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勇者と愉快な仲間達

雑用係と旅に出て

作者: 酒人月歩

 その日は特になにもなく、ぶらぶらと近所のコンビニや本屋を冷やかしていた。

 さあ帰ろう、としたときに足元からぶわっと光が吹き出てきて、驚いたのもつかの間。俺は大勢のアホ面に囲まれていた。

 

 俺だって児童文学からラノベとかまぁ色々読んだり見たりしてし、異世界に行きたい願望がなかったといえば嘘になる。でも実際に行きたいなんて誰が思うよ。俺はオタクだが一般人となんら変わらない。平和な場所で、それなりに平和に生きていたいじゃないか。

 だから、魔王を倒してくれと上から目線で言われたときに拒否した。何でそんな他力本願なんだよ、お前ら。困ったときの神頼み精神の俺だって驚きの他力本願だよ。

 王族の腐りきった顔、貴族達の濁った目や明らかな蔑みの目。見ていて吐き気がする。

 そんな中に、不思議と憐れみと言うか、清廉とまでは行かないが他の視線よりはよっぽど気持ちの良い“何か”を感じた。

 口では他力本願な王族や貴族達に毒を吐きながら探すと、何とまぁ美人な男がいた。たまに目頭押さえてたりしてるから多分あれだ。隣の男など興味無さそうに本を読んでいた。お前何しに来たの。

 オウサマがキレたのは解った。なんつーか、解ってて指摘されるとキレるという典型的なタイプなんですねわかります。

 という訳で厳選されたらしいパーティーメンバー(騎士・魔法使い・神官?僧侶?などなど)に部屋までずるずると引っ張っていかれた。正直五対一は卑怯だと思わんかね。

 腹も減るし説得しようとするヤツや上から目線で脅してくるヤツの相手をするのも嫌になってきた頃、ようやっと五人が退散した。何故か知らんが、急に何かを察したように逃げて行ったので不思議だったが、空腹でそんなことはどうでもよかった。と言うか、飯は何時出てくるんだと。


「やぁ、勇者。一緒に旅に出ないか」

目の前の石壁がずれ、ちょこっと小動物のように首を出して声をかけてきたのはあの美人の男。正直男の服を着てるから男にみえるくらい、中性的なヤツだ。いきなりなので正直ビビったのは内緒な。

「勿論、魔王を倒す旅じゃない。生きるための旅だ。このままだと君、殺されるからね」

 あー、あいつらが考えそうなことだ。

「議会でね、君を殺して新しい勇者を召還しようって話が出てたから。パーティーメンバーも居ないし逃げるならイマノウチ」

 思わず踊ってるアスキーアートが頭に浮かんだが気にしない。いや、嘘です。噴出しそうでした。こらえるために仏頂面してました。

 だが、何故こいつがそんなことを知らせに来る?何の徳があるんだ?

「見返りもなにも用意できねぇぞ」

 というと、恐らく笑ったのだろうが……あれだ、うん。獲物を屠る前の笑顔だ。美人の笑顔が癒しになるのは幻想だったんだな、おそらく。

「いいよ。私はね、正直召還なんぞに反対だったんだ。何で、この世界の人間のために他所の世界の人間を誘拐した挙句、死ぬかもしれないのに戦わせて、勝ったら王女と結婚させてこの国の奴隷にしなきゃいけない?これは私たちの問題なのにね?挙句の果てに本人が嫌がったら殺すとかおかしいだろう?」

「まぁな」

 おや、なんだこいつ、まともなヤツだな。恐らくこの城で一番まともなんじゃとこのときまでは思っていた。

「だから、私は凄く申し訳なく思うんだ。力も権力もない私が反対したところでこのザマだ。んー、でもまぁ、半分以上は好きにしろなんて思った当時の自分を殴りに行きたいという擬似的な罪悪感があるんだ。自分勝手な罪悪感でも持たないよりはマシだとは思うけどね。あぁでも許さなくていいよ、君は存分に私を利用してくれて構わない」

