第18話 連絡を入れる2時間前①
茜が隼人に連絡を入れる前、彼女は学校の図書室にいた。
平均的な小学校で、唯一他とは違うのがこの図書室だ。
周りが本で埋め尽くされており、壁の本棚は勿論だが、ガラスで出来ている床の中に本があったり、天井にもベルトのようなもので固定されている光景は異常だった。
上下右左、本本本本の本の城、もしくは要塞である。
「(ふぅ…いつきても、ここは安心出来る)」
他の教室は授業中であり、彼女はサボってここに来ていた。
授業をサボることはダメなことだが、出る気はない。
休んで家にいるという選択肢はあるが、個人的に家にはいたくない。
千か万の本に囲まれ、一切の音もない静寂を表した図書室は、まさに彼女の楽園であったのだが……
「何なのよ、この部屋。右も左も下も上も本だらけじゃない!!」
その楽園を潰す『肉』の声が聞こえた。
とある一点が、圧倒的に『肉』である女性を認識したとき、茜は自然に携帯をとって、三回数字をうった。
ピッピッピ 110
「……もしもし、学校に露出魔の不審者が「やぁぁめぇえてぇええ!!!」」
本気で通報しようとした茜を必死で止めた後、沙羅は激怒した。
「ホント!!信じられないわよ!!普通、警察に連絡する!?」
「ホント、信じられないわよ。普通、学校に侵入する?」
全く違うテンションで、同じようなことをいう茜に一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに言い返した。
「みなさい!!ちゃんと許可を貰って入ったのよ!!私の名を使えば造作もないことだわ!!」
許可証を見せつけ、ふふんと笑う沙羅。
「はぁ、そうですか」
「ふふん、偉い?偉いでしょ」
「……」
「何かいいなさいよ!」
最早、相手をするのも面倒だとばかりに茜は本に没頭した。
「私が話かけているんだから、何か喋ってよ!!」
沙羅は、何かしらのアクションをしたり、喚いだり、しまいにはツンツンと茜にちょっかいを出した。
「ねぇ、ちょっと~聞こえてるんでしょ?何か言いなさいよ」
「……」
ツンツンツンツン……
「ほっぺたプニーっとするわよ~」
「……」
両手で、茜の頬を掴み、まるで餅のようにムニーっと伸ばした後、ずっと触る。
プニプニプニプニプニプニ……バシッ
「鬱陶しいわボケ!!」
「やっと反応してくれたわね!」
本気で苛立ち、手を振り払った茜に、やっと反応を示してくれたと喜ぶ沙羅。
最早、どっちが子供か分からない。
「で、何のようですか肉姉さん。ついに胸肉を切り落として恵まれない人に渡すのですか?」
「それも考えたことはあるけれど、どうやら人間の肉って衛生的に悪いし、食用じゃないから無理みたいなの。だから今は肉ではなく、大豆での大量生産を狙ってるわ」
冗談で言ったつもりの言葉が何故か真面目な論理で返された。
この人は頭がいいのか悪いのか分からないと茜は思った。
「アナタ、顔は綺麗だけど随分と母親に似てないわね。ま、そりゃそうだわ」
唐突に、沙羅はそう言いはなった。
どういうことだ、と茜は沙羅を睨む。
「恋敵の情報を私が調べない訳がないでしょ。アナタのことはちゃんと調べたわ」
「ストーカーするほど、肉姉さんはそんなに私が好きなんですか?だったら面と向かって『友達になって下さい』って言って下さい」
「だ、誰がアナタなんて!!す、好きなわけないでしょ!!バ、バカじゃないの!?」
ほんの冗談のつもりで、言った言葉だったが、沙羅は凄い勢いで慌てだし、顔を真っ赤にしだした。
「友……にな……下…い」
「は?」
「何でもないわよ!!バカ!!」
ブツブツと、何かをいったらしい沙羅の言葉を聞き取れなかった茜は聞き返したが、沙羅はプイっと横を向いてしまった。
沙羅はハッと正気に戻り、本題に入ろうとする。
「って、話がズレたわ。アナタの家を調べさせて貰ったの」
「面白い話の一つや二つ、ありましたか?」
茜の問いに、沙羅は勝ち誇ったような、罪悪感のような、嘲笑ったかのような、哀れんでいるような笑顔とも何とも言えない顔をした。
その顔だけで、茜は沙羅が何を言おうとしているのかが、分かった。
「アナタって……あの家の子じゃないんでしょ?」
茜は、今読んでいる『簡単に出来る人の殺し方』という本に載っている殺人方法で、目の前の女を殺せないかと本気で思った。
怒りはない。ただ、殺したいと思う。
「肉姉さん」
パタンと本を閉じて茜は沙羅を見据える。
その目は、殺気と怒りに満ちている。
若干、10歳の子供がする目ではない。
「な、何よ……」
「何を勘違いしているか、分かりませんが私は正真正銘、あの家の子供です」
沙羅は、本気で茜を嫌ったりはしてません。案外、好きだったりします。実は茜の肉姉さん呼びも気に入ってたりします。
茜の家庭に関しては次に出ます。




