高崎綾子の事件簿#2 又は三浦大輔迫真の演技
「ところで綾子さん」
カップを片付け、特にやることもなかったので綾子の隣に座ってテレビを眺めていた大輔は言った。
「やっぱりやめた方がいいと思うんですよね」
「唐突だな。何をやめろと?」とこちらに顔を向けず、テレビを正面に置いたままの綾子。
綾子は本やテレビに影響されることが多く、この妙に芝居がかってていて男っぽい口調も彼、女が影響を受けたいわゆる名探偵のものだ。
「わざわざ依頼者を事務所に連れてくるのですよ。後で面倒なことになったら嫌じゃないですか」
「面倒なこととはなんだい?」
そう言って体を大輔に向けた綾子だが、その視線は某NHKの夕方アニメに向けられたまま。
「それは……」
部屋の中にいるのに、誰もいないはずなのに。
大輔は今日感じた三回の謎の視線を思い出した。
「……それは、逆切れされるのが面倒だからに決まってるじゃないですか」
――つまらないことは言わなくてもいい、自分の感じた不安など綾子に伝えるまでもないと、大輔は前々から気になっていることに話題を変えたのだった。
「逆切れ……逆切れって何かあったかい」
「あったじゃないですか! ほら、三か月くらい前に――」
『~♪』
『一人で組むのが面倒だからってプラモ作りを手伝わさせないでくださいよ』
『まあそう言わず……おや、お客さんかな。玄関の開く音が』
『おかしいですね。今日は予約は入ってなかったはずなん……』
『おい! お前らか。俺の人生をボロボロにしたのは!』
『おやおや。ビックリするな。急にドアを開けて入ってこないでくれたまえ。こっちは今シールを貼っているところなんだ』
『あ!? なに勝手に頭部だけ完成させようとしてんですか。飽きたからって俺に左手左足作らせておいて!』
『身持ちが固いな、大輔!』
『いや意味わかんないですから。ワンマンアーミー気取ってませんから俺』
『……貴様が世界を歪ませる!』
『シール歪んだの俺の所為にしないでください』
『あの……』
『だいたい綾子さんは勝手すぎるんですよ。急にシリーズ全部レンタルしてきたかと思えばプラモを積みができるまで買いこんだりして』
『ハマってしまったんだから……しょうがないじゃないかっ、買いたくないのにー!!』
『じゃあ買わないでくださいよ』
『あのさぁ……』
『だいたいなんですか。なんで主人公の機体ばかり買ってくるんですか』
『かっこいいだろう』
『かっこいいですよ、そりゃあかっこいいですよ。でもね、俺はもうあの白い腕と白い足は組みたくないんです。組んでも組んでも減らないPC関節君に飽きちゃったんですよ』
『飽きる? 理解に苦しむね。私はあの機体ごとのライン、シルエット、関節の滑らかさ、全てが興味深く……』
『わかったようなこと言って……自分で組まないからそんなこと言えるんですよ。こんな手や足を組むことばかりを続けてていたら、心が壊れてしまう。人間じゃなくなってしまうんですよ!』
『それでも私は、また花を植えるよ』
『……おいっ!!』
『さっきからうるさいなぁ。私は大輔君と楽しくプラモを作っているというのに。君はいったいなんなんだい? 勝手に家に入ってきて』
『あぁ!? 俺はなぁ……』
『(綾子さん、この人。この間の素行調査の対象の)』
『(あぁはいはい。献身的な妻を持ちながら不倫を繰り返していた村田さんね)』
『(それです。今日はなんの御用でいらっしゃたんでしょうね)』
『(新しい愛人でも紹介して欲しいんじゃないのかな)』
『(なるほど。ナニの乾く暇もないってやつですね)』
『(女の子の前でそんなこと言うもんじゃないぞ、大輔君)』
『(これは失礼しました)』
『おい全部聞こえてんぞ』
『村田さん。残念ながら当方では女性を紹介するサービスの方は行っておりませ』
『いやわかってるよ! 今日はそんな用事でこの汚い事務所まできたんじゃねーよ』
『汚いとは失礼ですなウィッシュ村田』
『ムッシュです。綾子さん』
『……ウィッシュでもムッシュでもなんでもいい。俺はなぁ、お前らに復讐してやるためにここまできたんだよ!』
『復讐……ですか?』
『そうだ。お前らが絵梨にくだらない知恵を吹き込んだせいでよぉ、俺はあいつと別れることになっちまって子供とも会えなくなった』
『はぁ』
『おまけに金だ。慰謝料を寄越せと言われちまったよ』
『まぁそうでしょうなぁ』
『……全部お前らの所為だ。お前らさえいなけりゃあこんなことにはならなかった!』
『……お、おぅ』
『……逆切れじゃないですか』
『逆切れだと?』
『はい。逆切れです。完全な逆切れです』
『不倫の原因はあなたの浮気性が原因じゃあないか、プッシュ村田』
『ムッシュです、綾子さん』
『……う、うるせぇうるせぇうるせぇ!! お前らが全部悪いんだ!! 俺は悪くねぇ!!』
『む、村田さん! 落ち着いて! ポケットに隠し持っていた刃物的なものを取り出して振り回すのはやめてください!』
『あぁ。刃物的なものを振り回すティッシュ村田が大輔君のカニばさみで転倒! 持っていた刃物的なものを取り上げられた後に大輔君に気絶するまで殴られているー。やーめーてー』
「――あぁ。そんなこともあったな」
大輔の無駄に迫真な演技によってなんとなく騒動の内容を思い出した綾子はポンと手を叩き、ここからは見えないが隣の部屋に飾っているプラモデルの位置に顔を向けた。
村田が持っていた刃物的なものの正体はプラモデルのパーツだった。折れてしまったが(大輔が)修復し、今も綾子の顔が向いているあたりの場所で飾られている。
「それでその話と、依頼者と事務所で直接依頼を受けるのとなんの関係があるんだい?」
「大ありですよ。この職業は他人から恨みを買いやすいんです。村田さんは一人丸腰でお礼参りに来てくれたからまだ対処しやすかったですけど。このまま続けていたらいつかは火をつけられますよ」
「まさかぁ」
そう言って綾子は、大輔に向けていた体をテレビに戻した。これ以上は話は続きませんよという綾子のサインだ。
「綾子さんは変に鋭いところがくせに、こういうことには鈍感なんだよなぁ」
綾子には悪いが、これからは依頼者とのやりとりはどこか喫茶店なんかでやっちゃおうと心で呟く大輔であった。
ちなみに私はティエレンが好きです