「……正直そんな壁の向こうから子供みたいに首を出して言われてもな」

 どう見ても子供がかくれんぼしてるけど鬼を確認するために壁から顔を出したという状態だ。

「そこはほら、イザというときのためにね?時間が全くないけどどうする?ここで死ぬか、逃げて生きるか」

 まぁ直ぐに逃げられるようにとはわかる。解るがなぁ。

 さて、どうするか。この男は信用してみてもいいかもしれないが――

「あ、言い忘れてた。私はウィンドレッド・アクタと申します」

「名乗るのおせえ上に考えさせろよ!!!」

 流石の俺も突っ込んだわ。考えさせる気ないだろ、こいつ。

 まぁ、そんなこんなでウィンことウィンドレッド・アクタとの旅が始まったわけだ。


 ウィンはすごかった。何が凄いって、あのマイペースさと知識、そして駄々漏れの魔力だ。

 まず城から逃げ出す時、大丈夫かと聞いた。お任せあれというから任せてみたらまぁ。王族の逃走経路じゃねぇのこれっていう隠し通路を駆使して迷うことなく街へ出た。

 すげぇなって言ったら「通勤するときに良く使ってるからね。いい近道だよ」とさらっと言う。城の隠し通路を近道とかどういうことだよ。通勤経路とか。通勤経路とか。

 因みに、腹が減ったと言ったら露天で色々奢ってくれたが、この世界の食べ物は不味くないし普通で安心した。

 冒険者登録のためにギルドへ行ったり装備を買いに行ったりして休む間もなく王都から俺らは脱出した。俺の通行証はなかったはずなのだが、ウィンは平然と懐から通行証を二枚出し、外へ出た後俺の分を寄越した。

「どうせ作るんだし先に作っとけと思ってね」

 用意が良いってレベルじゃねーぞ。

 道中この世界の常識やら魔物の倒し方、それから肉の捌き方や魔法など色々教えてもらったんだが、マルチすぎないかこの男。聞けば文官で、戦闘など年に数回あったか無いかという。むしろ精神的戦闘のほうが多かったんじゃねぇの?

 仕事の内容を聞いたらどう考えても総務や庶務のようなのだが、重要書類を作っていたあたりに疑問を覚える。そもそも、何で予算に関する書類いじってんの。そこ財務省とかじゃないの。何で騎士団の名簿とか作ってんの。軍で管理しろよ。侍女や侍従の人員とか関係ないだろ!そんなの侍従長とかに任せろよ!仕事しろ!全くオー人事オー人事の電話かけるレベルだろうが!!!

 と思って話していたのだが、ウィンは「私の存在が空気なのは理解した」とさらっと言い放つだけだった。そこじゃないっつの。

 因みに、俺はそのウィンが「空気」になってしまったのかが、一緒に旅をしていて解った。こいつ、魔力駄々漏れで、そのせいで空気なんだよ。

 最初は不思議な、何かこう、おかしいかな?とは思っていたが、魔法を習得していったことや冒険者やってる魔法使いが気分を悪くしたことだとか平原で魔物があまり襲ってこないと言うところで気づいた。

「ウィンは何で魔法を使わないんだ?」

「単純なことだよ。魔力が無い」

「うそつけ」

「無い。昔鑑定してもらったんだが、無いって言われたし。試しに使ってみても全く放てなかったからね」

 つまり、魔力の制御が出来てないわけだ。測定する前に魔力が身体の外へ放出される。測定の水晶は何故かの魔力に反応しない。これは力が大きすぎて反応できなかったと推測する。そうでなければ放出される魔力の根源がウィンにあるのに、魔力が無いと出るのはおかしいからだ。

 もしかしたら、そのときは本当に魔力が無くて、どこかで覚醒しちゃったかだな。うん。さらにそれが本人隠蔽しちゃってるとか、もうね。



 あるとき、ふっと視線を感じて振り返るとイケメンが遠くの方で立ってた。随分と剣呑な視線だなオイ。

 と思っているとウィンが振り返った瞬間にイケメンはそこら辺の人ごみにまぎれた。何だアイツ。コレがこの後何度か続いたのは本当に謎だった。

「どうした、ハツミ?ギルド行くぞ?」

「あー、うん、なんでもない」

と言葉を交わす。まぁ、大方ウィンに惚れたのかもな。良くナンパされるし。残念ながら男だぞ、これ。

「しかし、何でウィンはそんなに金もってんの?」

と羽振りがいいとは言えないがそれなりにお金を使えているので聞いてみた。

「そりゃぁ、君のために組んだ予算を一枚たりとも残さずギルドに預けてたからだよ。本来なら君に渡すものなんだけどね」

それ横領じゃねぇの、今となっては。

「君のためのお金だけど、管理は必要だろう?もし君が一人で旅に出るなら渡すけど」

「いやー、めんどくせぇし今のところウィンと旅する方が面白いから預けとくわ」

そうかい?まぁ私も暫くは君と旅をしたいからねと笑う。微笑は綺麗な笑みなのに意識してにやりとしたとたんに魔王クラスの笑顔なんだぜこいつ……美人怖いってかなんでなんだぜ?



