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ほんとうのこと

作者: 綿崎 リョウ

 空を見上げる。

 雨雲に覆われた灰色の空。

 でも、家の中からでは雨が降っているのかは分からない。

 窓を開けて、雨音を聞いて、雨粒を見ないと本当に雨が降っているかは分からない。

 でも、それだけでは雨が冷たいかどうかは分からない。

 降っている雨は冷たいのかもしれない、暖かいのかもしれない。

 でも、雨粒を見て、雨音を聞くだけでは分からない。

 人から聞いた情報、テレビやインターネットで流れている情報だけでは、本当かどうか分からないことがたくさんある。

 中には、本当の情報もあるかもしれないが、全てを信じることが、僕にはできない。

 実際に自分で、見て、聞いて、触って、初めて本当かどうかが分かる。

 いや、自分で確認しても、それが本当かどうかは分からない。

 たとえば雨の温度を自分で触って確認し、冷たいと感じても、自分の感覚がおかしいだけで、本当は暖かいのかもしれない。

 自分の目で確認し、本当の事だと思ったことが、自分の見方が間違っていて、本当は嘘だったのかも知れない。

 全ての事柄について真実を見分けるのは不可能だ。

 人が嘘をつくのをやめたところで、間違った情報を真実だと思い込み、結果的に嘘の情報を流す人や、嘘をつく人だってたくさんいる。

 そもそも、嘘をつく人がいなくなるなんてこと自体がありえないのだ。

 安易に人や情報を信用するようでは馬鹿を見る。

 だからと言って、全てを信じないわけにもいかない。

 本当に何も信じられなければ、生きていくことはできない。

 うまくバランスを取ろうとしても、理想的なバランスは分からない。

 こんな事を考えるたびに、生きるというのは大変な事だと思う。

 そして、簡単に騙されたりしてしまっても、何も考えずに生きていく方が、色々と余計な事を考えて生きるよりも幸せなのではないかとも思ってしまう。

 一度余計な事を考えてしまったら、その思考は頭から完全に消える事はない。

 自分の思考に振り回され、苦しまされ、考えたところでろくなことがない。

 きっと、何も考えずに能天気に生きていくことが、一番幸せなのだろう。

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