らない。
「隼人とちゃんと話なさい。嫌いだと言うにしろ、フルにしろ、ちゃんと話なさい。それだけよ」
そういって、沙羅は図書室のドアへと向かった。
「何で、ですか?」
正直、赤城に会いたくない彼女はそういった。
ドアに手をふれた時、彼女の方をむいていった。
「死人が出るからよ」
「……」
茜は早急に隼人に連絡した。