 ウィンは換金やら雑貨を買うやらで、俺は死ぬほどの空腹を覚えたので二手に分かれて酒場兼食堂へ向かうときだった。下卑た笑いのクズ共が何を勘違いしたのか行く手を阻みつつ俺をお嬢ちゃんと呼び、一緒に遊ぼうとかのたまって来たので叩きのめすか、と思っていると謎のバリトンエロボイスが響いてクズが瞬殺されてた。俺の拳は天高く突き出せばいいですか?殴りに行けないじゃないですかー!やだー!これが拳を突き出せずに言葉をなくすと言うことか。

 謎のバリトンエロボイスの御仁は何度かすれ違い、睨んできたあのイケメンだった。黒髪で白い肌で精悍な顔つきは“イケメン”と軽々しく呼ぶのにはちょっと戸惑ってしまうくらいだ。でも俺は負けない、あえてイケメンと呼ぼう。

「話がある」

「俺にはない。が、俺は非常に腹が減っている。そこで話をしようじゃないか」

 問答してる場合じゃねぇんだ、腹が減ったんだ。と思っていると黒い男は一瞬驚いたような表情を見せ、苦笑して頷いた。

「……君は、その見た目の割りに良く食べるな」

 黒いイケメンはワインもどきを頼み、俺は焼いた鶏のサンドイッチ、謎の食用茸のパスタぽいもの、数種類の野菜のサラダ、ジャガイモモドキの炒め物を食べている。ワインもどき、というのはワインほどアルコール分を感じないけど葡萄ジュースほど甘くもないからだ。熟成が足りないのかもしれん。

「昔はそんなことなかったんだよ。なんか、この世界に来てからやたら腹が減るんだ」

何故か知らないがやたらと空腹を感じる。もう平野に居る魔物でも水に居る魔物でも何でも丸焼きにしたのを平気で食べられるくらいには。

 まぁその辺の知識はウィンから得たものでどうにか賄えているということもある。ウィンが居なかったら多分野たれ死んでいただろう。茸は元の世界でもガチヤバイしな。俺は典型的現代っ子だったからそういう知識がない。

 お、鶏肉めっちゃ柔らかいよこれ。味もしっかりついてるし、ここ選んで大正解だな。あぁ、この酒場のオヤジに醤油とみりんを渡して照り焼き作ってもらったら美味いだろうなぁ。

 

この世界の鶏は尾っぽが長い尾長鶏という種類に似ているのだが、スケールが違う。軽く二メートルは越す。こちらの動物は俺の感覚からは魔獣であるので、全てスケールが違う。川で出会った一メートル丈のズワイガニっぽいのは流石にビビったけど大変おいしゅうございました。レモンあったらなお良しだった。

