バレンタイン。それは戦い。 前編
番外編です。何故この時期に?と思われるかもしれませんが、ご容赦下さい。
「もうすぐ、バレンタインだな……」
隼人は、いつもの集会場所で、雑誌を開いてそう呟いた。
「はぁ……」
使い込まれていながらも、品がよく、その耐久性とフワフワ加減から、高級品だと分かるソファに寝転がり、ため息をつく。
「あのKUSOGAKI……いえ、あの子供からのチョコが欲しいのですね?」
寝転がっている隼人の横で、そう聞いたのは、彼の腹心である優人であった。
その名の通り、優しげな顔と雰囲気ながらも、その優しさが適用されるのは、隼人のみであり、隼人に心酔する軍団の中でも群を抜いた隼人至上主義である。
ぶっちゃけた話、隼人が幸せでさえどうでもよく、その為には、その他が絶望してもいいと考えている。
「あのガキを脅して作らせるか……いや、変なものが入ってたら駄目だな。いっそ、体を縛ってチョコレートの中にブチ込んで、それをプレゼントしましょうか?」
アウトに近いアウトなことを言い出した。
「おい、それで俺が喜ぶと思ってんのか」
「しないんですか?」
「するに決まってるだろ」
それで喜ぶと思っている優人もアレではあるが、それを実際にやると、本当に大喜びする隼人もアレであった。
「ってか、俺はそれが欲しいんじゃなくて…」
「なんですか?」
「手作りが…いいんだ」
雑誌で顔を隠し、声は冷静そのものではあるが、耳の赤さは隠しきれておらず、それはまるで恋をする乙女のような反応であった。
その反応を可愛らしいと、無音カメラで連写しながら、滾る衝動にかられる優人。
「大丈夫ですよ。ちゃんと付き合ってますし、あの子は変な所で義理高いですし…」
最悪、脅せば言いだけの話だ。
そんな言葉を寸の所で呑み込んだ優人だが、長年の付き合いである、隼人はそれを瞬時に見抜いて釘をさす。
「脅すのは無しだ。変な圧力も無しだ。もし、貰えなかったら…
それまでの話だ。
―――-
一方その頃…
「どうしよう…」
頭を抱えている幼女がいた。
彼女の名は、如月 茜。
ある程度、整った容姿と冷めた目、未成熟な体が特徴の、将来美人になりそうな典型的な少女である。
そして、小学生ながらに、成り行きから高校生を恋人に持っている。
悩みの種は、その恋人の事であった。
「どうしよう…一個しか作れないや」
現在、茜は調理実習で手作りチョコを作っている。
毎年、この時期になると、女子はチョコの調理実習が行われる。
バレンタインの日に近いので勿論『そういう』イベントが発生するのが常だが、茜は基本的に父親に渡しており、父の日的な意味しか持たなかった。
しかし、今年は違う。
恋人がいるのだ
スッカリサッパリ忘れていたが、恋人がいるのである。
やらなければ駄目だろう。
シャカシャカと、クリームを泡立てながら茜はそう考えていると、横から軽い衝撃が走った。
「茜ちゃーん!チョコレートは誰にあげるの?誰々?」
衝撃の正体は、同じクラスメイトである、リカであった。
彼女は、飛びぬけた可愛さと小学生にして垢抜けた大人っぽさ、姉御肌な性格から、クラスでもトップカーストに属している女の子である。
同じクラスになってから、茜とは仲がいい。
「私はねー!中島くんにあげるんだー!茜ちゃんは?」
「えっと…一応、好きな人に」
勢いに押され、思わず喋ってしまうが、すぐに口を閉じる。
茜は、年齢的なものと、社会的なものの観点から、同級生に自分が高校生と付き合っていることを喋っていない。
「ふぅん…」
ニヤリーンと、リカは猫のように笑った。
何かを察したような顔で、チラリと窓の向こうの、サッカーをしている少年達に目を向ける。
「頑張ってね!茜ちゃん!応援してるよ!このこの!」
肘でつつき、悪戯っ子のように笑うリカ。
「応援しなきゃね…」
その言葉は、茜には届かなかった。
ーーー
「遅くなっちゃったや…」
茜は教室で、ランドセルを整理しながら、焦る。
図書室で好みの本を見つけて没頭してしまい、気が付けば、閉校時間ギリギリになっている。
小学校の閉校時間なので、そこまで遅くはないが、季節故に辺りは暗くなり、月もうっすらと見え始めている。
「チョコ…」
机にしまい込んでいた、チョコを取り出し、崩れていないかどうかを確認する。
茜が作ったのは、ヒヨコ型に固めたチョコであり、可愛らしくラッピングされている。
帰る途中に寄って、隼人に渡そうと考えていた時。
ガララ…
教室の扉の音がした。
「カズマくん…」
カズマ。
日焼けと、無邪気な笑顔が似合う典型的なスポーツ少年で、ませた女の子や、年上の子に人気がる少年だが、本人は気づいていない。
茜とはよく遊んだり、喋ったりと交流がある。
下手に整った容姿と、独特の雰囲気と性格から、若干浮いていた存在の茜に対して、周りの空気も読まずに喋りかけ、普通に接してくれた子でもあり、茜にとっては、それなりに特別な人物である。
「(どうしたんだろう)」
彼は小学校のサッカークラブに入っているので、この時間帯にいるのは不思議ではないが、教室内に来たのは、予想外である
「リカから聞いたんだけどさ、俺に用ってなに?」
カズマから、予想だにしない言葉が出た。
「え…!?」
本当はこれをバレンタインにする筈だったんですけど、本編に捩じ込めなかったので、番外編として書きました。
続きます。