 大きいと大味かなと思ったけどこの世界では普通に美味しいのでとっても助かっている。食生活が潤うのはいいことだ。

 野菜は色と大きさ以外はそこまで変わった種類はない。色以外は。パリッとしたレタスっぽい野菜も美味しい。だが幾ら同じ種族とはいえ茄子色のトマトはやめろ。

 もきゅもきゅと食事をしているのだが、黒い男はずっと俺を見てる。なんなんだろう、と思いつつ食べているとふっと力を抜いた。

「君には随分、陣が付加されている。その所為じゃないのか?」

「しらねー」

 茸パスタは粉チーズが濃厚で美味い。

「うむ、効果がそれなりにありそうに見えて程ほどしかないくせに燃費の悪い陣がいくつもついている」

 最悪じゃねーか。

「それがこの空腹感の正体か」

「おそらく」

「あのヘッポコ魔法使いめ。魔法の暴発でリアル爆発しろ」

 芋うまい。この香辛料、何かに、何かに似てる……何かが足りないッ。

「中々過激だが、そんな歪で美しくない陣を書いているなら死んだ方がマシだろうな」

「アンタも中々言うね」

 魔術に美学を持つタイプか。いいねぇ、仕事でも趣味でも美学を持つのは悪いことじゃない。

「お褒めに預かって光栄だが、本題をいいか?」

「なんだ。あれか、ウィンに惚れたことか。あいつ男だぞいいのか?」

 さらりと言うと男は目を瞠った。

「いや、私には性別は関係ないからな」

「マジでウィンに惚れたのかよ!ってかアンタ両刀?!」

 サンドイッチからオリーブみたいな実がポロリと落ちる。

「私は魔族だ。魔族には相手の性別は関係ないからな。女同士だろうが男同士だろうが子は産めるし産ませられる」

 魔族か。通りでさっきからなんか気配おかしいなと思ってたわけだよ。そもそも、絡まれたときに気配を感じなかった。あんな往来で気配消す必要なんてないはずだから、ウィンのように気配を消すレベルまでに魔力が高いか、気配を絶つしか無いほどに魔力が高いか。

「魔族怖い」

「基本人間と同じで異性を好むから安心したまえ。いざとなったら相手の性別を変えることも出来るからな」

「便利なことですねー。魔法便利ダナー」

 魔族の男に惚れられませんように、と願ってしまう。

「それで、君は一体何者だ?」

 男は聞く。

「アンタが何者か教えてくれたら俺のこともウィンのことも教えよう」

 わかった、アレだアレ。カレーだ。この芋、あと何かでカレーの味になる。親父さん頑張れあともう少しだ。カレーを、この世界にカレーを広めてくれ!それと米をくれ!

「……ハーディアルで管理職をしてる」

「俺はハツミ・ホヅミ」

 隠してるのはバレバレだ。なので同じくらいの対価としては俺の名前だけでいいだろう。しかしハーディアルって確か行ってみようかーとウィンと話してたな。

「で、実際は?」

「デザイア・フェデリ・グラン=ハーディアル」

 名前か。最後に国の名前がついてると言うと。

「王族……?」

「他国からは魔王と呼ばれている」

「ぐ、ぅぐ……」

 危うくパスタ吹くところだった。

「オウサマなにしてんの?!てかマジで?!」

 辛うじて飲み込み、周りに人もいるので小声で叫ぶ。

「嘘は言わん。私は私なりに国を護っているんだよ」

「それにしたって!ここはハーディアルからかなり離れてるだろ?!アンタ見かけた国だってそうだっただろうに!」

「転移の術があるから問題は無い」

 そういう問題じゃない、国王が何してるんだって話だ。ウィンといいコイツといい、この世界はマイペースなヤツが多い。

「で、君は何で、彼とはどういう関係だい?」

 ちょっと奥さん、目が笑ってないわよ?!

 いやいやいやいやいあいあくとぅるふじゃなくて!何でそんな甘い笑顔なのに目が笑ってないの怖い怖い怖い!俺絶対死ぬ!選択間違ったら死ぬ!

「俺は異世界から勇者として呼ばれた誘拐の被害者でウィンは俺の保護者です!」

 ポジション的には保護者だよな?

「異世界から……?確かに、顔立ちも雰囲気も違うし、本人が知らない陣がかなりついている。その癖能力は高そうだな……」

「俺の分析はどうでもいい。俺も嘘は言ってないからな。そんで……もどってこい魔王!」

 さっきの目とは違った、何か研究対象目の前にした科学者のようだ。じっとこちらを見ながら小さく呟いている。こええよ。

「あ、あぁすまん」

 魔王ははっとして謝ってくる。

「あー、それで、だ。アンタの惚れたのは俺の連れの銀髪で青い目の、中性的な顔立ちの背の高い男だろ?」

「そうだ」

「ウィンはウィンドレッド・アクタって名前だ。俺を召還した国の城で色んな雑務を二人でこなしていた雑務の魔王だ」

 二人であの国まわしてたようなもんだし、間違ってないだろ。仕事の量は聞いてるだけでもおかしい。

「雑務の……?」

 魔王は首をかしげた。

「あぁ。何がどうしてか、倉庫整理から会議のレジュメから予算の書類作成までウィンと部下一人でこなしてたらしいスーパー雑務係だ」

「優秀なのだな。しかし、何故今こんな場所に居る?私ならそんな素晴らしい人材を野放しにしないが」

 ですよねー。

「それはだな、その国がアホでバカばっかりだから、魔王退治を拒否した俺を連れてこっそり逃げてきたんだわ」

 そして召還された時のことや、ウィンの思っていたことを話すと魔王は深く笑んだ。

「成る程、それは災難だったな」

「えぇまったく」

 いい迷惑だ。

「ふむ、かつて世界を統一しようとした魔王は私の父に当たる。その頃の印象が拭えていないのだな、あちらの方には。もう二百年は経とうと言うのに」

 二百年経っても印象が変わってないのも凄いな。情報の大切さが解るね。

「って二百年?!」

「あぁ。二百年――正確には百九十七年前に父を殺して魔族を伴ってハーディアルに引っ込んだからな」

「えちょ、マジか」

 父親殺して今のハーディアルに引っ込んだ?戦争終わらせて引っ込んだ?それが二百年前?そうすると善政敷いてるって事?じゃぁあの国ただの情報弱者の誘拐犯じゃね?俺訴えたら勝てるでしょ。えぇい、あんな国のこと考えてたら嫌になるわ。

「しかし魔王すげぇ長生き」

 現実逃避ではない話題の転換である。

「当たり前だ。魔族は力にもよるが最長千年は生きられる」

 でも不老不死というわけじゃないのがほっとする。まぁ、ゲームやら小説でもそうだったからあんまり驚かない。

「その魔王様が、ウィンに惚れたのは何でなんだ?」

と聞いてみると、長い睫毛を少し伏せて俯いた。

「……わからん。ただ、何故か魅かれるのだ」

 はい、一目惚れご馳走様です。ついでに食事もご馳走様です。いやはや美味かった。この世界の酒場では一番美味い食事だった。

「まぁ、恋愛感情はどうにもならんよな」

 しかたあるまい。俺は本人達がよければ性別は問題ない派だ。他人がどうでもいいとも言う。

 それからウィンが来るまでハーディアルや近隣諸国の話を聞いた。うむ、ハーディアルには米があるらしい。これは行くしかあるまい。そしてカレーライスやおむすびやチャーハン食べたい。あ、巨大イノシシの三枚肉を角煮にしてそれを白米で食べたい。その前に味噌と醤油は何処だ。

「魔王、良けりゃ俺も仕事がしたい。流石に二十歳までには職が欲しい」

 そこはほら俺も日本人で安定志向ですから。そりゃ旅で出会った食材(魔獣)は惜しいですが……!

 旅もいいけど落ち着きたいなと言う気持ちも少なからずある。あと手に職ないと将来が不安です。どうせ戻れないのだし、いつまでも旅しててもな。そろそろこの世界に腰を落ち着ける覚悟を持たないと……。

「……二十歳越していたのかと」

 日本人って童顔にみられるっつったの誰だコノヤロー。目から汗でるじゃねぇか。

「いや、俺は十九だ。そんな老けて見えるか?」

というと魔王は苦笑する。

「黙っていれば相応かもう少し下だが、妙に落ち着いてるからな」

それでも二十ちょっと越したくらいにしか見えないが、とも言っていたので原因は俺の雰囲気か。でもちょっとこのしょっぱさはどうすればいい。いや、年相応って言われたから泣く必要はないだろうけどさぁ。でもこれが年数経っても同じな場合は泣けてくるだろ。

「まぁ、即戦力は大歓迎だ。中々優秀な人材が少なくてな。私が旅に出ているのはそういった人材を集めてるということもある。芽は出ても成長が遅くてな」

「大変だな。確かに即戦力がくれば成長もするだろうし」

「そういうことだ」

 魔王様もタイヘンダー。ヘンタイダーじゃないからな。

 色々と話していると、ようやっとウィンが来たので魔王を紹介する。ウィンも雇用に関してはまぁ自分の力を客観的に見てから決めるということでハーディアルへ転移した。


* * * *


 城で適正検査をさせてもらったんだが、なんだろうか。身体測定と入試試験のようだったとだけ言おう。

 そんな検査の結果俺は何でも出来そう、でも体力が居る仕事でもいいかもしれないとのこと。まぁ、デスクワークに向いてるとは思ってないしそんなもんだろう。魔力もただの人間としてはかなり多い方だと言われた。因みに身体にまとわりついてる魔方陣抜きでの話しらしい。異世界補正すごい。あ、陣の方は言葉の翻訳以外は宮廷魔術師さんに破壊していただきました。これで空腹とオサラバです。てか、魔人の宮廷魔術師って……あそこにいたヘッポコなんて塵に等しいレベルに強いですよ?

 さて、俺の結果はともかくウィンの結果を心待ちにしていると、魔術師たちが蒼白になって部屋を出て行った。

 一旦別れた魔王やその臣下と共に帰ってきて、ウィンの魔力の結果をこしょこしょと話しているのを聞く。ウィンは首を傾げているので聞こえていないようだ。

「魔王様に匹敵する力がございます。が、溢れる魔力が勝手に外に逃げるという特殊な体質でもあります」

 だと思ってた、と思わず頷いてしまった。

 そんなウィンに、魔王はうっとりとした笑顔で跪き手をとって求婚した。

「おめでとう、ウィン」

と告げるとウィンはジト目でこちらを睨み、助けてくれといわんばかりだ。

 しかし俺の腹筋は限界だった。

「ま、まさか……再就職先が……ぶふっ……ハーディアルのぶっ……おう、王妃っ……王妃とかぶっふー!!ウィン王妃かー!ひぃ、ひぃいいい」

 勢い良く噴出した。いやだって笑うしかねぇだろ?男が王妃様だぜ?あのウィンだったら超納得する。王妃でも全く問題ないもん。

「まだ決まってないから!再就職するとか言ってないから!」

と悪あがきするが、申し訳ないが多分もう逃げられない。だって魔王本気だし、俺魔王に消されたくねぇもん。命大事に、相手の応援はガンガンいこうぜ!

「俺はな、自分を越えるか、近しい実力を持った者を伴侶としたいと思っていたのだ」

「私の何処が貴方と同じ実力があるというのです!」

 魔王って理想が高かったのなってか、まさかウィン初めての王妃?!

「伴侶ー!?」

思わず叫んじゃったよ。もうね、これから暫く笑いが止まらなかったのは言うまでもない。

 だって魔法でウィンが女になったり、臣下が「こ、婚礼の準備だあああああ!」とか叫んで出て行ったり魔王が満足げに笑ってたりともう腹筋が持たなかった。こういうのを腹筋崩壊というのだな。翌朝腹筋痛くて死ぬかと思った。

 それからという半年間、ウィンの外堀も内堀も埋める手伝いをして、国民に祝福されてウィンは女のまま魔王に嫁いだ。

 因みに、俺の仕事は王妃の護衛になりました。魔王様がウィンを気遣った結果らしい。

 婚礼までひたすらにウィンに対する感情はあくまで友愛であると解き続け堀を埋める手伝いをして魔王に取り入った甲斐があった。自分が大好きで悪いか。

 まぁ、とんでもない結果になったがウィンも俺も仕事があるし、魔王も伴侶見つかったし、魔王が落ち着いて臣下も咽び泣いて喜んでたし結果オーライで良かったんじゃねーのと俺は思っている。

ハツミ君なんでそんな食について語るのか。

以下オマケのウィンのぼやき。これ以上は無理だった。


***


 魔王の妃になって数年。時折男の姿に戻らせてくれるものの、男でも王妃と呼ばれるので女のままで過ごすようになった。うん、身体に引きずられたのか魔王のことも正直愛してると言える気がする。気がするだけで本当のところは未だに解らない。でも嫌いじゃないことは確かだ。

 でも何だろう、実は魔王の一目惚れが実はもっと前からだったとか、給料が五倍どころじゃないのに昔より楽な仕事になったとか、ハツミが二代目勇者を心身ともにフルボッコして舎弟にしてるとか、あの国は国民に見捨てられて滅んだとか、魔王が諸外国へフラフラ出て行くことがなくて臣下の方々が感動のあまり仕事が捗っているとか、女体化してからイグリッドに再会して何故かとても祝福されたとか、生温い気持ちになる事が多い。

 あ、イグリッドだけが部下で居られたのはどうも彼は魔族だったかららしい。自分の魔力のせいで部下が逃げて行ったとかなにそれ。

 因みにイグリットには俺はともかく自分の力すら気づいてなかったんすか、と言われ割と凹んだ。だって誰も言わないんだもんよ。

 というわけで、私はそれなりに幸せに生きてるとは思います。魔王の膝に座りながら茶を啜っていることを除けば。この羞恥心だけは慣れてたまるか。


***


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